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三十二 二千五百年の孤独

 初代への訊問は一息ついたので、いったん一階の居間に戻る。

 もちろん生首は放置した。いろいろ子どもの教育に悪そうな罵声が響いたが、無視してやった。


「引き取ってもらいたい」

「えー、ウンムーおじちゃんがかわいそう」


 アレの処分をどうするべきか。まずは現在の住人二人に確認したが、その意向は真っ二つに割れた。というか、なぜ割れた。アレのどの辺にかわいそうな要素があった?

 事務所に置くという折衷案も、あっさり却下された。受け取り拒否の若井の駐在先なのだから当たり前だった。


「いい考えがあるぞ、薫」

「次の方どうぞ」

「地球人類の代表の声を聞け!」


 いつからアンタが代表になった。

 妹もあきれて…いないな。目を輝かせている。相変わらずよく分からない兄妹で、ちょっとうらやましい。しかも曜子は可愛い。


「薫の家で飾ればいい。どうだ、名案だろ?」

「絶対に嫌!!」

「親は喜ぶはずだ」

「だから絶対に嫌っ!!」


 ………それは確かに名案だった。初代の子孫を名乗る家に、初代そのものがやって来るのだから、これ以上ふさわしい行き先はない。

 薫は泣き出しそうな表情で絶叫している。生首を二階に放置して良かった。目の前にあったら危害を加えていたかも知れない。貴方を殺して私も死ぬ…とか。いやーやばいなー、私の妄想が。


「言い争っても結論は出そうにないので、私が決めるわ。あの部屋にあのまま放置。暫定処置なので文句は言わないでね」

「やったー」

「暫定…だな」

「暫定…でなくていいけど」


 若井の反対は無視してもいいだろう。彼は大人だ。それに、短期間とはいえ自分の一部だった存在だ。いろいろ確認したいこともあるはず。

 曜子の気が変わらないうちに決めてしまわないと、延々と押し付け合いが続くのが目に見えている。


「はぁ…」


 溜め息をつくのは薫。半分は安堵のそれなのだろうが、表情は複雑だ。


「もう一度、初代に聞きに行ってもいい?」

「一度と言わず逢うが良い、薫殿」

「厄介払いする気でしょ、若井さん」

「むぅ…」


 もちろん誰も反対はしない。なので仕方なく二階に戻る。

 今度は希望者だけで…と思ったが、結局全員ついてきた。若井はあまり関心がなさそうだったけど、薫と手をつないだ曜子が、嬉々として行ってしまったので、渋々という表情。なんだかんだと良い保護者のようだ。


「なんだ俺様が恋しくなったか、そうかそうか」

「涙の筋が見えるのは気のせい?」

「ウンムーおじちゃん、泣いたのー?」

「泣くか!」


 念のため不測の事態に備えて、部屋には私が最初に入った。不測の事態といっても、せいぜい汚い言葉を吐くぐらいしかないだろうが、それでも精神的ダメージは与えられる。えーと、その、言霊?

