七 お客さまと神さまです
「え……」
数メートルの距離を作りながら、私たちの後をついてきた未成年少女は、アジト――何となく通じているが、この世界ではどう呼ぶのやら――に掲げられた看板を見て絶句する。
別にそれは、奇をてらったものではない。全くありふれた、この町でよく見かける規格品である。書いてある文字はあれだけど。
神さま窓口。
なんて胡散臭いんだ。もっとこの、何かセンスというものはないのか。そもそもアジトに看板掲げるヤツがいるか。というか、誰かツッコんでほしい…。
「入ったら。罠はしかけてないし」
「…………」
「光安、挨拶は?」
「え…、あぁ、その……、いらっしゃいませー!」
「………………」
センスの問題はおいおい考えるとして、そして経緯はさておき、窓口初のお客さまだ。光安も初仕事、なかなか無理のある笑顔が痛々しい。
そして客は客で、一歩目を踏み出したまま固まっている。まぁ分からなくもないが、こちらもそんなことは気にしていられない。どうあがこうが余所者は余所者なのだ。
ちなみに、私たちの顔はお忍びの姿のまま。つまりいつもの顔だ。釈尊と観世音の説明まで加わったら大変だし、既に隠す気もなくなっている……し。
「営業時間外だけど、サービスするわ、お客さん」
「……あなたが神さま」
「そう。先週からね」
「……………」
未成年少女は、いかにも客らしく来客用の椅子に腰をおろしながら、私の顔をちらっと見て、目をそらした。分かりやすく警戒している…のかな。何だか風邪でもひいたような表情だ。
……何か不満があるのだろうか。
いや、不満がなかったら怖いか。ほとんど誘拐みたいなものだし。とりあえず何か場が和みそうなことでも…。
「これで満足?」
「……それは本物にしかできないと聞いています」
さっきのことを思い出して、私は身分証明の村人Aを「神さま」に書き替えた。
私にはどう考えても無用の印。ただし、今後もお忍びするならば、ばれないように偽装だけは忘れずに。この未成年少女――まさしく村人Aだ――には、素直に感謝しておかなくては。
「私たちの身分は分かったでしょ。まだ怪しい?」
「……あの、こちらの方は」
「こちらの方」の御身分は「バカ」にしてある。異世界で神と祀りあげられるような女――私だ!――を捕まえた、呆れた馬鹿者という尊称。
もちろんそんな意味合いは、誰にも伝わるはずがない。イヤンバカーンのバカなら…って、もう地球でも通じなさそう。
「気にしないで。ただの受付嬢だから」
「女性?」
「これからの時代、性別を気にするようでは立派な社会人になれませんわホホホ」
「そういう問題じゃねーだろ」
というか、お昼のお弁当の時に不審に思われなかったのが不思議だ。
この街は殺伐としたアクミ砂漠で、互いの素性など何も気にかけない…とか?
……交差点の人たちは、実際全く気にしてなかったなぁ。G散歩ご婦人も、砂場の子どもも。
目の前の未成年少女が例外なんだろう。高校程度の閉鎖社会ですら、すれ違う全校生徒の素性をいちいち知ろうとは思わないのだから。
「あの……、普通の人は自分で書き替えたりできないです」
「だってよ!」
「えー、そーなんだー」
気の抜けた返事をしながら、コップを三つ用意する。付与の力で、勝手にお冷やが満たされる。できれば煎茶の付与があればいいのだが、どうもこの宇宙…というかこの国では緑茶を飲む風習がないらしい。茶の木がないのか、生臭くて口に合わないのかは不明。
光安の身分はどうしたらいいのやら。まさか、ちょっと振り向いて見ただけってわけにもいかない…よね。というか、異邦人じゃないから、地球星人にでもするしか…、あ、ダーリンにでもしようかなっ。
「私はカオルと言います」
「俺…わ、私はミツヤス。今日もやっぱりミツマスじゃねーぞ」
「隣の県でも通じないギャグを言うな」
「県?」
落ちついたところで、未成年少女改めカオルが、とうとう本名を自白した。
異星人っぽく今だけカタカナの光安には、一人称を私にするよう頼んである。一応、神さまの受付なんだから「俺」はダメでございますわ。
閉店したスーパーの話題は無視。
「十五代目神さま、ユウミです。ユウって呼んでね」
「ユウミ…さん」
カオルという、とても日本的でしかも男女両用の名前の少女は、私の名前を何度か反芻していた。
もしかして、もっとファンタジーな名前が良かっただろうか。そういえば先代の名前は、ものすごく発音し辛かったな。言語体系が全く異なる名前を、憶える前にそのまま忘れてしまったのは内緒だ。