三十五 デザイン宇宙
十五代目神さまの高橋裕美が開発した「モンスター精霊健康スローライフオンライン」。各方面にケンカを売るタイトルのゲームは、それぞれのユーザーがアバターを作ってゲーム世界で過ごす。世界を歩いて健康増進、それは間違いない。
ゲーム内世界は広大で、そこには土球と似たような動植物と、例のゲームから持ち込んだ精霊たちがいる。基本的には相互不干渉だが、精霊は捕まえることも可能…と、そこまではいい。
問題はこのフィールドが、電脳空間のヴァーチャルなものではない、ということだった。
「えーと、つまりどういうこと? 私はみんなの世話係として、ちゃんと知っておきたいけど」
「フフフ、そう来ると思っていたよ薫」
「思うでしょ!」
そして明かされた事実。
ゲーム世界は、ゆうちゃんが造った星。
それも、造ったのは星一つではない。星のある宇宙そのものを創造した…らしい。
「一応、生命などの法則が違うわけだし、同じ宇宙には造れないでしょ?」
「そもそも話が途方もなさ過ぎて、同意できる頭がないから」
ゲーム一つのために宇宙を造る。ゆうちゃんが冗談抜きの神さまだということを思い知らされる。ちなみに、無限に造れるらしいし、マイ宇宙が欲しいならあげると言われたけど、マイ宇宙って何? 文法的におかしいよね?
まぁいいや。良くないけど、これ以上考えても無意味だ。
というわけで、新宇宙にはいろいろ制約がある。あの星以外に生命体が誕生することは、神さまが禁止した。またあの星に、人間と同等以上の知的生命体が誕生することも禁止した。もちろん神さまは一人しかいない。
その上で、現在いるすべての生命体には百歳までの寿命を保証。これはゲームの設定ではなく、リアルなもの。無から創造したことに対する、神さまからのおわびであって、ゲームの都合ではないらしい。
「リアルにも程があると思うよ、ゆうちゃん」
「いいでしょ、究極のゲームって感じで」
「いや、褒めてるというか…」
別の宇宙だから、基本的には相互の往来は不可能。なので仮にあの星に高度な文明が発達しても、土球が侵略されることはない。そして、アバターを動かすだけの我々が、あの星から何かを持ち帰ることもない。
そもそも、ゆうちゃんが造って管理している時点で、心配するだけ無駄だけど、彼女の正体を知らない人でも、この条件なら安心だ。
―――――もっとも。
飽海市には、既に別の宇宙から十四名の神さまがやって来ている。そして神さまたちは、全身滅菌消毒され、手ぶらで訪れたわけではなかった。だから別の宇宙の他の生物もやって来ているはず…と小笹さんは言っていた。
小笹さんは、飽海山地の植生が珍しい理由の一つが、そうして持ち込まれた生物の影響だと考えているらしかった。さすがにそれは信じられないけど…。
「とりあえず、今日出た要望を処理しなきゃ」
「要望…って、みんな勝手なこと言ってただけじゃなかった?」
「そういうのが大事なんじゃない? 私は自分の勝手にできなかったら嫌だし」
「まぁ…」
無茶苦茶な台詞を吐いて胸を張るゆうちゃんに、反論する気力も失せる。それ以前に、彼女の白いシャツのボタンが普通にはじけ飛んで、他のことが考えられなくなったという事実もある。
今さらだけど、神さまだ。
人類の理想そのものとしか言えない顔。あり得ない長さの脚。わ…私の倍以上ある胸。何もかも規格外。初めて会った時は、地球はとんでもない星だと驚いた。そして、ゆうちゃんが特別だと知って、正直ほっとした。ヤバイよね。ゆうちゃん並みの女子ばかりいる星なんて。
………。
脱線した。ボタンはもう元に戻っている。きっと日に何度もはじけてるんだろう。ああ、直撃されたいな……って、また脱線してる。反省。
「で、ゆうちゃん。彼氏は?」
「三人でマンガ読んでる。そろそろ終わるんじゃないかな」
「マンガ…」
「荒瀬くんと曽根くんって言うの。惚れたら危険だと思うよ」
「どこからそんな話に!?」
何となく口にしてしまったせいで、とんでもない方向に話が逸れた。
アラセさんにもソネさんにも全く興味はない。地球人類に関心はあるけれど、あの光安の仲間という時点で論外だ。読者の皆様も納得していただける…って、読者って何?
