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前・結婚するなら家がいい!!-結城璃々-



「すご~い! 素敵なお家ね」



 璃々は感嘆の声をあげた。

 目の前には一軒の家がある。


 一見してなんの変哲もない、二階建ての純和風の日本家屋。その堂々とした佇まいは見る者を圧倒し、襟を正すかのような厳しい雰囲気を放っている。また、広い庭に今時珍しいほどの大木が天にそびえ立っているのが見える。


 家の入り口、そこには、この立派な屋敷に似つかわしくない物があった。


 『二ツ家(ふたついえ)』――そう刻み込まれた古びた木板。何十年もこの家の壁に立て掛けてあったかのような草臥れ具合の表札だったが、まさかそんな事は無いだろうと璃々は訝しむ。

 何故ならその名字、『二ツ家』とは亜里沙のもの。一週間前に突然、電撃婚を果たした親友『二ツ家(ふたついえ) 亜里沙(ありさ)』の新たな名字だったからだ。


 二ツ家亜里沙――旧姓『木原 亜里沙』。

 平凡な名からは想像できないほど、色々な意味で個性的な人物。

 美人で仕事も出来る憧れのマドンナ。少なくとも璃々にとっては、かつては彼女はそんな存在であった。だが、付き合っていく内に外面の良さを上回る難が内側にあることが判明し、そんな彼女を『精神複雑骨折女』と評したのは、たしかに自身の旦那である人物だった。


 彼女と璃々の出会いは大学卒業後すぐのこと。奇跡的に採用された大手広告代理店の一個上の先輩で、当時、璃々は彼女に大変お世話になった。また珍しいことに、社会人となってから出来た大親友でもある。璃々が5年前に社内恋愛の末、無事に寿退社をした後もこうして彼女との交流は続いている。

 


 その彼女からやや厚みのあるハガキが届いたのがちょうど三日前。


 璃々と、璃々の夫の名が連なって書かれた宛名面。筆ペンの滑らかさを確かめるように書かれた名を指でなぞり、四角い紙をひっくり返した時に目をみはった。


 ツルリとしたその手触りから、裏側に写真があることは分かっていた。その写真には笑顔の親友が写っている。親友の背後には見たことのない場所、というか家がある。そして写真の上部には「結婚しました」とのポップな文字とピンクのハートが舞っていた。


 なるほど。だから写真の中の彼女はウエディング姿なのか。


 白色の控え目とも感じる地味めのドレスは、常日頃から彼女の美しさに慣れている璃々ですらはっと息を呑むほど魅力的だった。ドレスが華美でないぶん余計に璃々の良さが目立って見える。

 このドレスをチョイスした人物に心からの称賛を送った璃々は、心底幸せそうな顔をした写真のなかの花嫁に心を奪われていた。璃々はしばし、ぼーっと写真を眺めていたが、ただそれだけであった。写真には親友と後ろの景色、家屋しか見当たらない。本来、写っているはずの人間……花婿の姿がどこを探してもなかった。


 璃々は腕を伸ばして写真を遠くから見つめた。または、逆さまから見てみた。


 光にかざし、水で濡らし、火で炙ってみた。


 璃々はぷるぷる震える腕で倒立しながら、こう考えていた。


 広告代理店の副支店長という亜里沙のことだ。自分の一大イベントにあたり豪華なサプライズを演出するに違いない。ここには、きっとなんらかの粋なメッセージが隠されてるのだろう。

 亜里沙はお洒落で知的でセンスがいい。彼女の意図は親友たる自分には必ず分かるはずだ。


 きっとそうだ。


 そう思ったのだが、数々の実験の末、結局隠された暗号や未知なる彼女の旦那らしき人物は発見できなかった。かろうじて写真に写る家の表札が読み取れたくらい。


 『二ツ家』――はがきの宛名面を見直し合点がいく。差出人の名前は『二ツ家 亜里沙』。住所はまったく見たことが無い番地が書かれており、本来の『木原 亜里沙』が住んでいる高級デザイナーズマンションとはまったく異なる場所だった。




 その夜、璃々は旦那にハガキを見せた。


「へえ~! あの人が結婚したっていう噂、あれマジだったのか」


 感心したふうな声をあげる夫『結城高次』。すでに彼と結婚してから五年がたつ。出会いは同じ会社の同僚、というごくごく普通なものだった。そして職場では未来の旦那だけではなく、木原亜里沙という得難い親友も手にいれた。


 璃々はすでに結婚後退社していたが、璃々の旦那と亜里沙は今も同じ広告代理店に勤めている。といっても彼女と旦那は部署が違う。そしてなにより、彼女は今春から副支店長なのだ。なんとも目覚ましいほどの出世をはたしている。

