ゲートボールは女王のまにまに 壱
「あー、癒される」
素敵庭園は、どこを眺めても目の保養になった。
胸いっぱいにマイナスイオンを取り込んでいると、甘くて優雅な香りが匂った気がする。
くんくんと、鼻を頼りに花を探してみたら、白い薔薇が咲いている花園にたどり着いた。
「わあ、とっても素敵」
大輪の薔薇で幸せいっぱいに浮かれていると、せっせとお世話に精を出す三人の庭師に出くわした。
いい気分のお礼に「お疲れ様です」と声をかけようとして、直前で考え直して様子をみる。
格好は庭師なのに、手にしているものが妙だったから。
「おい、伍。へたくそ。こっちに跳ねてる!」
「そりゃあ、七のせいだ。みみっちく、ちんたら塗ってやがるんだからな!!」
「なんだって!? 聞いたか、弐。こいつ、人のせいにしやがったぞ!!」
ねじり鉢巻を頭に締めて、お揃いの法被を身につけた庭師仲間が、鋏じゃなくてシンナー薫る缶々と刷毛を握って怒鳴り合っていた。
色々と気になって仕方ないじゃないか。
「あのぅ、お忙しいところ申し訳ないのだけど、あなた達は、どうして薔薇にペンキなんて塗っているのかしら」
「ややっ、お嬢さん。そいつは、ここに赤い薔薇が咲いてなきゃ、あかんからだ。お后様に真っ赤な偽物だってばれた日にゃあ、うちらは、みいんな首ちょんぱ」
弐の説明を、ずいぶん物騒だなと思って聞いていたら、伍が慌てて叫びだした。
「お后様だ。お后様がやって来るぞ!」
三人の庭師はビクッと飛び上がると、そのままスライディング土下座で頭を低くした。
低くしすぎて、かえってお尻が浮き上がっているのだけど、いいのだろうか。
「ともかく、こんなに怖がられるなんて、さては、お后様って相当な女王様なのね」
ぜひとも記念に見ておきたくて一緒に待っていると、すぐに仰々しい行列がやってきた。
最初に登場したのは、ホストみたいに煌びやかなスーツの集団で、もれなくウインクだの投げキッスだのを飛ばしてくるのがうっとうしい。
列が進むにつれて、フリルやスパンコールが増えていくけど、ジャケットの背中に漢数字があるので見分けることは簡単だ。
途中、統一感のない仮面舞踏会の一団を挟んだ辺りに、うさ耳の宇佐見君が混入してたから、瞬きをして幻じゃないのか確かめた。
消えなかったから、ファンサをしてくれないかと宇佐見君に手を振ってみたのに、営業スマイルに忙しそうで、ちっともこちらに気づいてくれなかった。
そうこうしている間に行列の最後尾が見えてきた。
クイーンとキングだ。
一番派手でわかりやすいのだけど、思ってたのとだいぶ違った。
ボンキュッボンなボンテージお姉様だと期待していたお后様は、ひょろり気弱そうな青年キングに抱きかかえられたロリロリクイーンだった。
「ところで、私も、これをしないと駄目なのかしら」
足元の庭師は、パレードがやってきてから、ずうっとお尻を浮かせてひれ伏したままだ。
「でも、誰もがうつむいていたら、着飾っている甲斐がないと思うのよね」
というわけで、一人、堂々と高みの見物をしていたら目立ってしまったらしくて、目の前で行列が止まってしまった。
「キング。こやつは誰じゃ」
どこかで見たジュリアな扇子で人を指してきたクイーンは、幼児ながらも威厳たっぷりだ。
「さあ、誰だろうねぇ」
問われた王様とは初対面だから当然の答えだったのに、お后ちゃんは「この、愚か者!」と理不尽きわまりない一喝した。
それから、今度は私に聞いてくる。
最初からそうすればよかったのに。
「アリスと申します、お后様」
幼なじみの千紗が呼んだのだから、自信を持って名乗れた。
「ふむ。では、こやつらは何奴じゃ」
今度は、ぶるぶる震えている庭師を指した。
「そちらは、私に聞かれても困ります」
素直に返したら、お后ちゃんはぷるぷる震えて爆発した。
「こやつの首を切れ! 小生意気な、こやつの首を、いますぐに!!」
お后ちゃんは信じられないくらい短気だった。
「まあまあ、后よ。許してあげてはどうだ。この子は、まだ立派じゃないんだよ」
意外にも、胃痛持ちそうな外見に反して、王様が間に入ってくれた。
「どこがじゃ。こんなに、ボインボインしてるのに」
お后ちゃんは抱っこされたまま身を乗り出して、張り切って膨れている私の胸に遠慮なく指を突き刺してきた。
短気なだけじゃなくて、容赦もなかった。
めり込みすぎて痛いし、しつこい。
「ええい、忌ま忌ましい!」
いいだけ突きまくってから罵られるとか、とんだ横暴だ。
だけど、この後の八つ当たりが飛んでいったのは庭師達の方角だった。
「ふん。こ奴らは、全員ひっくり返しておしまい!」
命令されたホスト達は、庭師三人の浮き上がった腰掴んで「てりゃあ、とりゃあ」と小気味よくひっくり返していく。
庭師達には悪いけど、かなり面白かった。
「して、アリスとやら。ゲートボールはできるかえ」
「はいっ、もちろんです。ゲートボールは淑女の嗜みですから」
もちろん、咄嗟に転がり出た嘘だ。
「よろしい。では、ついてきやれ」
やったね、これで参加権ゲットだぜ。