そもそも、光安にどうしても会いたいわけでもない。ゆうちゃんほどの女神の彼氏にしては、男子としての魅力は皆無。お似合いとすら思っていない。
ただ、その平凡さにほっとする時もある。それは事実。
だって仕方ないよね。ゆうちゃんも曜子ちゃんも、人類の常識を超えているから。
え? お前もそうなっただろって?
うむ……………。忘れたことにしたかった。
確かに私は、触れずに物を動かしたり、壁の向こうが覗けたりするようになった。憧れの変身ヒロインにも、残念ながらなれる。たぶんテレビで見たどのヒロインよりも、今の自分の方が強い。
本当なら、夢のようなことが起きたと喜ぶべきなんだろう。
でも、これは曜子ちゃんを抑える手段として与えられた力。経緯が経緯だし、結局は隠さなきゃいけないから逆にストレスがたまる。光安みたいに、他人任せが一番気楽なんだよなー。
「呼んだ」
土球産のマンガを読みながら、彼女がぽつりと言う。ちなみに、巨大な双丘の上に本を載せている。時々マンガが弾んでいる。なんて恐ろしい景色。
私も小さくはないはずだけど…と余計な妄想にふけりそうになったが、窓口には何も起きていない。
そのまま待っていると、階段をのぼってガラス扉を開ける男が見えた。
「今日も大賑わいだな」
「一言目がイヤミって、相変わらずバカには困ったものね」
「さっきまで一緒にいただろう。何を今さら」
相変わらずの登場。
いつも同じ服装で悪態をつく男子と、ちらっと目を向けただけでマンガを読み続ける女子。でもそろそろ分かってきた。
事務所の空気が、その瞬間に変わった。身体が軽くなった感じがする。
ゆうちゃんは、見た目は普通…というか「単なる」規格外の美少女だけど、周囲の空気を変える何かを放出しているらしい。遮断しないと、周囲が廃人だらけになる「気」なんだって聞いた。
その「気」は、光安がいるといないとで違っている。遮断されているはずなのに、その差に気づけるぐらい。
「で、魔法少女薫」
「言うなバカ!」
「何だよ、そろそろ変身ポーズは決まったのか?」
――――――褒めようとしたらこれだ。
うるさいなぁ。魔法少女は格好いいんだ。地球人類とも、きっとその点ではわかり合えるんだ。だから安易に実現してほしくないんだ。
「おー、薫の顔が真っ赤。まさか光安に惚れた?」
「いくらゆうちゃんでも、言ってはいけないことがあるわ」
「そうね。本当に惚れたら土球の危機だし」
「な、なんで私が脅されるの?」
言葉だけ聞けば冗談だけど、ものすごい圧を感じる。というか、自分で言ったことで脅さないでほしい。
私は土球の運命を握る存在になんてなりたくないし、幸いにして光安は何一つ好みではない。…自分より背が高いのが第一条件だし。
まぁ、数少ない同年代の男友だちなのは事実で、ついでに言えば光安と私の身長は一緒で、誤差程度に彼の方が高い可能性もあるけど…さ。
学校では、困ったことに周囲は女子しかいない。男子生徒が存在しないのではなく、単に私が女子に囲まれている。みんな私の性別を間違えてるような気がする。
「さて、メンバーも揃ったので、修正作業に入りましょう」
「メンバーって、俺は関係ねぇだろ?」
「アンタはゆうちゃんの腰巾着でしょ」
「腰巾着って、土球でも言うのね」
「えー…、そこに反応するの?」
ぶつぶつ言いながら、三人で移動する。
そう、移動。
運営がメンテをするのだから、アバターは使わない。メガネも不要。ただ瞬間移動するだけ。ただし、私が借りた能力では別の宇宙へは行けないので、ここではゆうちゃんが三人まとめて移動させた。
アバターを使わなくていい三人。現実世界だと知っている三人。
三人?
