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二十九 神降ろし

 地球における日曜日の朝九時。

 なんと、土球でも一週間は七日で、うち一日は休日だ。今さらの話だけど。


「おはよう」

「グーテンモルゲン」


 くたびれたジーンズに、なぜか厚手のカッターシャツを組み合わせてきた光安。もしかして今日の予定を知っていたのかと一瞬疑ったけど、たぶん彼はその結びつきを知らないだろう。

 私は……、黒のトップスにチェックのスカートにしてみる。秋っぽい服装。座らなきゃいけないし、ジーンズにしたかったけど、私の身体には合うものがないから困る。

 とにかく今日は、一応は大事な一日だと思うので、光安も同時に連れてきた。いや、大事という意味では、二人を造った先週の方が大事だった気もするけど、また違う方面の問題だし…。


「おはようお姉ちゃん!」

「ゆうちゃん、すっごいきれい!」

「いつもすまない裕美よ。茶を用意しよう」

「俺もいるぞ俺も…」


 ウケ狙いでドイツ語を吐いたバカは、当然のように無視されてむくれ顔。異世界で一番通用しないのがジョークだと、いい加減気づいてほしいが、優しい彼女は手を差しのべたりしない。

 ま、そんなことはどうでも良かった。

 何だか意味もなく薫に腹が立って、ほんの一瞬だけ魅了の気を振り向けたのも、どうでもいいや。私が絶賛されるほどの服装でないことは、さっき説明した。残念ながら元がいいからねー。

 各自、棒読みと言い添えてくれ。


「みんな、もう朝ごはんは食べた?」

「もちろんだ。今日は何か深刻な話をすると、お前が言っていたではないか」

「…そんなこと言ったっけ」


 昨日の夕方、上機嫌で帰還した日帰り登山組に、翌日の予定を簡単に伝えた私。大場氏との距離をつかみかねていたせいか、少しだけ不機嫌そうに見えたと、帰り際に彼氏に指摘された。若井や薫にも、そういう空気が伝わったのかも知れない。

 別に、二人には何も腹を立ててはいない。もちろん大場氏にも。

 むしろ、私にはよく分からなかった。自分が予想して、ヒデさんの頭まで用意してやろうとしていることの意味、そして重みを。


「じゃあ、各自茶菓子と飲み物を持って移動するよ」

「え、どこに?」


 ともかく、やると決めたことはやる。淡々と進めようと思ったが、薫がきょとんとした顔。

 そうか、薫はそもそもアレをまだ知らないのか。ふーん、そう。


「気になるものを発見したの。薫、私の後について来て」

「ま、まさか危険なもの?」

「変身ヒロインの出番かも知れないぜ」

「そ、そう」


 当たり前のように連係プレーで騙してから、軽く自己嫌悪の感情もわく。まぁ、すぐにかき消えるけど。というか、これで騙される方がアレだ。

 ちなみに、若井は何かを言いたそうな表情で、薫の後ろを歩いている。どうやらもう知っているらしい。まぁ自分の家だし、曜子の様子がおかしければ何かはあると感づくだろう。

 相変わらず急な階段をのぼり、倉庫の横をすり抜けて、目的地に着く。道行きを語るほどの距離でもない。


「薫、あの部屋よ」

「う、うん」

「…これ、使う?」

「……………えーと」


 例の部屋まで辿り着く。いや、同じ家の二階だが。

 仕方ないので、秘蔵のレアアイテムを用意した。なぜ家にあったのか謎だけど、その昔のアニメの変身アイテムだ。一年ごとに変わるシリーズのどれかだ。もちろん、どうやって使うのかは知らない。


