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四 おててつないで遊行神

「我が従者光安よ」

「………」

「神さまは今から行幸あそばされるぞ」

「ああ?」


 神さま初日の夕方。特に営業時間も決まっていない窓口は、開店休業のまま過ぎていった。

 受付観世音は惰眠をむさぼり、今はヨダレを垂らしながら神さま釈迦如来――いろいろおかしい――の顔を見上げている。所轄の三千世界ならシッダールタも呆れずにはいられないだろう。

 というか、三千ところか恒河沙とか那由他とかわけの分からない規模の話なんだし、この宇宙すら所轄だったりするのかも。とりあえず、ごめんなさいと心の中でつぶやいておく。そして…。


「ついて参る? それとも貴様は留守番…」

「お前がいないなら閉店だろ。あと、その中途半端なやつやめてくれ、イラッとする」


 あまりの暇に耐えきれなくなった新人神さまは、下々の生活を視察してまわることを決意した。階段も降りるから下々……って、神さまジョークは要らないな。

 というか、無理に神さま神さまと連呼しているが、所詮は行政上の呼称の域を出ない。何とか大使に任命されました…とかいうレベルと大差はない。その上、神さまに求められる本当の役目も、終わらせてしまったのだから、もう虚飾は脱ぎ捨てていい時なんだ。虚飾なのかは議論があるけど、そんなことはどうでもいいよね、もうゴールしてもいいよね。


「なんだ、今ごろ教祖ごっこか?」

「うるさいなぁ、一度寄り憑いた神をあげるには、それなりの手続きが必要なの。バカには分からないだろうけど」

「曜子がそれは嘘だと言ってる」

「そのうちすごい身体を作るから覚悟しなさい、曜子ちゃん」


 思わず身振り手振りを入れてしまい、バカのツッコミを受ける。まぁ、神さまにも多少のスキは必要だ。何もかもできてしまう神さまなら、なおさら…ね。

 一応は留守にするので、軽く書類――というか光安の宿題――だけは整理して、消灯して鍵をかける。ちなみに、どちらも支払い同様、触らずに済ますことができる。「魔法」によるロックなので、セキュリティは完璧といえる。

 便利というか、セキュリティ関連の職種はほぼ全滅ということだから、地球に同じシステムが導入されたら、失業者だらけになりそう。

 なお、曜子は光安の妄想だけど、自意識をもっていたりいなかったりする。光安の頭の中では、もう一人オッサン人格も騒いでいる。その辺はだいたい、私のせいだ。

 ここはせっかくの異世界なんだし、冗談抜きでそれぞれの身体を作って解放するのも悪くはない…よね。どんな顔にしようかなぁ。光安のイメージだと、またあのモザイク化け物になってしまうから、私が責任をもって作らなきゃ。


「腕組むなよ、恥ずかしいだろ」

「その願いは聞き届けられませーん」


 とりあえず、戸締りも済ませたので外出。光安は既に一度街を歩いているから、デートを先導してもらおう。そのついでに、この街のことを知っておこう。

 よくある異世界モノなら、ここで誰か現地の説明役が登場して、不自然なほどに懇切丁寧に教えてくれるだろう。意図せずに旅人となった者が無知なのは当たり前。だから、現地の人類と接触、コミュニケーションをとるのは大切だ。

 しかし、旅人は旅人でも、過去十三度も呼び出していた神さまである。十四度目にあたって、その辺の準備もなかったら、怠慢に過ぎる。

 そしてその辺はさすがに官僚仕事で、しっかり用意されていた。神さま引き継ぎの際に、基礎的な情報はデータで受け渡された。


「ほらもう階段降りたし、ちょっとは神さまらしい威厳をだな」

「そんな威厳あったらダメでしょ、お忍びなのに」

「むむ…」


 ………データ、である。地球人類がイメージする電子データのようなもの。手に取れるわけでもない情報。

 現代の地球人類は、それをコンピューター経由でそれを受け取り、利用する。従って、受け取った瞬間にその内容を知るわけではない…が、この宇宙の住人たちは脳内で処理してしまう。

 それもこれも「魔法」のおかげ。

 普通の地球人類がここにいたら、「えっ、あなたこの程度の情報も処理できないんですか、マージー?」とかバカにされ、何もできない劣等生物として記録されてしまうに違いない。いや、ギャルなのかオッサンなのか謎の、悪意のかたまりみたいなヤツが存在するかはさておき、知能に劣る生物として扱われるのはやむを得ない。

 普段は力をもてあます私が、「宇宙の上位にある者」で良かったと思える貴重な世界。思わず開放し過ぎないよう注意しなければ。


「なら神さまじゃねーんだから、目立たぬようコソコソと」

「人類の王道を歩めば目立たぬぞよ。光安、お姫さまだっこなんてどう?」

「こんな巨体、俺が圧死するぞ」

「失礼な。女子は見た目より軽いと相場が決まっているから大丈夫」


 日本でいえば四国の半分ぐらいの大きさの島。その半分を占めるアクミ市は、現在は人口五百万を数える大都市だ。隣町、そして海を挟んだ対岸にも大きな都市が並び、それらを含めた都市圏人口は三千万に達する。

 島の中央には、大きな山脈が東西方向に延びている。標高は四千メートルをやや超えるから、富士山より高い。ただし、私たちのいる地区からその最高峰は見えないようだ。

 地質の話…までしなくていいよね。一応、島の大半は深成岩で、ごく一部に火山地帯もある。対岸の大きな島には活火山も多いらしい。


「だんだん寄ってるぞ」

「神さまはそれを望んでいまーす」


 さて、二人で仲良く歩く夕暮れ時。窓口ビル――本当はアクミナカマチダイイチビル――の前の道路は、アスファルト舗装に似た感じで、車輪のない車やバイクが通り過ぎていく。周囲にはダイニビル、そして高層マンションが建ち並ぶ。