 冗談はさておき、生首はたぶんしょんぼりしていた。

 もちろんあの目に涙腺など存在しないが、何となく分かる。曜子もウンムーを馬鹿にしたのではなく、本気で心配したのだ。恐らく。


「ゴ、ゴロウさん。伺ってもよ、よろしいでしょうか」

「苦しゅうないぞ」


 さっそく薫が、生首の正面に座って話しかける。

 対して返ってきたのは、なぜか時代劇口調。時代劇っていつの言葉だっけ。


「誰だよコイツ」

「地球人のガキは黙ってろ!」

「光安、今は黙って」

「わ、悪い」


 茶茶をいれた光安がたしなめられる。

 でもツッコミをいれたくなる気持ちも分かる。というか、彼氏が言わなきゃ私が言ってた。

 そんな感じで、和気あいあいと話し合いは始まる予定だった……のだが。


「ふ……。だがお前はよくやった。それは褒めてやるぞ、クソガキ」

「はぁ?」

「俺は二十年前…」

「ちょっと待ったー!」


 ねるとん方式に手を挙げながら叫んだ私は、ひょいと生首をつかんで部屋を飛び出した。我ながら素晴らしい早業。そして、余りに怪しい言動だった。


「な、何をする!」

「私は人間だからね、秘密の百や千や万はあるのよ」

「いくら何でも多すぎだろ」


 後ろから光安の声。

 飛び出したと言っても、向かいの部屋に移っただけだから、ただの人間でも簡単に追いつける。

 とはいえ、追って来たのは光安一人。あとの三人が動かないのは、この彼氏がそう頼んだからなのだろう。さすがはマイダーリン、気が効くじゃないか。


「俺にだって、初代が誰の話をしようとしたかぐらい分かるぞ」

「……何を隠す必要がある」

「私の立場に影響が出るでしょ。あの三人が誰にも話さないならともかく」


 付与の件で、既に私は一部から疑いの目で見られている。もちろん、私自身は誓って潔白…というか、生まれる前のことに責任なんて取りようもないが、この場合はそういう問題ではない。

 二十年前、というのが既にまずい。申し訳ないが三人には、あの台詞だけ忘れてもらおう。

 というか、まさかこんな所で特大の爆弾が炸裂するとは。初代恐るべしだ。


「で、アンタは面識があるの?」

「決まってるだろ。俺様はこの星の代表だからな」

「嘘つくと舌引っこ抜くぞ」


 考えてみれば私と同等の存在が、こんな胡散臭い存在に気づかぬはずはない。とりあえず、初代の記憶もいじった方がいいかな。ものすごく口が軽そうだし。


「母さんは、いつからアンタを知ってたの?」

「地球にいたことは知ってたな。まぁあの女は勝手にやって来て勝手なことをして消えたからな」


 勝手にやって来たのは同じだろうと言いたいが、母が勝手に来たことは事実なので放っておく。

 母とコイツの会談は、約五分程度。この宇宙に母がいた時間は一時間もなかったらしいから、その中では大きな割合になるが…。

 母はどこまで知っているのだろう。

 その気になれば、初代の記憶を覗くぐらいわけはないから、会話の量は問題にならない。しかし、母が「宇宙の上位にある者」となったのは成人後で、私以上に能力を使うことは少ない。そこまで知りたかったのかは良く分からないな。


「俺はいずれ、お前のような奴が現れると知っていた」

「アンタに身体を与えるようなバカってこと?」

「己の力をもてあますような愚か者だ」

「へぇ…」


 コイツが母と会ったのは、もちろん私が生まれる前。ちょうど――――、姉を身ごもった頃か。

 いずれ生まれる子が、自分と同じ「宇宙の上位にある者」だったら…。姉は二人とも、「ちょっと上位」程度だったから難を逃れたが、三番目に当たってしまったわけだ。

 しかし、そんな宇宙の将来を左右するような悩みを、コイツに相談するのか? 私ならしないな。しないから……。


「お前は人間を捨てかけ、辛うじて戻ってきた者。そんな女に、人間ではない存在として生きる世界を斡旋してやるのも、悪いことではなかろう」

「ふぅん…、というか、なぜ知ってるの? 二百年前に記憶が途切れたとか言ってなかった?」

「これでも俺様は親友だからな。春ちゃんはいい女だ」

「次、それを口にしたら殺すから」


 誰だって、自分の親を「女」呼ばわりされたら殺意を抱くだろう。母は不老不死だし、私と同等の存在なのだから、あらゆる宇宙で同率一位の美女なのは間違いないけど、それとこれとは話が別だ。

 ……というか、まさか今もつながりがあるとは。

 じゃあ今のこの状況も、母は知っている?


