六 未知との遭遇
「あなたたち、何者ですか!?」
突然響く声。行くあてもなく辿り着いた高台の公園らしき場所で、職質を受けた。
いや、振り返って確認すると、見た目は若そうで、性別はメス。地球の常識を当てはめれば、未成年と判断される。こういうビジュアルの人類は、職質に似つかわしい存在ではないはず。
まぁファンタジーな世界では、子どもがそれっぽいことやってるけどね。あれは要するに、読者と同じ年齢層が活躍しないと人気が…って、うん、そういうメタな話題はどうでもいいや。
「公園で町を眺めてるけど、何か不審な点でも?」
とりあえず、当り障りのない台詞を返しておく。異世界のコミュニケーションの基本は、敵愾心を見せないことであると、高名な学者も言っていた……っけ?
未成年少女は、険しい表情のまま、少し距離を詰めてくる。まだ殴りかかられるような距離ではないが、どうも私の回答に満足した様子ではない。ついでに、私の返答には若干の敵愾心が漏れ出ているような気がしないでもない。
…というか、いきなり叫んで恥ずかしくはないのだろうか。少なくとも、公園にいた数人は彼女の方を向いたような気がするけど。
「み、見ない顔です」
「初対面だと思うけど」
「………」
隣で何か言いたそうな光安を制止しながら、未成年少女とのつばぜり合いが続く。ちなみに、彼にしゃべらせないのは、きっとこの刺激的な状況を壊してしまうからだ。
そう。
別の宇宙に来たのだ。一度は異物として扱われてみたい。命の危険さえなければ、誰だって一度は流れ者の役を演じてみたいのだ。この非日常、何だか興奮してきたぜっ。
「身分証明が空白です」
「……なるほど。そこはまだ偽装してなかったわ。ご忠告ありがとう」
「……………」
なかなか鋭い指摘に、上から目線で返す私。ただし、上から目線なのは単なる身長差の問題なので、深い意味はない。ごめんね背が高くて。
ちなみに、未成年少女の身長は、現代日本の女性の平均よりは高いはず。そして、ここまで目撃したわずかな現地住民で知る限り、恐らく人類のサイズは地球と似たようなものだから、低くはないが飛び抜けて高くもない程度と思われる。
つまりは普通。
身分証明に「学生」ってあるのも普通。うむ、職質する資格はない。
……それにしてもうかつだった。
財布を持たずに買い物できるシステム。それを実現する、体内に埋め込まれた「証明書」は、一定の範囲までは誰でも読み取れなければならない。やはりこの世界にも泥棒はいるのだろうし。
いつものクセで、直接脳内を覗いていたのがまずかったようだ。
仕方がないので適当に書き込んでみようか。
「……ここは村ですか」
「あなた、友だちいないでしょ」
村人Aにしたのはさすがにアレだったか。
わずかに反省の色を見せてみる私である。反省しながらいらんことを言った気もするが。
「なかなか口の減らない侵入者ですね」
「し、侵入者たぁ何事だ。ここにおわすお方をどなたとぉ心得るっ! 畏れ多くも」
「頼むからアンタは黙って!」
いきなり立ち上がって、越後のちりめん問屋の腰巾着の真似をするバカ。どやしつけながら、未成年少女に向き直る。じっとその顔を凝視すると、向こうは目を背けた。
…あまり敵視されている感覚はない。
というか、全く感じない。残念ながら刺激的な状況にはならないと推測される。
光安も、最初からそれが分かっていただろう。
だから彼氏は、悪意でふざけたわけではない。ええい頭が高い、と言ってみたかったのは確かだろうが、要するに、からかうにも限度があると、私をたしなめた…って、好意的過ぎる? それはまぁ、好意を抱いてるものでありますゆえ…。
「こっちからも一つだけ確認するけど、あなた警察の方?」
「…………」
既に違うと分かっていることを、わざと大声で尋ねる。
ぼんやりと「ああ、あそこに不審者がいる」とか思われているのだから、同じくぼんやりと「職質ごっこした側が不審者」と認識を改めさせる必要がある。
いや………。
不審者のままでも構わないけど、それならそれで、せめて逃走を余儀なくされる程度に危機的な状況はほしい。砂場の子どもが、一瞥しただけでそのまま遊んでいるような状況ではいけない。
「違うなら、いえ、そうだとしても同じことだけど、私のアジトに案内するわ。ついてらっしゃい」
「アジト?」
「俺に触れると煤けるぜ」
「それって混ぜると強いの?」
夕日を陰影のように使いながら、私は誘うだけ誘って、返事を聞かずに歩き出す。ハードボイルドという単語が似合うつもりの光安が後を追い…、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! どう考えたって私に不利な」
ごちゃごちゃ言いながら、未成年少女はついて来た。知らない人について行ってはいけませんと、小学校で習わなかったのだろうか。全く嘆かわしい。この宇宙の将来が心配だ。神さまお助けください。あれ?