 ……まあ、うちの旦那だってプロジェクトチーフなのだから、決して悪いほうではない。


「数日前からコマーシャル部門が騒々しかったんだよ。ついにマドンナ結婚、ってね。どっかの社長とか、サッカー選手とか、はたまたアラブの石油王とか出鱈目な噂が飛び交ってたけど全部ガセだと思ってたよ。お前が知らないはずがないし、第一、あの、精神複雑骨折女が結婚なんて出来るはずがないと思ってたんだがなあ」


 親友が聞いたら、迷わず黄金の右ストレートを繰り出すだろう発言だ。


 『世界ふしぎ発見!』というような、ずいぶんと失礼な感想と表情をしている夫を眺めつつ、妻はその意見にはノーコメントを貫く。代わりに熱々のお茶が入った湯呑を彼に渡した。


 目の前でご飯をほおばる男を見ていると、璃々はだんだん面白くなくなってきた。そんな璃々をからかうようにして旦那はほっぺを摘まもうとする。だから璃々はさらにむくれた。


 たしかに少し引っかかっていた。結婚という、人生でも大事なことを事前になにも報告して来てくれなかった薄情な親友に。

 璃々はもちろん教えて欲しかったのだが、元同僚のほうが先に知っていたという事実も気に食わない。一番にお祝いできるのが親友の特権ではないのか。


「極秘結婚、だなんて女優みたいな奴だな。なんというか、相変わらず変な女……。たんに忙しくて式も上げられなかったのかもな。せめて結婚する前に連絡位してくれば良かったのにな」


 慰めるかのような夫の言葉に璃々も頷く。


 例え式を正式に挙げなくとも、単に璃々は親友のドレス姿をこの目で直接見たかった。ご祝儀もあまり多くは出せないが心ばかり包んであげたいし、もちろん彼女の旦那にきちんと御挨拶をしたい。ちゃんと信用できる人か、相応しい人物かを親友として見極めるのは璃々の役目だ。意外と男運のない彼女の男を見る目を、璃々はあまり信用していなかった。


 ()()()()()()()友の愚痴をこぼすと大きな手で頭を撫でられた。それに猫のように目を細めて上目遣いで応えると、男は虚空を見つめながら首を捻っていた。


「あの女はなぁ、男運がないっていうよりか高機能ダメ男製造機って感じだな。むしろ、ダメ男じゃないとあの女が無理なんじゃないのか? まあ、なんだっていいけど、なにか結婚祝いを考えなくちゃな」


「私たちの時はワインもらったよね」


 璃々の生まれ年の赤ワインと旦那の生まれ年の白ワイン。わざわざフランスの有名ワイナリーの高級品で特別ラベルで特注品だった。お値段もスペシャルだったはずだ。


「う~ん。なにがいいかな~」


「さあな。あの女が欲しがってる物ってなんも思いつかね。結婚相手の欲しそうな物をあげたほうが、まだ確実なんじゃないか?」


 夫婦でうんうんと唸っていると、璃々のスマホが眩く光りだしメッセージを表示した。噂のご本人からの連絡だ。璃々はあのハガキを貰ってすぐに彼女に電話をかけたのだが、仕事中で忙しかったのだろう。あいにく繋がることはなかった。なのでメッセージだけ送っておいたのだ。


「今週の日曜、家にご招待!! だって! そのとき紹介するって」


 スマートフォン片手に興奮気味に叫ぶと、彼もひょいっと覗き込んできた。


「へえ~? 早速、旦那ん家に引っ越したのかよ。じゃあ、簡単な土産持って突撃するか」


「もしかしたら二人でマイホーム、購入したのかも。でも、結婚相手の人ってどんな人かな?」


「さあなあ……。あの女の相手なんて、それこそ天使か悪魔だろ。とにかく並み大抵の人物ではないことは確かだ……。どうせ、あの女のことだ。旦那だってもう尻にひいているんだろ」


 遺産狙いで富豪の老人という可能性もあるな、と高次が顎に手をあて呟くと、すかさず璃々が親友に代わって抗議をする。


「ええ~~、そんなことないよぉ。もしかしたら、すっっごい、亜里沙の方がベタ惚れだったりして!」


「それはありえん! ベタ惚れの木原とか想像デキねえなぁ。ってか、お前なんでこの写真こんなヨレヨレのうえ、焦げてたりするんだよ!」


 随分色あせてしまった写真を手にした夫から、チョップを額に受け璃々は笑った。とにかく目出度いことだ。彼女がついに永遠を誓える男性と出会えたことに、ほっとしていた。


 そしてそれが、三日前の木曜のこと。残念なことにその後、仕事での発注ミスが発覚した旦那は後輩の尻拭いのため休日出勤と相成った。そのため、璃々はとりあえずデパ地下選んだ菓子を片手に緊張の面持ちで一人、新婚家庭にお邪魔することになったのだった。





 この時はまだ、璃々は家に帰った夫の一言にどう答えるか、これほど悩むことになるとは思いもしなかった。


 『――で、相手はどんな奴だった?』

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