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五 夕暮れ時は寂しそうと古の歌人はささやいた

 やがて、前方の交差点に人だかり。

 事故でも起きたのか、と思ったけれど、この世界で交通事故は基本的に発生しない。そろそろ言い飽きてきた、「魔法」のおかげでございますわよホホホ……って、誰の真似なんだ。記憶の中の神さま? 適当に言ってみましたわよムシュー。

 ………。

 とりあえず、人だかりの中に入ってみると、十数人が立っていた。そう、ただ立っていたのだ。

 服装は、地球でいうところの洋装で、統一感は皆無。年齢層も、どうやらバラバラ。それに、互いに顔を合わせるわけでも、話しているわけでもない。


「あのー」

「何だ、今忙しいんだ」

「いえ、その、何してるのかなぁ、と」


 集団と呼んでいいのか謎の光景を前に、声をあげた光安。なかなか勇敢だ。さすが私のムシュー…は、もうやめよう。十六歳でマダムと呼ばれたくないから。

 それにしても、彼は地球でも滅多に見せない秘蔵の模範的高校生顔で、丁寧にものを尋ねた。それなのに、ただ立っているだけの中年男性は、忙しいと一言ほざいて、無視しやがった。

 忙しい?

 忙しい?


「なぁゆう、これはアレだろ、お前の出番だろ」

「はぁ…、気が進まないけど」


 どうやら皆さんは、私たちに何かを教えてくれそうにない。しかし、私たちは教えてもらわない限り、皆さんの行動を理解できない。

 ああ、これは十五代目神さまとして一方的に呼び出されてしまった哀れな生き物たちの、自衛の手段を行使するしかない………よね。


「えーーーーっと」

「うむ」


 仕方ない。

 仕方ないなーぁ、……と。これぐらい言い訳を並べればいいか。


「この人は中年に見えるけど年齢は百四十歳。離婚歴あり。好きなタイプは…」

「その情報いらん」

「ゲームをしている。ほら、地図上で見つけて捕まえるような…」

「ああ……、あれ?」

「そう」


 申し訳ないと思いながら、この宇宙で初めて…でもないけど、神さまの力を使った。

 簡単に言えば、立っている人の脳を覗いた。あくまで覗いただけで、いじってはいないけど、これは地球人類にはできないし、どうやらこちらの人類にもできないようだ。やったぜ神さま。


「つまりだ、スマホなしでやってるわけか」

「そういうこと」

「あり得ん」


 まぁ残念ながら、この能力は神さまとは関係がない。「宇宙の上位にある者」だから、知ろうと思えば何でも知ることができる、というだけ。

 さらに言えば、脳を覗くのも儀礼的な作法。ほしいと思えば、その場にいようかいまいが記憶は取り出せる。必要もないのに呪文を唱えたくなる、いわゆる超能力者あるあるの類型だと思ってほしい。えっ、誰も共感出来ないあるあるだって?


「アンタはありうる、でしょ?」

「………こ、これは」


 与太話はおいといて、真相のくだらなさに頭をポリポリかき始めた光安に、せっかくだから同じ環境を与えてやる。地球人類は「魔法」を持たないが、神さまはそんな人類を魔改造できるのだ。ふっふっふ。

 光安だけではアレなので、自分も始めてみた。

 頭の中の妄想のように、ゲーム画面が展開する。交差点には、得体の知れない化け物が見える。得体が知れないのは、地球の某ゲームでも一緒だし、実はこちらでは得体が知れている可能性も否定はできない。どうでもいいや。


「俺は嫌だな、これは」

「同感」

「曜子が霞む」

「………」


 光安のつぶやく理由に、軽く眩暈を覚えながら離脱する。

 削除もログアウトも、自分の意識の中でなされるのだから、入り浸ってしまえば抜け出す術はないのでは、と思う。現に、その術を知らなかった光安は少しあたふたしていた。

 まぁ、あたふたするのは操作方法を知らなかっただけ。慣れてる人類たちにとっては、そこまでの違和は生じないのかも。

 ……………。

 相変わらず、バツ一の中年はゲームに夢中。

 さっきより人数が増えて、しかし相変わらず各自が勝手に突っ立ったまま。

 この人たちは、退屈で暇なのだ。

 働き盛りにみえる人々ですら、こんな理由がなければ、自分の足で歩かずに済んでしまう。「魔法」に最適化された人類の手足は、江戸の将軍の歯のように退化していく…。


「何か疲れた。もう帰ろうぜ」

「どうやって? 私たちはもう、この異次元世界から抜け出すことなんてできないのよっ!」

「嘘つくなら腕離せ」

「それは聞き届けられませんねー」


 私も暇かって?

