第二話 リビングアーマー自問自答する
(ここは?)
「ここは?」
石床で目を覚ました。知覚が周囲に広がっていく。気を失う前と同じく、ダンジョンらしき場所にいるようだ。
ダンジョン、悪意の巣窟、宝の墓所。魔物が徘徊し、罠が敵意をむき、価値ある宝が眠る場所。製作者や存在理由は全くの不明で、世界各地に点在している。
そして、自分の部屋で目覚めるという一縷の望みが絶たれた。
(夢じゃなかったかぁ……)
「夢ではないか……」
先ほどから気になっていたが、考えている言葉と口から出る言葉が違っている。
口調が固いというか古臭いというか。
(あ、あ)
「あ、あ」
(こんちは)
「こんにちは」
(ちーっす)
「お疲れ様です」
口から出る言葉は、イメージに基づいているようだ。今のちーっすもお疲れ様っぽいことを考えながらの発言だ。
多少口調が変わっても、大意が変わらなければ問題はないだろう。
というか、それよりも大きな問題があるので、口調ぐらいは些事だ。
あまり考えないようにしていたが、記憶に大きな抜けがある。自分の部屋で目覚めるんじゃと考えていたが、自分の部屋が思い出せない。自分の顔は? 名前は? 家族は?
ゲームや漫画を知っていても、体験したであろう内容は思い出せない。この世界とは異なる世界の社会常識はあっても、自分につながることが思い出せない。
さらに、異なる世界に戸惑っている自分もいるのだ。
馬を使わない鉄の馬車なんてありえないし、魔物がいない世界なんて考えたこともない。国は国王によって治められ、華々しい騎士団がそれを守る。
どこのファンタジーかという感じだが、これが常識なのだ。
ただ、二重人格だとか、別の人物が頭の中にいるだとかの違和感はない。どちらも自分だというのがしっくりくる。
(まったくファンタジーだ)
「御伽噺のようだ」
一息ついて壁を背に座りなおした。カシャンと鎧が鳴る。
この鎧も謎だ。今まで見たこともない意匠もそうだが、着た記憶もない。
施された銀の意匠は派手ではないが、緻密なそれは技術の高さが窺える。細かなパーツに分かれた鎧の可動部は、動きを全く妨げることなく身体を覆っている。
さらに、特殊な裏地を使っているのか、可動部が擦れる際に発する音が殆どない。艶消しの黒色といい、隠密を目的とした鎧なのかもしれない。
内側がどうなっているのか、興味本位で籠手を外そうとした。
(ん?)
「む?」
籠手が、外れない?
普通の鎧であれば、籠手はただすっぽりとはめているだけだ。固定具が付いたものもあるが、この鎧にはそれも見当たらない。
(ぐぬぬぬぬぬ! 外れねぇえええ!)
「ふぬぬぬ! 外れん!!」
渾身の力を込めてもびくともしない。ブーツも脱げない。ヘルメットも外せない。
ゲーム的に考えると、これは呪いの鎧なのか。もう一人の自分は、違う結論を出した。
これは、リビングアーマーだ。
リビングアーマーは魔物だ。中身のない生きた鎧で、倒した相手の魔力を奪う。
スケルトンの魔力が鎧に吸収されたのは、この鎧がリビングアーマーだったからか。
リビングアーマーには中身がないため、周囲を知覚するのに魔力を使用しているらしい。
これで知覚の説明もついた。
(魔物になるとかハードすぎるぜ……)
「魔物になるとは何とも奇妙だ……」
だが待って欲しい、よしんば鎧がリビングアーマーだとしても、中身が人間の可能性があるんじゃないだろうか。
鎧を叩いてみたところ、中身ががらんどうになっている感じはしない。
それに、今思考している意識がはっきりとある。『我思う、故に我あり』なんて言葉もある。自分を人間だと信じる心が、自分を人間たらしめる、と思っておこう。
(ま、わからないもんはどうしようもないか)
「考えても仕様がないか」
問題は、今後の身の振り方だ。魔物は人類の敵なので、リビングアーマーであるとばれれば攻撃されるのは避けられないだろう。
常に鎧を身にまとい顔も見せない輩など、怪しいなんてもんじゃない。「不審者はココ!!」と大きなのぼりを立てているも同然だ。
これについても考えても仕方ない面がある。鎧の脱ぎ方がわからないのではどうしようもない。
とりあえずは、このダンジョンらしき場所を抜け出してからまた考えよう。そうしよう。
(これは問題の先送りではない!)
「問題の先送りでしかないがな」
おっとこっちの俺よ、あっちの俺は必死に目を背けているのに。まあどちらも俺なんだけど。
よっこいしょと立ち上がった。
右に行くか左に行くか、しばし思案したが、折角だから左に行くかと歩きだした。どちらにしてもいずれは外に出られるだろう。
カシャ、カシャとわずかな音だけを鳴らしながらリビングアーマーが歩く。外に出るという目的を持って。
――左は、行き止まりだった。