 光安が目撃して騒いでいたように、バイクには車輪がない。だけど、地球でもそれは実現不可能とまでは言えないし、かの有名なペンギン村に存在するという情報もあるから、驚くには値しない。

 マンションだらけなのは、日本の大都会と一緒。つまらない景色だ。


「つぅか苦しい、前が見えねぇ!」

「私が貴方の瞳になってあげる」

「お前が言うと冗談にならねぇだろ」


 紛うことなく二人はプリ…ではなく恋人。身長差のせいで、まるで母と子みたいだけど、気にしない。密着すると、彼氏の顔が胸に当たるどころか埋まるけど、気にしない。

 今の私たちにとって大切なのは、神さま一行と見破られないことだけだから。なんだ、異世界ってもしかして素晴らしい?


「何が冗談?」

「やめろ、吐き気がしてきた」

「前もやったでしょ」

「歩きながらじゃなかっただろ!」


 暴れ出す光安を、がっちり腕組みでガード。なんだか文字にすると私が暴力的で困るなぁ。

 そして、文字ではちっとも伝わらないので解説すると、私の瞳に映るものを光安の瞳に転送した。だから彼氏は、私の胸に埋もれながらでも、ちゃんと前が見える。とても便利……だけど、どうやら酔うらしい。

 どうやらというか、絶対に酔う。胸元に吐かれたくないので解除した。


「ふふふ。では神さまが癒しの魔法を。ナムナムナントカソワカ」

「そういうのを自作自演って言うんだ、ゆう」


 わずかに青白い顔の光安に、即席の呪文を唱えてみる。なんだかファンタジーって感じで、私も神さまになれた気がする。自作自演なのは否定しない。

 呪文は適当だけど、「宇宙の上位にある者」の力なので、ちゃんと効いている。今の光安は、どこかのスーパー何とか人レベルに強化されている。これは嘘……じゃないから、人並みに戻さなきゃ。

 ……………。

 楽しいけれど、あんまり地球と変わらないような。

 この星全体の人口は、地球の二倍以上にのぼる。星そのものは地球よりやや大きい程度だから、過密状態なのは間違いない。ただ、過密だからマンションが増えるという状況は同じ。地中に土龍みたいに住もうという発想はないようだ。

 平均寿命が圧倒的に長いという恵まれた環境もあって、人類は無気力気味、そして出生率は低い。しかしそれも、地球で起きている現象が、やや大袈裟になっただけ。

 どうもこの宇宙は、空想の火星人社会よりも地味で変わり映えがしない。ル、ル、ルと予感もしない。


「お、第一星人発見!」

「アンタが発見される側」


 どっかの失礼なテレビ番組の真似を、神さまらしくたしなめる私。マスコミの権威を傘にきた侵入者になってどうする。

 ……けれど、神さまとそのオマケ、これほど分かりやすく権威を傘にしている状況はない。いくらお忍びと言っても、困った時には印籠…じゃなくて名乗ればだいたい解決するだろうし、それで解決しなければ「宇宙の上位にある者」の力で何とかする。そこから生じる優越感は、どう意識しようか消せはしない。

 なお、この星の人類は地球人類とほぼ同型だ。肌が緑色でもなく、耳が長く尖ってもいない。私たちが混じっても、誰も気にとめないのが何よりの証拠だ。

 いや、ちらちら見られてる気はするか。

 まぁ、私たち、幸せですから!


「人通りが少ないのね」

「うちの辺りと変わらねぇな」


 広告めいた幸せという言葉に自己嫌悪。それを払拭するように搾り出された、ありきたりな感想に、彼氏は地球人類らしいコメントを重ねていく。彼氏は例によって、読者に伝わらない台詞を吐く。

 気の利かない男……なので、ついでにおさらいしよう。

 私たちが普段暮らしている町は、人口十万ほどの地方都市だ。「うちの辺り」は、その町の繁華街をやや外れた住宅地。だから地球の常識からすれば、人通りが同じ程度なんてあり得ない。

 たぶんこれも「魔法」のせい。

 便利な「魔法」があれば、外を出歩かなくともたいていの用は済んでしまうはず。地球ですら通販なんてものがある。その輸送にも「魔法」を使えるなら、日々の買い物の大半は不要になる。


「あれが弁当屋だ」

「よく分かったわね、字も読めないのに」

「見りゃ分かる。それと、字は読めるぞ。お前が…」

「あーそういえば」


 日本語に翻訳すると「弁当大王」と書かれた店。さすがに目の前でこんなやり取りはしたくないので、車道を挟んだ反対側で、多少ずれた位置に立っておく。というか「大王」って日本のセンスじゃないよね。

 光安はもちろん、この国の文字が読めるはずもなかった。しかし受付が読めないのでは仕事にならない。だから朝の開店前、彼の脳には義務教育レベルの言語知識を入れておいた。地球人類で二人目のネイティブスピーカーになれた…はず。


「どうせなら英語を入れてくれればなぁ」

「入れてほしい?」

「………やめとくか」

「うん」


 新言語インストールしますか、それとも人間やめますか。異世界という言い訳は、異世界だから通用する。光安は…、いずれは人間を超えてしまうだろうけど、今はその辺の高校生であってほしい。

 わがままな私。

 そう、私は神さまだから。


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