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二十五 ぼくは十五角形

 昼下りの教室。

 ふと、ゆらぐ教壇。

 遠のく声。

 それはいつもの合図。

 ぼくの世界へ潜り込む……。




(どんなに詩的に表現しても、昼寝は昼寝だと思うけど)

(いきなり話しかけるな。というか他人の頭を覗くな)

(話しかけようと思ったら、聞こえただけよ)


 世界史の授業は、そろそろ産業革命辺りに入っている。あ、今は工業化っていうんだ。革命なんてやってないからね。

 興味がないわけじゃない。

 飽海市という外国を知った私、そして光安にとって、世界史はどこか身近に思える。

 そう。

 興味がないわけじゃない。

 ただ―――、彼はそれ以上の敵に侵食されているだけ。



 地球の日本の高校一年としての日々。曜子や若井と過ごした週末からすれば、まるで別世界のような――というか別世界だ。

 だけど、それは半分しか合っていない。

 曜子はもう学校に通い始めている。

 若井はとりあえず窓口に詰めてもらい、別の仕事が見つかれば随時始めてもらう予定。

 そう。別世界には別世界なりの、退屈なルーティンワークが存在している。


「昼寝が宇宙的意志だという学説は、未だ確立していないらしい」

「曽根くん、頭打ったの?」

「土曜の話の続きだ。かといって、ゆうにそれを教えたくもないが」

「なんだ、俺は教えたいぞ!」


 いつもの面々が集まった放課後は、お船ちゃんが部活に行くまでのわずかな触れあいタイム。

 昨日髪を切ったばかりという曽根くんは、最近、宇宙にはまっているらしい。散髪の情報は宇宙と無関係だし、宇宙にはまるという表現が既によく分からないけれど、まぁそこは当人の主張なので深く考えないでおく。


「つまりだな、ゆうちゃん」

「はい」

「今現在、この教室にも宇宙が充満している。そう、無力な僕たちのまわりにも」

「はぁ」


 というか、荒瀬くんもそうだけど、だんだん私と話すことに慣れてきた感じ。女性恐怖症に近かった二人が更正すると考えれば、喜ばしい事態かな。その代わり、二人の宇宙的会話につき合わされるのだが…。

 この二人に、我が彼氏を加えて「三バカ」。光安は違うと言いたいのは山々だけど、脳内妹に翻弄されていた男は、傍から見れば一番の危険人物だったに違いない。

 もちろん、曜子は彼と私だけの秘密の存在だった。だからこそ、私を突然怒鳴りつけたような理不尽な出来事は、余計に理不尽なものだったはず。冬木も草葉の陰で嘆いているはず。


「その宇宙は、俺たちの脳も満たして、そしてアレだ、つまり…」

「だから眠くなる、と」

「そう、眠らせて意識を乗っ取ろうと」

「よくもそんなバカな言い訳を」


 曽根くんの熱弁は、片肘をついて半目で睨むお船ちゃんの発言で強制終了。たぶん私も似たような顔をしていたはずだけど、この空気の中で耐えて語り続けた曽根くんには、ちょっと感心する。

 私の魅了にかかっていたから?

 それなら、もっと他愛のない話しかできなくなる。今の私は、無自覚に発散される気もすべて遮断しているから、一応は人間の範疇で扱われているはず。

 曽根くんは宇宙評論家で、去る土曜日に行われた研究会の成果を発表せずにはいられなかった、のだ。ちょっと無理がありすぎかな。



「曜子は元気にやってるのか?」

「元気かどうかって言うなら、アンタの三倍ぐらい元気よ」

「なんだよ、どっかの赤いヤツじゃあるまいし」


 教室で女友だちと別れ、校門で二人の男友だちと別れ、残った二人は近くの川へ。

 河口に近い、流れのほとんどない川の土手を並んで歩く。地方都市の市街地は、背の低い建物のすき間に緑が残る。見慣れた景色に、最近急に「ふるさと」なんて言葉が思い浮かぶようになった。その理由は語るまでもない。

 わだちのような土手で、もちろん私は、がっちり腕を絡めている。気配を消すこともなく、堂々と。…まぁ元々、犬の散歩の人ぐらいしか出会わない道だけどね。


「薫の情報によると、ファンクラブができたそうよ」

「はぁ?」

「高等部だけで二十名を超えそうだって」

「………一応確認するが、誰が発起人だ?」

「その質問には答えられない、と聞いた」


 初めての学校生活。まだ二日しか経ってないが、曜子は毎日が楽しくてしょうがないらしい。

 私たちにとってのルーティンワークすら、彼女にとっては新鮮なのだ。同級生ができて、さっきの私たちのように、書き留める価値もない会話ができて――。光安の脳内で、人づてに知っていただけの日々が、自分の日常になって、楽しくないはずがない。

 宇宙的意志としての昼寝だって、今の曜子なら喜んで話に加わるだろう。いや、質問攻めにして、曽根くんを困らせるだろう。


「校内で襲われたりはしないんだよな?」

「そうならないように調整はした。ファンクラブで済むなら、問題ないでしょ?」

「も、問題は…ないのか」


 強制力をカットした状態の学校生活。それでも曜子は、当然のように学校中の注目を集めまくっている。初日の昼までに予想通りにクラスを制圧、翌日には高等部にファンクラブができたわけである。

 まぁ発起人はアレだけど。

 正直、何をやってくれてるんだと思ったが、高等部の面々が高嶺の花と祭りあげてくれるなら、それも悪い選択ではないのかも知れない。曜子は生まれついてのヒロイン、バラはつつましくひっそり生きることなどできない。

 ―――そう。同じくファンクラブができてしまった私のように、美しく散るのよ。


「曜子は可愛いのよ」

「当たり前だろ」

「なら」

「………そうだな」


 曜子が何かと目立つ存在になった要因が、兄者の執拗な「曜子は可愛い」にあったこと。それを、当人が自覚しているかは微妙だ。まぁそもそも、自覚しようがしまいが、光安は「曜子は可愛い」と主張し続けるだろうが。

 まだ当面の間は。

 ……………。

 肉体をもって、人生をスタートさせた曜子は、いずれ兄者の妄想の外側へ去って行く。

 誰かを好きになったりもするだろう。

 お兄ちゃんより大事な人ができたりするだろう。曜子がどこへ向かおうと、光安の妹。妄想ではなくなった妹に、翻弄されればいい。

 大丈夫、逆さになろうと斜めに宙吊りになろうと、兄者には私がいるから。


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