「光安は、ここが本物だって知ってた?」
「今知ったぜ。だいたい、俺はこのゲーム自体初めて見るんだし」
なぜ平然としている、と言おうとしてやめた。
これでもゆうちゃんの彼氏なのだ。むんずと腕をつかまれて、あの大きな胸に半ば顔を埋めさせられながら、平静でいられるのだ。なんてうらやましい。私なら失神する自信がある…って、何の話だ!
「まずは山小屋を増やすんだっけ? 薫」
「あー…」
さっきまでアバターでいた場所を、生身で歩き回る。正直、ほぼ違いは感じないが、生身を意識して少しだけ緊張する。
そしてさっきと同じように、あいつらもさまよっている。うん。道路に立っている元ゲームと違って、目的もなく動き回る彼らを形容するなら、「さまよう」しかない。
それはそうとして…。
「ゆうちゃん」
「ん?」
「このゲームって、テントは使える? それなら、小屋は余り増やさない方がいいと思う」
「ほう。現役山屋の貴重なご意見ありがとう、薫」
「山屋…」
ヤマヤは地球の言葉だそうだ。初対面の相手には使わない方がいいと言ってたし、揶揄する意味合いもあるのだろう。私はそこまで入れ込んでいないと思うけど。
登山はほどほどに不便でないとつまらない。大場さんも若井さんも、そこは理解してくれるはず。
「じゃあ、こうしよう」
「ゲッ」
「今さらアンタが驚く?」
「俺は常識人だから何度でも驚くぞ!」
「へぇ」
ゆうちゃんが、光安が立っているすぐ側に、前触れもなく建物を造った。建物というか、通りに家が並ぶ景色が出現した。ゲーム、確かにこれはゲーム世界、でも目の前にあるのはリアル…、なんだか頭が混乱する。
私の目の前にできたのは、どうやら商店のようだ。土球の景色とは、どことなく違う。いや、明らかに違う。
「これって、地球の景色?」
「うーーん」
そうだと返事があるかと思ったら、光安が首をひねった。
それは別に、否定する意味ではないらしい。地球の、二人が住んでいる町の景色には違いない。ただし、二人が暮らす現在のそれではなく、親が生まれる以前の町を造ったという。
「こういうのがウケたりしない?」
「さぁ…」
光安が言うには、ゆうちゃんは図書館の蔵書を一瞬ですべて読んだことがあって、古い知識が時々混じるらしい。
まぁ私たちの世界でも、数十年前の街並みを再現したりする観光地はある。地球の数十年前が、私たちにとって懐かしいはずはないけれど、案外人気が出るかも知れない。
それに、あの正面の通りの突き当たりに見えるのは―――。
「あれって駅でしょ?」
「すごいじゃない、薫」
「いえ…、あの、駅って書いてあるし」
地球風の建物だけど、文字はこちらのものだから何も問題なく読める。
鉄道というものは、土球も地球も、ほぼ似たようなものだという。ゆうちゃんのことだから、駅舎だけ造ったなんてことはないだろう。うん、これはマニアが喜ぶ。
「それはそれとして、薫。ここなんだけど」
「え? あぁ…、登山用品店なの?」
古びた暖簾をくぐって、目の前の商店に入ってみると、テントやザックなど登山用品が並んでいた。店の外観は地球風だけど、中は私たちが知っているような道具だから、こちらは土球標準のようだ。
もっとも、生物として見分けがつかないほど似ている人類同士なので、登山用品も大差ないらしい。
強いていえば、携帯用蛇口のような付与の道具は地球にない。ただし、大場さんレベルの山屋――と呼んでいいよね、たぶん――は、蛇口なんて持ち歩かず、現地の水場での補給にこだわるから、水筒も売られている…………って。
「ゆうちゃん、これは何?」
「見ての通りのロゴだけど、何かおかしい?」
「聞いたことねぇな」
「あったらまずいでしょ。これだからウチの彼氏は」
「離れろよ、く、苦しい」
「アンタの死は認めないから大丈夫」
―――――。目の前でいちゃつかれて、本題を忘れそうになった。例によってあそこに挟まれてる光安が許しがたい…じゃなくうらやましい…じゃなく、うん、それは忘れよう。
