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二十二 官官接待娘

「そろそろお昼ごはんにしませんか」

「…薫がそう言うなら構わないけど」


 前沢院を後にして、また街歩きに戻ろうとしたら、薫の提案を受けた。

 ちなみに、今日の薫は白いブラウスに、紺色のスカート。ちょっと大人びて見える…のだが、そわそわしているので今一つ格好がつかない。

 というか、私を見ても興奮しなくなってきた感じ? 望んでいたこととはいえ、何となく引っかかるなぁ。


「ちょっと知ってる店があるから」

「ふぅん」


 別に断わる理由もないけれど、まだお昼には少し早いような気もする…と考える間もなく、薫は歩き始めている。観光客が目立つ方向だから、まぁいいけど。


「この辺は、高そうなお店が多いようだな」

「若イー、値段も出てないのにどうして分かるの?」

「値段を見せないのも理由の一つだ。それと若イーはやめるよう言ったであろう。そうだな…、叔父上あたりが良かろう」

「若イー叔父上?」


 生け垣で隠れるように料亭が並ぶ一角。若イーが指摘するように、値段も献立もなく、下手をすれば看板すら見つからない。薫はどんどん先を進んで行くので、仕方なく後を歩くけれど、どう見ても私たちに縁のあるエリアではなかった。

 まぁ日本でも、祗園のように、入るわけでもない店が並んだ路地を、ただ歩くという観光地はある。実際、周囲に散らばる観光客だちは、似たようなものかな。

 やがて、ひときわ立派に見える一角で薫は立ち止まる。茅葺きっぽい門の前で、一瞬の間をおいて、中に入っていこうとする。


「なるほどね」

「き、気づいてた?」

「気づかないようでは十五代目は務まらないわ」

「そ、…そう」


 もちろん十五代目と推理には何の関係もない。が、ここに来る理由が十五代目の問題なのは分かりきっている。

 というか、薫が食事の提案をした時点で、少なくとも私は気づいている。そういうアプローチがあってもおかしくないのだから。


「ようこそいらっしゃいました、十五代目の高橋裕美様。薫の叔父の百石暢夫と申します」


 一室ごとに離れになっている、その一番奥の部屋の入口。ダブルのスーツ姿の面々が並び、先頭にいるのは誰が見ても満場一致で中年男性。つまり世に言うオッサンが頭を下げている。

 背丈は光安より低い人が二人、やや高めが一人、暢夫氏は同じぐらい。どうやら男性の平均身長は、地球の日本と大差なさそうだ。ついでに暢夫氏は河童ではない…って、それはどうでも良かった。


「はじめまして。今は十五代目としての行動ではありませんが、そこは了解されていますね」

「もちろんでございます」


 型どおりの挨拶を交わす。

 中は和室かと思ったら、テーブルと椅子が並んでいた。いや、異世界で和室って言い方もアレなんだけど、最近は日本でも和室に椅子は珍しくないわけだし…。

 向こうの人数が四人で、私たちの席は、きっちり五つ用意されている。

 薫は、昨日の夜に暢夫氏と打ち合わせしたらしい。あれだけ曜子に惑わされても、しっかり仕事はするようだ。さすがは二重スパイ。


「高橋様、こちらへ」

「あらがっても仕方ないので座りますが、今日はお忍びですから」

「はい、そ、それはもちろん」


 お誕生席…というか上座が空いていて、私はそこに座らされる。この世界にもこんな文化があるのかという感想は、もう湧かなくなってきた。何もかも類似しているのだから、いずれは謎に迫ろうと思うけど、それまでは深く考えないようにしたい。

 私の横は暢夫氏。反対側は、たぶん薫を想定していただろうが、私が指示して光安を座らせる。それから薫、曜子、若井の順。若井が下っ端というわけではなく、曜子の保護者を務めてもらう。

 …正直、曜子が何事もなく食事を終えられるか、それだけが心配だ。本当は私の隣にしたいけど、私が目的という相手なんだから仕方がない。薫もその辺は働いてくれると期待しよう。


「では僭越ながら私から、十五代目ご就任をお祝いして、乾杯」


 手際よく飲み物――ただの謎の味の茶――を注いで、暢夫氏の発声でコップをかかげる。こんな習慣までそっくりなのかと口に出そうになったが、無言で済ます。

 こちらが望んだ席でもない。コミュニケーション可能な人種であると知らせればいいし、その程度の目的ならもう達成しているはず。

 何より、曜子が楽しくないだろう。


「薫さんにはいろいろお世話になっています。なかなかしっかりした姪っ子さんですね」

「そ、そうですか。失礼なことがなければ良いのですが」

「私の担当は、市の総務課ということになるのですか」

「え、……ええ、担当と申しましても、伝達役になりますが」

(曜子)

(わ、お姉ちゃん)


 とりあえず、曜子とは念話でやり取り。まぁ一応、同時に二人と話すぐらいはわけない。慣れれば曜子だってできるはずだけど、さすがに二日目の身体にそれは求められない。


(お兄ちゃんとは、たまたま同じ姓で、仲良くなったから、そう呼ぶようになったの)

(えっ、そ、そうなの?)

