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誘惑の国のアリス  作者: 乙女ちっく工房
10/20

猫の名は。 弐

「とにかく、赤ちゃんを連れ出すのが先決よ」


よしよしと、地味に重たい赤ちゃんを揺らしながら外に出て散歩する。


赤ちゃんというのは無条件に可愛らしい。

ただ、この赤ちゃんは、しょっちゅう鼻を鳴らしてうるさかった。

心配になって顔色をうかがうと、擬人化されてない、交じりっけなしの小豚ちゃんだった。

短い手足でジタバタ暴れるから下ろしてあげると、ぶひぶひ言わせながら森に入っていく。


「立派な野豚さんとして生きて行くのよ」


束の間の親心で見送っていたら、子豚が向かった側にある木の上に千紗猫が腰かけていた。


「何、笑ってるのよ」


「別に。相変わらず、アリスは愉快だと思ってね」


「千紗は相変わらず無神経ね。少しは責任を感じないわけ?」


「何で」


「だって、同窓会に誘ったのは千紗でしょ。だったら、こんなことになってるのも千紗のせいじゃない」


「別に、アリスが困ることなんてないだろう」


「ありよ、大有り。ここの男どもときたら、みんなスケベったらしなんだから」


「そりゃそうさ。ここは、誘惑の国だからな」


「なんですって?」


「誘惑の国で誘惑されないなんて、バカみたいだろう。アリスだって、楽しめばいいんだ。みんな、気持ちよくしてくれるよ」


「バカ言わないで。私は宇佐見君を追いかけてるの。他の生き物なんて、相手にしたくないんだから」


「あっ、そう。だったら、前に進むことだね」


「前って言ったって……」


目の前にあるのは、おもいっきり別れ道。


「どっちに行ったらいいのよ」


「アリスが、どっちに行きたいかによるね」


「私は、どっちでもいいんだけど」


「じゃあ、どっちにでもイケばいい」


「何、それ。無責任すぎない?」


「ちっとも、すぎないね。でもまあ、少しならサービスしてあげてもいいけど」


にやにやの千紗は猫の右手で手招いて、「こっちはイカれた愉快な帽子屋が住んでる」と言ってきた。

そして、今度は左の猫手で手招いて、「こっちにはイカした可笑しな三月うさぎが住んでる」と教えてくれる。


「ねえ、それって、どっちも狂ってるって意味じゃないの」


「当然だろう。ここは誘惑の国。粋がってる連中でいっぱいさ。アリスだって、活きたがってないとは言えないだろう」


「失礼ね。私はまともよ」


「おや。そいつは、おかしいなぁ。じゃなきゃ、こんなところに迷い込んだりしないはずなのに」


むかついたから木の幹を蹴ってみたけど、少しもぐらつかなくって、もっとむかっ腹になっただけだった。


「せっかくお洒落してるのに、乱暴だな」


「うるさい。千紗こそ何しに現れたのよ」


怒ってみても、千紗猫はどこ吹く風だ。


「ところで、アリス。お后ちゃんとゲートボールはやるのか?」


「え、ああ。面白そうだけど、まだ招待されてないから無理ね」


「じゃあ、次はそこで会おう」


じゃあって何よ、って言い返したかったのに、肝心の千紗がいなくなったから言葉が宙に浮いてしまった。


「どんなタネの仕掛けかしら」


見破ってやろうと熱心にうろついてたら、再び千紗が出没した。


「聞き忘れたけど、講釈夫人の筋肉はどうだった?」


「どうもこうも、圧がすごくて、落ち着かないったらなかったわ」


「そうじゃないかと思ってたよ」


「ちょっと、千紗。人のことをどうこう言える立場じゃないと思うんだけど」


「だったら、アリスは俺のことをどうこう言いたいってわけ?」


「違うわよ。突然、消えたり出てきたりするのは、よくないって言いたいの。心臓に悪いでしょ」


「そりゃ、失敬」


エア帽子を脱いで紳士風に挨拶した千紗は、今度はしっぽから順に、ゆっくりと消えだした。

最後に残った白い歯で笑うと、今度こそ本当にいなくなった。


もう、ちゃんと戻ってこないことを確認してから、改めて進むべき道に向き直る。


「んー……三月うさぎにしようかな。生かした方がマシな気がするし、今は三月じゃないから、そんなに可笑しくなっていないはずだもの」


方向が定まったから、二股を左に曲がって歩いていく。

少しすると、二本の煙突がうさ耳にしか見えない家が見えてきた。


「まずは、大きさを合わせなくっちゃ」


さっきの家よりだいぶ見上げているので、秘蔵のきのこを取り出して、ちゃちゃっとサイズを合わせておいた。

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