で、ゆうちゃんが言う通り、見知らぬロゴは当然だ。そしてこのロゴが、精霊のシルエットと思われるのも、ゲームの素性を考えれば妥当。でも何かひっかかる。
とりあえず、いくつか手に取ってみる。
どうやら材質も造りも、土球の店で売られているものと同等のようだ。それも、高級品だと思う。道具は値段じゃないと言っても、持てたら嬉しい。
「ゆう、これは勝手に持っていけばいいのか?」
「持ってったら、運営として厳しく対処してやるから」
「じゃあどうするんだよ」
やり取りはアレだけど、光安の言い分は確かにもっともだった。
天井を見上げて思案していたゆうちゃんは、不意にこちらを見てにやっと笑う。
すんごい美しいけど、絶対ろくなこと思いついてないよね。
「ガガ…ガ…オル」
「せめて他の言葉はしゃべれないの!?」
解決策は、精霊を店番にするというものだった。
店番と言っても、精霊は基本的にしゃべれないので、お金を受け取って商品を渡すだけ。実際には現金の受け渡しもないので、全くしゃべらなくていいのに、なぜ!?
「まぁいいじゃない。このゲームの精霊の鳴き声だから」
「他の声にして」
そして私は思い出した。目の前の精霊こそ、ロゴのシルエットそのものだったことを。
なんて周到な嫌がらせなの?
「言っとくけど、こいつが一番私の記憶に残ってたってだけで、他意はないからね」
「そりゃ記憶に残るでしょうね」
「ゆうは蛇のようにしつこいから諦めろ」
「なんか言った?」
再びうらやましい責めをくらう光安。お前の最期の言葉はしかと聞き届けたよ。とても絶望的な話だったので忘れたい。
まぁ今さら指摘されるまでもなく、私ももう気づいている。この神さまは悪戯好きでしつこい性格。でも悪気はないし、あり得ないことばかりで楽しい。
「薫、保存館の方はどうしよう」
「どうしようと言われても…」
あの声をもう聞きたくないので、店には行くまいと誓う。困った時は大場さんに任せよう。
あ、このゲームには専用通貨がある。単位は円で、二人が住んでる国の通貨そのまんまらしい。地球から持ち込めるわけでもないし、呼び名が同じだけだから後ろめたいことはない…と神さまは主張している。こっちはまさか「本物でした」って話はないはず。
通貨は運動量に応じて増えるので、いろいろ買いたかったら歩けという親切仕様。
そして保存館は、小笹さんの希望なので私の手に負えない。
「どっちの保存館もゆうに依存するのか」
「依存されるほど寄付してないからご心配なく」
保存館の建物自体は、リアルなそれのコピーに決まった。専門施設の設計は、たぶん神さまの力ならできるだろうけど、モデル施設の住人が望んでいるのだから、同じものの方がいいはず。
ただ、それをどこに建てるかは検討の余地がある。とてつもなく広大なエリアで、たまたま最初に見た山の麓でいいのかどうか…。
「全体の様子を見てみましょう。運営っぽいでしょ?」
「ゆ、ゆうちゃん?」
ゆうちゃんは光安の手を握って、当たり前のように飛び上がった。光安の顔は…、良かった、こわばってる。平気な顔だったら困る。
「自分で飛べるでしょ、薫。飛び上がる時はトウッて叫ぶのよ。腹から声出してね」
「それはヒロインじゃねーだろ」
……………。
巣立ちの練習をする雛鳥の心境。いや、雛鳥は翼があるけど、私にはない。飛べるはずがないのを、神さまの能力で強引に実現するのだ。
うん。飛ぶのではない。ただ位置を変えるだけ。人間なら落下する空中でも、能力で位置を変えれば動かないというだけ。それだけ、それだけ。
「あれー、声がしなかったよ。やり直し?」
「必要ないでしょ!」
「薫の理想的に必要なんじゃない?」
「他人に与えられた力でヒロインなんて言えないし」
「でも地球のヒロインは、けっこう力を借りたり、もらったりしてるよな? 土球は違うのか?」