「どなたか分かりませんが、天、そう、天に代わって悪を討つのが私の役目。百石薫、推参!」


 なんだかよく分からないノリで、薫は思いっきり扉を開け放つ。そして―――。


「ひっ!」

「声が小さいわ。ヒロインの危機はもっと大袈裟にやるものよ」

「…いつまで続くんだ、この茶番」


 薄暗い部屋の中央には、へたり込んだ薫を慈愛に満ちた瞳で見つめる生首。そもそもあれは信仰対象、決して邪悪な存在ではない。

 …まぁ、本当にそうなら実際に信仰されていたよね。祭壇の裏に捨てられてはいなかったよね。

 とりあえず言えるのは、変身ヒロインが倒す価値のある相手ではないというだけ。たぶん。


「ゆうちゃん、なんか意地悪だよね?」

「友人との触れあいを大事にしてると言ってほしいけど」


 もっとも、特撮番組のお約束なら、あんな怪しい屋敷に住んでいるヒデさんは、間違いなく悪の秘密結社の大幹部。あるいはこの生首が本体で、宇宙から飛んできた知能指数千三百だったかも知れない。うーん、これは土球の危機?


「そう言われれば、ちょっと笑ってる気がするな、あれ」

「ひ、ひぃ」

「はーい、じゃあ撤収」

「……って、ゆうちゃん、何!?」

「みんなが入れないでしょ」


 光安のだめ押しに再びへたり込み、なかなか動こうとしない薫を片手で抱えて運搬。なお、薫はたぶん生首より重いが、残念ながら私にとっては何の問題もない。はっきり言って、ヒデさんより私の方が敵幹部…というか、こんな私が幹部でおさまるわけがないでござるよ。

 とりあえず、ヒロインごっこはおしまい。

 日本でいうところの八畳ほどの部屋に五人。中央に生首を置いて、我々はそれぞれ座椅子に座る。席の指定はないけど、窓側から曜子、薫、私、光安、若井の順になった。大人の住人がドアの近く、子どもの住人は窓際を選んだので、他の三人の席も自然に決まってしまう。

 長くなりそうな気がしたので、座椅子は昨日のうちに運んであった。この家には二つしかなかったので、残りはコピー。ちなみに、この国の技術でも立体物のコピーは可能のようだが、私がそんな技術を使うはずはない。うん、やはり私がいれば仮面の怪人など敵ではないな。


「さて、今日は皆様ようこそいらっしゃいました」

「生憎、私はこの家に住んでいる」

「私もー」

「さて、今日は、こ、の、へ、や、に、皆様ようこそいらっしゃいました!」

「言い直すようなことかよ」


 ともあれ準備は整った。何の準備なのかよく分からないけど。

 計画は私しか知らないから、仕方なく私が主導する。うん、いつも私がやってる。


「まず最初に、今日に至るまでの問題点をおさらいします」

「え? 何かあったの、ゆうちゃん」

「薫…。あなたはなぜ疑問に思わないの?」


 さて。要するに私がここで明らかにしたいのは、山好きだ。

 やたら山好きが集まり、しかも無駄に行動力がある。一緒に登山するのもそうだけど、種の保存館の件なんて、生まれたばかりの若井が精力的に動くような案件ではない。寄付金の要請が本当に必要ならば、向こうから窓口を訪れて説明するのが筋というものだ。


「先に確認するけど、薫は昔から山好きだった?」

「え、…うん。親戚のおじ…暢夫さんにもよく連れてってもらったし」

「暢夫さんはものすごく山好き?」

「それはないと思う。大場さんの方が山に詳しい」


 薫の両親も暢夫氏も、幼い頃から薫を山に連れて行くことがあったという。ただしそれは、この街に住んでいれば珍しいことではないようだ。身近にあれだけ立派な山があれば、それもごく自然な話。薫と曜子の学校でも、集団登山の行事があるそうだし。

 対して、大場氏はかなりの山屋。テントを背負って縦走するのが趣味で、冬も顔が真っ黒。もちろん雪焼けだ……が、それはそれで、自主的な趣味でも問題はない。というか、何者かに操られなくとも、大半の山屋は自主的にそれを望んだはず。操られて「そこに山があるから」なんて言われては困る。