(そういうことにしといて。光安もよろしく)

(頭がこんがらがるぞ)


 光安と曜子は同じ姓で、しかも曜子は光安をお兄ちゃんと呼ぶ。しかし、光安は異世界人で、曜子はこの街の人。余りにも不自然な点は、そのうち処理するつもりだったけど、こんな場に連れ出されたらしょうがない。

 まぁ幸い、大した追求はなかった。曜子と若井が現地人であることに、向こうは何も疑いをもっていないのだから、とってつけたようなストーリーで十分ごまかせたのだ。

 むしろ、見知らぬ食べ物――あくまで曜子にとって――に慌てて、ボロを出される方が心配だ。


「私はこの世界のことをよく知らないのでお聞きしますが、このような料理はこの国ではよく食べられているのですか?」

「い、いえ、…この店は昔の宮廷料理の流れを汲むそうで、我々にとっても珍しいものです」

「私も初めて食べるものばかりよ、ゆうちゃん」

(だってさ、曜子)

(はーい)


 一応確認をとる。たぶんそうだと思っていたが、こちらの一般的な料理ではないと分かれば大丈夫。それなら現地人が知らなかったとしても、何も不思議はないのだし。


「あのー、このぷるぷるしたものは何ですか?」

「これはあの…、海藻のエキスで固めたものだそうです」

「そうなんですかー」


 緊張が解けてきた曜子も、目の前にいる職員にいろいろ聞き始めた。

 向かいに座っている職員は、そこそこ年配のように見える。地球基準のオッサン顔だから、百数十歳にはなってそうだけど、だんだん曜子の毒牙にかかりつつある。

 この国でも、十二歳に手を出したら犯罪者らしい。うん、ただ確認しただけ。


「ほぉ、貴殿の趣味は登山ですか」

「去年、私も一緒に登ったんですよ」

「薫殿も山好きでしたか、それはそれは」

「若イーって山が好きなの? 知らなかった」


 その後は、数ヶ所に別れて適当に盛り上がった。いや、暢夫氏と光安は、全く盛り上がってはいなかったけれど、腹の探り合いにしか見えなかったけれど、とりあえずポツポツ会話はしている。

 一方、文字通りに盛り上がったのは山の話組。暢夫氏の隣の大場さん、薫、若井で、間の曜子も巻き込まれている。薫の趣味も意外だけど、若井はいつの間に山好きになったんだろう。そういえば、今朝も地図を見ながら気にしていたっけ。


「暢夫さんは、十四代目とも食事をしていたんですか?」

「え、ええ……」


 さっさと食べ終わった光安が、光安にしては良い質問を投げかける。

 というか、なんで口籠るのだオッサン。


「シゲオ様は、交流を好まない方でしたので」

「交流…」

「ポールを立てさせなかったのも、彼の意志ですか?」

「そ、それはよく分かりません。私が担当になったのは最近ですので」


 暢夫氏への聞き取りは数分で終わる。シゲオが十四代目の通称だという事実は判明したが、正直それはどうでもいい。他は…、想像の域を出ない話ばかり。

 はっきりしたのは、近年の十四代目はまさしく世捨て人だったこと。そこまでこの星に嫌気がさした理由が何だったのか。異世界二百年の孤独?


「高橋様、お茶はいかがでしょうか」


 食事が一段落したころ、職員側の端にいた男性が、お茶のボトルを手にやってきた。

 えーと、確か窪さんだっけ。


「いただきます。それと、様は必要ないです」

「す、すみません。しかし呼び捨てはさすがに…」

「今日のところは、十五代目で構いませんよ」


 四人の中で一番若そうな彼は、曜子や若井にポツポツ話しかけているのが見えた。

 恐らく…というか間違いなく、盗聴の詫びがメインの食事会。彼は、その趣旨にそぐわない雰囲気がしていたのだが…。


「私は大学で、付与について調査をしておりました。十五代目様、この星の付与について、どの程度ご存じでしょうか」

「付与…ですか。その種類と、システムの維持方法などについては、一応一通りうかがいましたが」


 ほう。大学で付与を扱う?