「えー…」
そういえば、お前が土球を守るのだーとか言われる展開もあったような。いや、騙されるな、光安ごときの口車に乗ってはいけない。
くだらない言い争いをしているうちに、地面を離れた足はぐんぐん上昇する。あっという間に登山用品店が小さくなった。
本当に飛んでる…。
無茶苦茶な状況のわりに、冷静な自分。
ここがゲーム世界という名の別宇宙だから? それよりも、緊張感のない会話のせい? たぶんそれだけじゃない。
能力の使い方は、もらった時点で分かる。ゆうちゃんにそう告げられた意味が理解できた。
「薫の練習はこれぐらいにして、あの山に行くよ。大場山だっけ」
「まだ名前はついてないよね?」
「なら俺が先に降りれば」
「大バカ山ね」
先を行く神さま一行を追う。ちゃんと後を追える。そんなにスピードは出ていない。歩くよりは相当に早いけれど、どうやって動くのか考えなければ、大丈夫。
眼下には大森林が広がる。
土球の…というか、飽海島と似たような植生だと小笹さんも言っていた。だから初めて見る景色という感じはしない。もちろん、この高さで見るのは初めてだけど。
なんかちょっと感動する。そして―――。
この森も、稜線の高山植物も、そこで動き回る動物たちも、すべてが目の前の創造主の生み出したもの。そう思ったら、ちょっとじゃなく戦慄する。
「小笹さん好みではあるでしょ?」
「一度会っただけのオッサンの好みなんて興味ないぞ」
降り立った山は、すごい景色だった。片側は切り立った岩場で、わずかなすき間には白や紫色の花が咲き乱れている。飽海山地がモデルなのだろう。実際に見たことはないので、感動。これで、頂上に「下りる」のでなければもっと良かった。
飽海山地は植生を守るためとして、ほとんどの山に入山規制があったりする。規制の外側の山にもお花畑はあるけれど、小笹さんが保存館で育てようとしているような花は、一番厳しく規制されていて、地元民でも登るのは難しい。
「ここは自由に登れるの?」
「ゲームなんだから当然」
「まぁ…、そ、そうだね」
そもそも、みんなはアバターを操るだけ。そして生命体の寿命保証。つまり、この山の植物は減ったり絶滅したりはしないから、規制は不要。理想的すぎる。
ただ、増えることもないのか。造花みたいな気もする。
「よし、これで俺の名がつく。そうだな、やはりよ…」
「じゃあ道標建てとくわ。三バカ山、と」
「ゆうちゃんやめて! 山がかわいそう」
大バカ男のせいで、取り返しのつかないことになりかけた。ほっと胸をなで下ろして、それからしばらくして、ふと視線に気づく。
………。
二人はこちらを見ていた。にやついていた。どうやら私はからかわれたらしかった。
「土球民としてはいろいろ考えるでしょ?」
「土球民というか、普通の人間としては…」
微妙な空気のまま、稜線を歩く。
少し下ったところに山小屋があった。ご丁寧に看板は「小屋」とだけ書かれ、あとは空白になっている。最初にここに辿り着いた人が命名するわけだ。もちろん、私たち三人を除いた最初の人が。
「要するに、リアル過ぎるんだろ。あの怪物たちに合わせて、あり得ない景色ばかりにすれば、ゲームって感じがしただろうし」
「でも、あの怪物さんはリアルな道路でさまよっていたでしょ」
「えーと、怪物って言わないで」
小屋の内部は、土球のよくある山小屋そのもの。ただし避難小屋ではなく、飲食スペースや売店もある。それぞれにつけられた値段は………、うん、下界の売り場の五倍になっている。こんなところまでリアルにしなくてもいいのに。
売店の飲み物を三つ、ゆうちゃんが取り出した。一応警戒したが、ここにはアレはいないようだ。それ以前に、ゆうちゃんは支払いしてないけど。
「飲むと飲んだ感覚があるのか」
「本物だから当たり前でしょ」
「本物…本物……」