 私は今のところ大丈夫かなぁ。バカの相手もしなきゃいけないし、人目を気にしないでおててつなげるって意外に悪くない。

 地球でも人目なんて気にしてないのは内緒だ。


「しかし、ようやく言えるぜ、ゆう」

「何、ドキドキしていい?」


 中年男性に一応別れの挨拶をして、もちろん無視されて、あてもなく二人で歩き始める。

 相変わらず人通りの少ない道。そして相変わらず車は浮いている…けれど、そういう些細な違いには慣れてきたような気がする。

 何と言っても、夕陽。

 見えているのは太陽ではない。気のせいか、太陽より赤みが強い感じがするけれど、地球人類に見せれば全会一致で夕暮れ時と呼ぶはず。


「まるで地球だな…」

「…………………遠目には確かにそうかもね」


 相変わらず期待に応えない男だ。まぁ今さらそんな程度でめげる私ではない…と言えば、健気な少女っぽくて何だか悪くない。というか、健気な少女だよ私は…。

 それはさておき。

 本当に、これじゃまるで地球。

 すれ違う人類が、ペットらしき生命体を連れて散歩していたりするなんて、まるで地球。

 ただいますれ違ったのは、四本足の、犬というより狐みたいな生物を連れた老婦人。この世界の老婦人というだけあって、二百五十歳ぐらい。ちなみに、こんな程度でいちいち他人の頭を覗きたくないので、ほしい情報だけ自動で提供される形にしてみた。「宇宙の上位にある者」の権限を、地味に駆使してしまう。この程度の駆使は許してほしい。


「あれは何だ、黒い犬?」

「………みつやす」

「何だよいきなり。そんな変な声色使って、たぶん顔芸もしてるんだろうが、見えねぇからな」

「それは残念」


 相変わらず腕を組んだまま。ガッチリ密着しているから、身長差で光安には私の顔が覗けないけれど、それも悪くない。地球では一般的に、女子が男子を見上げるから、逆転した二人の姿はちょっとだけ気恥ずかしいけど、今は気にしなくていい。旅の恥はかき捨てだ。

 そして私は、愛玩生物についての情報も求めていた。地球においても、たとえば犬と呼ばれる生命体にはさまざまな形態がある。こちらでも、同じようなことだろうと思ったのだ。

 …もちろん、実際にいろいろな形態があった。

 ただし、愛玩生物の種類に、私たちが予想しないものが含まれていた。できれば知らないで済ませたかったアレが……。


「平べったいなぁ」

「そうね」

「なんか、犬って感じがしねぇな」

「……光安。まだその話題を続けたい?」


 こういう時は気が利かないバカ。わざわざ自分から、その黒い物体に向かって行く。

 腕組みしている私は、もちろんそれを押し留めることもできる。というか、その気になれば光安の動きなんてどうにでもできる…けど、流されるままにアレに近づいていく。

 どうせ遅かれ早かれ気づくこと。

 それに、彼氏に強引に引っ張られるシチュエーションも、ちょっといい。


「………………」

「良かったね、光安」

「…………………」

「今仕入れた情報によれば、育てやすくて人気だってさ」


 すれ違って数秒後に、光安の歩行は停止してしまった。

 その数秒は、恐らく理解が追いつかなかった時間だろう。むしろ、よく数秒で済んだものだ。私と一緒にいるから、たぶん彼の身体にも変化は生じつつあるけれど、それにしても素晴らしい。

 素晴らしい。

 そう。

 この宇宙ではアレがペットだった。黒くてイカスヤツ、Gが。


「こ、これが異世界の洗礼ってやつか」

「かもね」


 Gといっても、ヤマトさんやチャバネさん程度では、まさか散歩はできまい。ここでのGは、体長三十センチはある巨体で、その片方の触角にリードを付けている。


「なんてハードな世界に呼ばれてしまったんだ」

「呼ばれたのは私」


 ふらふらとした足取りで散歩を再開してはみたけれど、光安のダメージは大きそう。

 まぁダメージと言っても精神的なアレで、肉体は何も問題ないけど。異世界テイクアウトをしっかり完食して、異世界惰眠までむさぼったのだ。この程度で同情する価値はない。ただし、異世界デートに水をさされた感は否めない。

 二人三脚のように黙って歩いた先に、公園のような場所があった。

 特に侵入を監視するゲートはなく、内部には地球でいうところのベンチが幾つか並んでいる。たぶんこれは公園だろう。親子連れらしき人類が遊んでいるし。


「光安、もうアレはあんな遠くだから」

「その情報は要らないよな」


 ゆるやかな坂の途中にあった公園。今し方歩いた道の、豆粒ほどにも認識できないアレを指差しながら、既に設定を忘れつつある神さまとその付き添いが、相変わらずおててをつないでいると……。


「あなたたち、何者ですか!?」


 なんだか新たな登場人物の予感がする台詞が聞こえたのだった。


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