「ちょ、ちょっと待て。お前がゆうを十五代目にしたって言うのか?」

「正確に言えば違うな」

「じゃあ、ゆうのお母さんが…」

「それも違うわ」


 歴代の神さまの多くが、初代に選ばれたのは事実らしい。

 実際には、次代を選定する儀式があって、そこで託宣により候補者が示されるのだが、そのシステムを用意したのは初代。そして、儀式の実態は、次第に合わせて初代が答えていたに過ぎない。

 そんな初代は、やがて召喚が不可能になることを知っていた。

 初代は、この星の技術では不可能な召喚行為そのものにも手を貸していた。

 もちろん、当人に一定の能力がなければ召喚はできないが、それ以上の何かを足さなければならない。それは、この宇宙を超える能力者を呼ばないための方法でもあった。

 しかし、十四代目を呼んだ時点で、初代の力は消えていた。十五代目には自力で来てもらい、自力で過ごしてもらい、そして十六代目の予定はない。この酷い条件を呑める存在は、私と母親しかいなかったわけだ。


「ゆうの存在は知ってたんだな。俺とのアレも」

「はる…、親友に聞ける範囲でな」

「…………とりあえず、以後、その話題はやめてよ。もしも口にしたら、地球人類が大好きな場所を造って放り込んでやるわ」

「ゆう、……一応どこか聞いていいか?」

「真っ赤に焼けた柱を抱いたりする所よ」

「ま、まぁ善処してやる」


 これだけ脅して善処とは。地球の東洋の歴史を知っていれば、地獄がどんなに酷く語られていたか理解できるだろうに。

 ……まぁでも、今さらなのか。

 二千年以上の無為を過ごしてきた意識にとって、死も苦痛も既に大した問題ではない。そんな感覚を、いずれ私自身も味わうことになる。あぁ憂鬱だ。


「ただいま。いろいろあったんだけど、聞かないでください。以上」

「お兄ちゃんだけずるいなー」

「曜子。これはお前の将来のためなんだ」

「しっかし、このクソガキは立派な詐欺師だな」


 とりあえず、三人を放置するわけにもいかないので、生首を元の部屋に戻す。薫の質問コーナー再開だ。

 初代のことは信用できないので、あの話題に触れると声が消えるようにしてある。ただでさえ、二千年ぶりに会話を楽しんでいる状況なのだ。どんなに口が固い人間でも、すべらせる可能性は高い。


「それで…あの、子孫を遺されたという話は」

「ああ? あー、その、……………そうだな」


 薫が確認したいのは、やはり自分の出自のこと。系譜上、薫が初代の子孫の一人であることは、以前に私が確認済。しかし初代がガス人間…じゃなくて思念体であったなら?

 要するに、この星の人間の意識を奪って、その肉体が親になったと考えるしかない。


「人聞きの悪いこと言うな。俺は奪ってなどいない。意識のないヤツを借りただけだ」

「その辺の評価は後世の歴史家に任せるとして」

「もう十分に後世だと思うが」


 要するに、現代でいうところの脳死状態の肉体を使ったらしい。もちろん、脳死の肉体は他の箇所も損傷しているだろうから、うまく扱えないことの方が多かったようだが。

 というより、完全に初代の意識だけで動いたのは、歴史上一体だけ。それこそが、この星が伝える「初代」であり、薫の先祖だった。


「ただ、その論理でいけば、子孫に伝えられるのは元の肉体の情報。初代の要素は伝わらないって考えられるけど」

「当たり前だ。身体は奪ったヤツのものだからな」

「自分で奪ったって言いやがった」


 結論は明快だ。

 人間を操ったところで、それは操っているだけであって、遺伝子にもDNAにも関われないのだ。


「じゃ、じゃあ私には何も伝わってないと…」

「そ、それは……な…」

「さっきから分かんないのは、そこで口籠ることなんだけど」


 薫に初代の何かが伝わった事実はない。それは今さら確認する必要もなさそうなのに、どうも初代の態度がよく分からない。

 そもそも、血縁もないのに、なぜ薫に取り憑いたのか。いや、血縁というならこの街だけでも無数にいる。薫の両親が、初代の子孫を自称しているのは確かだが、同じように自称する家は軽く百軒以上はある。そう、なぜ薫だったのか。