小笹さんが土を掘れば、掘った感覚がある。ザックを背負えばザックの重みを感じる。だからお茶を飲めば飲んだ感覚があるのは当たり前。アバターなのにおかしいと言うなら、すべておかしいのだから。
お茶は…、何か味が違う。ラベルの文字も読めそうで読めない。つまりこれは―――。
「地球のお茶?」
「そう。珍しいでしょ?」
「どう答えていいのか…」
異世界の飲み物なのだから、珍しいとかいう次元にない。その一方で、異世界の飲み物なのに余り違和感がない。どこかで飲んだ気がする味。
これは初代のせい…ではなく、生物の姿がそれほど似ているのだろう。目の前の二人で分かってはいたけどさ。
「とりあえず、全体の修正は別の機会にするとして」
「まさか全部を見てまわるのか?」
「数百年かかると思うけど、まぁ光安なら大丈夫」
「バカ言うな」
その後、再び空中からの視察。ゆうちゃんは、あちこち指差しながら進んでいく。すると、その場所に集落が造られる。ゲーム画面でならよくあるものを、リアルにやられるとさすがに落ち着かない。
「薫もある程度ならできるのよ。校舎の修復とか」
「誰が壊すの?」
「それは秘密です」
「生き別れの兄弟でも出てくるのか」
「光安、アンタは何を言ってるの? もしかして地球の恥?」
「お前の策略に乗ってやったんだよ」
「相変わらず仲がいいのね。土球人には何が何やらさっぱり」
その後も緊張感のない会話と、神さま…ではなく運営の創造行為はしばらく続き、光安の一言で切り上げとなった。
え? バカが何を言ったかって?
それは決まってるでしょ。「飽きた」に。
「それで一つ質問なんだけど、ゆうちゃん」
「何? 光安のスリーサイズ?」
「聞かされたら耳ふさぐ自信がある」
「つーか、俺も知らねぇって」
仮称「大場山」の中腹付近で、地上に降りる。前方は少し開けた土地で、その向こうに小さな丘のようなものが見える。
丘の左手に何か建っているのは、たぶん山小屋の一つだろう。
「いつサービス開始予定?」
「さぁ…、しばらく様子見してからかな」
「え?」
深い意味のあった質問ではなかったが、予想外の返答に驚く。
ゆうちゃんは平然としている…けど、隣はそうでもないな。良かった。
「なんだ、てっきり明日から始めると思ってたぜ」
「アンタはバカだからそう思うでしょうね」
「私もバカなので…」
開放して何が起こるか分からないので、当面は身内で試験運用。もちろんそれは穏当な策だし、全面的に賛成できるんだけど、何せゆうちゃんなので予想外だった。
最初にゲーム世界を破壊してから、まだ一ヶ十日も経っていないのに、もうこのレベルまで造り込むような神さま。そのスピードに似合わない慎重さだ。
「えーとゆうちゃん。仮想世界が仮想じゃない。それ以外は土球の技術で再現できるんだよね?」
「そうよ。じゃないと私が疑われるし」
「ゆうは最初から疑惑の人だろうに。なぁ薫」
「そ、それは忘れて欲しいんだけど」
いきなり古傷をつくのはやめてほしい。
落ち着け…。
そもそも、異空間をつなぐこと自体は、土球の存在する宇宙の法則で可能。それは他でもない、代々の神さまの存在で証明されている。ポールによる瞬間移動も、基本的にはその法則を応用した…と言われている。実際には、未だに原理は判明していないらしいけど。
それを考えれば、このゲーム世界宇宙に、いつか実体を転移させる日が来るかも知れない。そう思ったけど、ゆうちゃんは否定的だった。
「土球でこれまで確認された空間転移は、すべて異世界人が関与している。薫、そう聞いたことはある?」
「た、たしか昔そんな話を聞いたことが…」
「へー、あるんだ?」
「……とあるヒロインが言ってた」
なんの役にも立たない情報で申し訳ない! 思わずうつむいてしまったが、ゆうちゃんは別に笑っても軽蔑してもいなかった。
空間転移に異世界人が関与した。十五代目がその能力で調べた結果、それは事実だという。