「で、最近変わったことはない?」

「変わったって………、ゆうちゃん抜きで?」

「十五代目関係は、聞かなくても分かるから」


 一瞬瞳を輝かせ、うつむく薫。ここで私の話なんてする必要があるわけないのに。

 まぁでも、薫は先週の出来事の立会人。十六年ほどかけて積み上げられた常識を、崩され続けた数週間だったと考えれば、他の些細な変化が気にとまらなくなったとしても仕方ない、か。


「なんかあるだろ。お通じが良くなったとか、切れ痔が止まったとか、世界を滅ぼす力を求めるようになったとか」

「うーーん」

「バカがうつりそうになった、というのはなしで」

「えーと、二人とも真面目に考えさせる気はある?」


 光安のバカが伝染するかはさておき、お通じはたぶん実際に変化するはず。薫が便秘だったらの話だが、私の気にあてられれば、その程度の影響はある。

 お船ちゃんのニキビは消えたし、荒瀬くんの胃もたれが解消されて食事が楽しくなったし。あー、荒瀬くんは、そのおかげで体重がさらに増えて、光安に荒瀬山とか呼ばれて、踏んだり蹴ったりのような気もするけれど、ご飯がおいしいならそれでいい…って、何の話だっけ?


「薫お姉ちゃん、毎日教室に来てるよー」

「えっ、そ、それは」


 そんな大人の腹の探り合いに、曜子がさらっと爆弾を落とす。

 腹を探り合ったのか、私たちは大人なのか、細かいことはどうでもいいのでツッコミ無用で。


「なるほどそれは重大な変化だな。薫、曜子の教室に何か用か?」

「学校では格好いいんだよー。さとちゃんもりんちゃんもファンだって」

「ほう、その格好いい薫は何の用で曜子の…」

「ち、誓って何もしてないから!」

「何かされてたまるか!」

「…そろそろ話を戻していい?」


 さとちゃんとりんちゃんの情報は…、ここでは要らないだろう。というかりんちゃんは私も知らない。さとちゃんは、例の窓口についてきた同級生だから、名前だけは知ってるけど。

 というか、薫がよだれを垂らしながら初等部の教室を徘徊する情報も、この場では不要。兄者にとっては重大な危機だろうが、大丈夫、薫なら大丈夫。特に根拠はない。


 結局、いくら薫を訊問しても役に立つ情報はなし。

 まぁいいや。そんなものだろう。

 これがよくある小説なら、あのバカバカしい最初の出会いこそ、何者かに仕組まれた事件だったはず。というか、実際に暢夫氏に仕組まれたのだが、暢夫氏も何かに操られていた…ぐらいの返しはあっていいけど、その辺ももうどうでもいいや。相手が私という時点で、思い通りに操れる者などいないのだから。


「では若井、これを弾いて」

「何をいきなり…」


 次はもちろん若井。本命に与えたのは、虚空から取り出しましたるギター。バラが咲きそうなヤツを選んでみた。

 いきなりの出現に皆は動揺し、若井は…。


「弾けるでしょ?」

「な、なぜか知らぬが確かに…」


 恐る恐る手に取ったギターを、華麗にプレイする若井。まるでユースホステルの夜の交流の場みたいな雰囲気になってしまう。

 なお、これは私がやらかした設定だ。若井を造る時に、フォークギターが弾けるという余計な能力を与えた。余計というか、脳内オッサンそのままではやはり人間の器には少なすぎるから、よくあるオッサン知識や能力を水増しした。

 まぁどうせ、プロでやれるほどの能力ではない。「趣味で時々弾いている」だから、どうだろう。ゲームならフォークギターレベル1ってところか。何のレベルだ。


「裕美よ。弾けるのは分かったが、それでどうしろと言うのだ」

「えーと……、あ、ダメだ」

「はぁ?」


 しかし、葛飾でバッタをみそうなオッサンの勇姿を見て、私は気づいた。

 うん。


「ゆう、勿体ぶってないでちゃんと説明しろよ」

「あーん、お兄ちゃんに怒られたー」

「曜子の真似すんな」

「えー、ゆうお姉ちゃんかわいー」


 確かに話が見えない。うん。私の脳内で完結するのはやめよう。

 ということで、改めてこれからの内容を説明した。

 私が意図しているのは、神降ろし。蔓延する山好きが何者かのお導き…というか悪影響によると仮定する。そして、どこかに取り憑いている神、あるいは姿を見せないが浮遊する神を呼び寄せて対話する。