「ひらめいた!」

「せめて逆立ちして」

「な、何?」


 思わずツッコんでから反省したが、この際それは問題ではない。

 名探偵光安の推理は―――。


「初代は、薫が好みだった。どうだ!」

「ええっ!」

「光安、いくら何でもそれは…」


 余りに安直なので、考えないようにしていた説。

 しかし、初代は何も言わない。クソガキとわめきもしない。


「ま、まさか正解?」

「お、俺だって好き嫌いはある…」


 思いも寄らぬ告白に、薫は頬を真っ赤に染めて瞳は潤んで………いるはずもなく。

 生首に好みと言われて喜ぶヤツがいたら怖い。いや、薫の親は喜ぶかも知れない。初代との確かなつながりを得て、他の家より優位に立てるという意味で。


「ウンムーおじちゃんもファンだったの?」

「違うぞ曜子。奴は薫を内部から支配しようと…」

「想像したくないからやめて!」


 ちなみに、薫に取り憑いた意識はごく微弱なものだったので、日常的に行動を監視することはなかった…と初代は自白した。一応、私が確認した限りでも、それは嘘ではなさそう。

 女子高生のプライベートを覗く意識なんて、普通に逮捕案件だから、まずは一安心。薫はまだ安心できていないが。

 まぁしかし、顔立ちも整っていて背も高い。この場にいるのが私と曜子だから霞んでしまうけど、薫は、仮に地球に連れていっても間違いなく美少女として認識されるだろう。

 初代が好みだというのも、一般論としては別に不思議ではない。取り憑かなければ、という話だが。


「まぁなんだ、初代が認めた女という誇りを胸に抱いて生きればいいさ」

「いつか絶対仕返ししてやる、光安」


 推理が当たって饒舌な光安に少しあきれるけど、言ってることはおおむね間違っていない。というか、それぐらいしかポジティブに捉えようがない。

 とはいえ、この事実を公にできるわけもない。あくまでも、薫が心の中で抱くしかない…けど、それなら要らない気がする。


「じゃあ初代の訊問は終了でいい?」

「一つある。いいか?」

「光安が?」


 意外なところから声があがる。

 曜子なら何か聞きたいだろうと思ったけど、目が閉じかけている。もう眠いようだ。


「この街の地名が、ゆうと何となく関係ありそうなのは、お前の仕業か? 高橋とか、裕野岳とか…」


 なんだ。いい質問じゃないか。やはりウチのダーリンは最高や。

 ―――と、称賛の言葉をかけようとしたのだが。


「だから貴様はクソ野郎だって言ってんだ! いいか、あんなのは偶然だ! 高橋だぁ? そんなもん、ただの橋だ。えっ? むしろコイツが真似て名字にしたんじゃねーのか!? なぁ? そして裕野岳。知ってるか!? 今は広い野って漢字をあててるが、本当は幽霊の幽、幽明境を異にするの幽だ! 麓から見えない奥地の山で、しかも岩壁がそそり立つ、これが幽だ! 幽の山だ! 地球にもあるってのに、だから貴様はクソ野郎って言うんだ! いいかてめえ!」

「ウンムーおじちゃん物知りだねー」

「お、おう、そうだぞ、俺は世の中の森羅万象を知るからな」

「嘘つけ」


 もしかして、初代は光安をライバル視しているのだろうか。困っちゃうなー、私。

 まぁそれは冗談として、口は悪いが親切な説明だった。曜子の居眠りが覚めるほど的確な説明だった。

 幽が裕に転じたというのも、事実かどうか知らないけど有りうる。日本の谷川岳の幽ノ沢なんて、そういう奥地の危険な沢だ。そして、死者の世界を意味する幽を変えてしまいたい気分も理解できる。


「じゃあこれでお開き。本日はご高説たまわりありがとうございました、っと」

「バイバーイ」

「ちょ待てよ、ちょ待てクソ野郎!」

「コイツ、絶対今の地球も知ってるだろ」


 きっと二千五百年前も、こんな下品なしゃべりで付与のシステムを造らせたのだろう。二千五百年も経ったら、いい加減落ちついてほしい気もするが、まぁ三つ子の魂百までとも言うし。


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