記録にあるのは、代々の神さまとポールだけ。ポールは、今から二十年前に何者かが現れ、付与のシステムを更新した結果で、それは公表されている。当たり前だ。得体の知れない道具に身を委ねられるはずはない。
一方の神さま転移は、要するにあの初代が常に手を貸していた。
神さまの代替わりについては、現在も最高レベルの機密。しかし、目の前のゆうちゃんは当事者だから、もちろんその詳細を知っている。そして、何の躊躇もなく私に話している。
「えーと、私が聞いて良かったの?」
「そりゃそうだろ。薫はもうこっち側の人間だ」
「勝手に答えないで」
余計な発言をする光安に御立腹なゆうちゃん。ぷうっと頬を膨らませた様子が…、ああ、叱られたい! 違う、今はそういう話じゃない。
危ういところだった。ゆうちゃんは何をしても神だから困る。
「初代の力はもう失われたと言っていいから。…あの姿を見たでしょ?」
「あの格好いい生首か」
「はぁ…」
口だけは達者で、そして―――、私の中に入り込んでいたという初代。一瞬、心がざわつく。
と言っても、初代がいたという記憶は何もない。どうやら意識を維持するので精一杯だったようだ。
「だから伝承された代替わりの儀式は、もう二度と行われない」
「そうなの?」
「私が手を貸せば呼べるけどね」
………。
ゆうちゃんの言うとおりなら、確かに二度と行われないだろう。
現在の十五代目を超える存在が、どこかの宇宙にいる可能性はゼロではない。しかし、そんな存在をゆうちゃんが呼ぶはずはない。そして、土球にとって、ゆうちゃんを超える能力は不要。正直にいえば、ゆうちゃんでも過剰そのもの…。
「えっ?」
その時、歴史は動いた…ではなく、ゆうちゃんが驚きの声を挙げた。
槍が降ってもびくともしない神さまが驚いた。そんなことが起きるなんて。
「ゆうちゃん、ど、どうしたの?」
「んーーーーー」
まぁそれは冗談としても、珍しいことには違いなかった。
反応を見る限り、あまり深刻な感じはしない。まぁ、ゆうちゃんに深刻なんて事態が起きるはずがないか。
「誰かいる」
「へ?」
「アバターじゃない人間がいる。一人だけ」
「ええっ」
しかし、起こった事態はそれなりに驚くべきものだった。
驚く以前に、理解が及ばない。
「ゆうちゃん…」
「私は知らない。人間のような生物は造ってないから」
「じゃあ…、進化?」
「まさか。この星は土球と同じように時間が経過するし、だいいち進化につながる要素は最初から排除してる」
ゲームに不確定な要素ができないように…と、ゆうちゃんは付け加える。
確かにそうだ。運営が把握していない要素が生まれる環境では、ゲームは破綻してしまう。まして、リアルな星で、万が一にも、ゆうちゃんみたいな生命体が生まれてしまったら大変だ。何だかひどいことを言った気もするけど、大変なのは誰だって認めるよね。
「とりあえず確認しよう。薫も来てよ」
「え、う、うん」
「じゃあ俺はこれで…」
「アンタには聞いてない」
「むしろ聞けよ」
誰もいないはずの星にいる、ということは別の宇宙から? だとすれば、ゆうちゃん並みの存在という可能性もある。
本音を言えば、代表一人で行ってほしいし、せめて光安と二人だけで…と思うが、その可能性は真っ先に排除された。
このゲームは土球のものだから、むしろ光安は部外者? それは絶対許さないぞ。むしろ、今からでもこのバカを役員にして縛ってしまえ…と、今はそんな私怨に思いを巡らす場合ではない。
まぁ、ちょっと興味があるのも事実。
ゆうちゃんだし、命の危険はないと思う…よね?
「もう帰ろうぜ、明日でもいいだろ。腹減ったぞー」
「じゃあ胃にゴミでも詰めてあげる」
「仲いいわね、相変わらず」
ともかく、ゆうちゃんを先頭に移動を始めた。
鬱蒼とした森林の先、道なき道を進む我々。すると、突如として未知の生物に遭遇…するのか?
※即日誤字修正。誤字というか、初期段階の設定を修正し忘れた。申し訳ない。




