三 究極のテイクアウトと至高の怠惰
「聞いて驚け!」
「何ですか観世音様」
神さまごっこはただの暇つぶし。
せっかく別の宇宙を知ったんだから、飽きるまでは楽しみたい。楽しめるといいな…。
「バイクが空を飛んでた!」
「先週も見たでしょ」
「先週はお前一人だっただろ」
「あーそうだっけ」
騒がしいバカ…、いや、仮にも菩薩の顔なのだからバカはやめておこう、ともかく菩薩顔のバカがおつかいを終えて帰って来た。その手には食べ物らしき何かを抱えている。湯気らしきものが見えるから、冷えた弁当らしきものではなさそうだ。
地球でも、冷えた弁当をありがたがる地域は少ない。台湾の外帯みたいな感じなのだろう……という間に、光安は戦利品をテーブルに並べていく。
ご飯のようなもの、肉野菜炒めのようなもの、お茶のようなもの……。
「できるだけ、それっぽいのを買って来たぞ」
「まぁ…、言いたいことは分かる。じゃあよろしく」
「何を?」
「お毒味。まさか神さまが真っ先に口を付けるわけには…」
「ゆうを殺せるモンだったら喜んで食うぞ……って、怒るな曜子、冗談だろ」
似てはいるけど別の宇宙。しかも別の法則が適用される宇宙。だから、水のようなものが水と言えるのか分からない。蛇口を買って来てひねれば出るという液体なのだ。
普通の地球人類の光安は、箸のようなものを使って、米のようなものを口に入れる。ちなみに、観世音顔で食べてほしくないので、今は元の顔。というか、お客さんにそう見えるだけで、最初から私にはいつもの顔しか見えていない。そしてお客さんはまだいないから、結局その神々しい御尊顔は、誰も見た者がいない。ダメじゃん。
「むぅ…」
「何? 死んだ?」
…そうそう。
光安は脳内に妄想妹と同居中。曜子ちゃんは私の味方。あれ? どこが普通の地球人類だろう。
「この見事なツヤ、程よい弾力と粘り気、そしてほのかな甘み。ゆう、これは俺が思うになかなかのブランド米に違いない。我らがつや姫のライバルと呼んでも過言ではない。曜子もそう思うか、そうだろうさすがは俺の妹、味の違いの分かる…」
「黙って食え」
早口でグルメな一人芝居をはじめたバカはほっといて、とりあえず自分も食べてみる。
………。
…………。
……………。
ううむ。こ、これはっ。
「なぁゆう」
「もう食べたの!?」
「高校生は腹が減るんだ」
「ただ座ってただけで!?」
「宿題したぞ」
「………」
物欲しそうな野獣から目を背けつつ、ご飯と肉野菜炒めを食べる。もちろん、黙って食べる。
とりあえず分かったのは、地球の食べ物と区別するのは無駄ということ。厳密にはきっと違うのだろうが、見た目も味も似たようなものだ。食器も箸も、似たような機能の道具だ。
全く別の宇宙で、どこまで生命体は似るのだろう。
この星が地球に似すぎていること。
たとえば人類だけが似ているならば、もしかしたら太古に地球人類が出現して、その子孫だった…という可能性もある。しかしそれは認めがたい。なぜなら、植物や動物など、人類以外の生命体も同じように似ているからだ。
要するに、この星の歴史そのものが、地球に似ている。そんな偶然があるだろうか…と疑問を抱かずにはいられない。いられないけれど…、私の能力でその歴史を確認する限り、地球と何らかの接触があった形跡もない。やはり偶然らしい。
ちなみに、代々の神さまの中で、この星の人類に最も似ているのが私だという。
似ている…の定義はいろいろあるけれど、あまり口にしたくないけれど、生殖可能かというのは大きな判断基準だろう。
その意味では、私を除く十四名のうち、生殖可能だったのはわずか一名。初代だけだ。
十五代目の私がどうなのかは……、生殖する予定がないから愚問としておこう。私の能力で、こちらの人類と同じ肉体にするぐらい簡単なことだから、絶対にできるけどね。
無駄話ばかりしてしまう。
私もちょっと興奮してるんだろうな。
この外帯、というかテイクアウトは素直にうまい。我らが米とか何とかはさておき、高校生がにわか評論家に豹変するのも分からなくはない。
うまさの秘訣は……、やはり「魔法」なのだろう。老化コントロールの原理を応用した、鮮度保持。どうやら容器にそういう付与がなされているらしい。
作った瞬間、炊いた瞬間の状態を維持できれば、テイクアウトの弱点は完全に克服できる。素晴らしい、是非我が社にも…と言いたいところだが、地球でそれをやるには宇宙の大改造が必要なのだ。たかがメシのために宇宙崩壊の危機?
「昼寝したい」
「受付は?」
「どうせ誰も来ねぇ」
別に崩壊はしないか。私の一存で宇宙を書き替えたいとは思わないから、この話はおしまい。今はとりあえず、社会人としての自覚が乏しい高校生の戯言を聞き流しながら、食べ終わった食器を片づけよう。
………。
何か書いてあるのに気づく。
「押せ」、だ。
押すなよ、押すなよ、………独りでやると空しいな。
ぽち。
何の音もしない(すぐ前のは心の声というやつだ)が、次の瞬間には食器が消えた。跡形もなく。
「え、お前…」
「私じゃない。そういう仕様」
「まさか…」
半分眠りかけたバカが飛び上がる程度には刺激的。ただしバカは誤解しているので神さまが教えてやる。まぁ私も今知ったのだが。
要するにこれも付与の「魔法」。使用済食器は、押せば自動的に回収される。たぶん、洗って再利用だろう。あるいは、洗うという概念すら、この世界にはないのかも。
便利な世界だ。
国民は怠惰な毎日を過ごしそうだ。
けれど、せっかく地球人類にない力があるのに、バカみたいに冒険だ戦争だと騒いでいる方が無理な話。こんな便利な力を擁して、地球人類より遅れた文明なんてことはあり得ない…よね?
「ちょっと分かったかも」
「何がだよ」
「窓口が暇な理由」
光安はそこで何かを言いかけて、改めて居眠りの体勢に入った。
たぶん彼も気づいているだろう。実際に、この世界の住人に接したのだから。そして「宇宙の上位にある者」を、それと知って対等に接するほどの彼氏なのだから。え、関係ない?
これだけ便利で至れり尽くせりの世界で、満たされた人々。
満たされているから、神さまなんて異物に頼るような局面など、そうそうあるはずもない。………私に何ができるのか、本当のところを知られない限りは。
よーし、仕方ないから私も宿題しようかな。一瞬で終わるけど。