 その神が何者かは分からない。神と呼ぶような存在なのかも議論は残るが、どこにいるかはある程度想像がついている。

 そう。

 薫と若井。二人を山好きにさせている何者かなのだから、二人の脳内に巣食っている可能性が高い。


「えーっ、わ、私は操られてるの?」

「知らなかったのか、薫」

「知るわけないでしょ!」


 薫は当然自覚なし。というか、何者もいないかも知れない。

 ただし、薫の普段の性格と、山好きはどことなく違う気がする。ついでに、戦うヒロイン願望も、何だか違う…けど、どっちかは薫で、どっちかが外部の意向と考えることもできなくはない。

 まぁ、雲をつかむような話。


「若井は確定。生まれて数日で、こんなディープな山好きになるはずないから」

「然様、貴様は黒であーる!」

「光安、ふざけた真似をするでないぞ」


 本当は大場氏も疑惑の人物なので、この場に呼んでおきたかったが、ちょっと状況を説明できる自信がない。というか、この場の面々だって、何がなんだかという感じだろう。

 神降ろしなんて、自称霊能者のくだらない児戯。どちらかと言えば、そういう認識の中に私たちはいる。だけど私がやるのだから、いるなら降ろす。それは絶対に実現する。


「で、神降ろしといえば弦楽器なの」

「へぇへぇへぇ」

「ふざけちゃ嫌。お姉ちゃん涙が出ちゃう。女の子だもん」

「ゆうお姉ちゃんかわいー」

「曜子、全然かわいくないぞ」


 琵琶、琴、三味線…。なぜか昔から神降ろしには弦楽器がつきもの。だからフォークギターだったのだが、若井は当事者だ。

 プロだったら、琵琶法師のように自分で弾いて自分で憑かせるだろうが、若井は初体験の素人。仕方がないので、ギターは私が引き取った。私にフォークギターのスキルはないけど、能力でどうにでもなる。というか、弾かなくても能力でどうにでもなる…んだよね。

 まぁ、こういうのは雰囲気も重要だ。

 できるできないという問題ではなく、信じられるかどうかなのだ。


「はーい、記念写真の感じで」

「えーっ、これに触るの?」

「これって言わないで」

「だって…」


 オッサンとぴちぴちギャル――おっと死語だ――に囲まれて、ヒデさん生首は両手に花。二人はそれぞれの片手で生首を触る。なお、生首は螺髪ではなく、ツルツル頭。正確に言えば、どことなく黒がはげ落ちた跡が確認できる。最初は黒髪紳士だったに違いない。


「というか、こんなやり方で降ろせるのか、ゆう」

「何とかなるでしょ。命令するし」

「いや、それならこの無駄なギミックは…」


 光安が例によってごちゃごちゃ言い始めたが、無視。彼氏は分かってるくせに、今さらなことを言う。

 そうだ。かつて荒瀬くんと曽根くんの未来を見せた時、なぜ壊れたビデオデッキを用意したのか。曜子や若井を造るのに、なぜスモークを焚いたのか。人には譲れない時がある。何か用意しないと恥ずかしくて耐えきれない瞬間だってある。


「じゃあ始めるよ。聴いてください、今日の一曲目」

「お姉ちゃんすごいすごい!」

「なぜそれを選んだ…」


 凄腕ギタリストになって、演奏するのは我らが高校の校歌。長髪の若者が肩を組んで歌いそうな、完璧なアレンジに、曜子は瞳を輝かせ、光安は頭を抱える。

 そして薫と若井は――――――。


「若井。いや、若井ではない何者か」

「な、何を言う裕美」

「いい加減、姿を見せるとかできないの?」


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