 十五代目でも様をつけるのかとツッコむ予定が、予想外の展開。

 ……まぁでも、当たり前か。むしろ扱わないはずがない。ここはそういう世界なんだから。


「二十年前に、それが大きく変わったことも、ご存じですか?」

「ポール移動なら、もう試してみましたよ」

「ああ…、その、そういった付与を与えた存在について、私は調べているのです」

「なるほど」

「と申しましたが、姿を見た者はありません。数人の脳に、語りかける声が聞こえたそうですが、男女の区別すら…」


 調べる…のか、ウチの親を。

 正直、あの母のことだから、この世界には何の痕跡も残していないはず。能力で消した以上、調査したところで絶対に何も見つかりはしない。

 さーて。


「一応、私は十六歳です。それはご存じですね?」

「え、ええ、十六という数字はうかがっているのですが」


 よく分からない話だな…と思ったが、それなりに根拠はあった。

 つまり、過去の十四代は、バラバラの異世界人。そしてそれらの「一年」は、決して同じ時間ではない。つまり私の「十六歳」が、この世界の三十年ぐらいという可能性もあった。

 …………つまり。

 私が犯人という線も、にわかに浮上したわけね。


「私からもうかがってよろしいですか」

「は、はい。お答えできるか分かりませんが」


 当たらずとも遠からず、か。

 窪氏の瞳がギラギラ光っている。

 異世界往復を繰り返す時点で、こういう人種に目をつけられるのは当然だ。

 とはいえ、私だけの問題だから、どうにでもできる。記憶を消しちゃおうかな。


「新しい付与を二十年前に与えられて、すぐにあれだけのシステムが作られるというのは、少々不思議に思いました。突然与えられたなら、利用法について検討の時間がありそうなものですが」

「確かに…、それは不思議に思われるかも知れません」


 どっちにしろ、私が与えたわけではない。それは事実。それに、記憶を今いじっても、次に往復した時点で疑念は再燃するのだから、その価値もなさそう。

 現時点の私には、この世界の付与に協力する予定もない。そりゃ、私には実現するだけの能力はあるけど、手を貸せば世界が崩壊する未来しか見えない。

 できないことができることになれば、結局は治安の悪化を招く。私は世紀末の大魔王じゃないぞ。


「正確に言えば、既に検討されていた付与のシステムが、突然実現してしまったのです」

「はぁ」

「検討と言っても、空想に近いものだったと聞いていますが…」


 付与の研究というのが、どんなものかはよく分からない。

 水と熱の付与を、どう組み合わせて利用するかという話なら、あっても不思議ではないだろう。対して、ポール移動を事前に研究する…というのは無理がある。SF小説のレベルであって、それを研究とは呼びたくない。

 付与研究の実態は、もしかしたら空想小説の発表会だった?


「そういう事情ならば、当時は混乱したのでしょうね」

「ええ。多くの失業者も出ましたし、そもそもこの国での研究が、世界中で共有されていたわけでもありませんから」

「私がこの町を見る限りでは、それなりに落ちついてますね」

「先人たちのがんばりだと思います」

「なるほど」


 限られた場に集められていた空想や妄想の中で、母は実現可能なものを選択して、さっさとそれを形にして消えた。目的もなかったらしい訪問なのだから、余所の宇宙のシステムを詳細に検討して、デザインするはずもない。現地人のアイディアに乗って、それを置き土産に去ったということなのだろう。

 ―――多大な混乱と恵みを与えて。

 その勝手さは、むしろ神と呼ぶにふさわしい。私なんかよりも、はるかに。


「窪さんも、そういう設定を考えたりしてるんですか?」

「せ、設定と言われるとちょっと…」


 どっちにしろ、十五代目が全く関わらずに済む話ではなさそう。というか、消極的に逃げ回るのが難しい事案。どうにか、協力を頼む価値がないと思い込ませる方法を考えよう。

 もっとも、元から妄想で生きる相手に、不可能を認識させるのは、かなり困難な作業。とりあえずは現状維持を目標としよう。

 …それに、この世界の大学に興味もある。

 付与の空想システムはさておき、異世界の文明レベルを本当に知りたいなら、やはり大学を外すわけにはいかない。地球の高校生が、異世界では大学に顔を出すんだから、おかしな話だけどね。

 一応私の頭はアレなので、地球のどんな大学だって入学ぐらいできるけど、どんな頭脳をもっていようが大学生として暮らしていない事実に変わりはない。


「では、いずれ研究室に伺わせていただく、ということでよろしいですか?」

「あ、ありがとうございます十五代目様。ゼミのみんなにも、女神さまの素晴らしさを伝えます!」

「いや、その…」


 誰だ女神さまって。いや、神さまで女なんだから、そりゃあ女神だけど。

 ………。

 たぶん、窪氏は二十年前の付与の主を、女性と認識しているのだろう。私が候補になった理由が、空想の女神さまのイメージと関わるなら、ちょっと厄介なことになりそう。

 そりゃあ似てるでしょ。親子なんだから。


 そんなわけで、官官接待の食事会は恙なく終了した。

 暢夫氏側にとっての成果は、私と普通にコミュニケーションが取れるという事実だろうか。敵意はないし、薫との関係も良好。それだけあれば十分だ。

 …薫が百石薫だという事実も判明したぞ。いや、本来はバイト契約の時点で判らなきゃおかしいけど、契約書を作ってなかった。


「おじちゃん、またねー」

「あ、ああ、……また」

「曜子ちゃん、バイバイ」


 窪氏は相応の成果を得て、他二人は―――、曜子に骨抜きにされた。いいオッサンがバイバイか。山の話はどこに行ったんだ。

 困ったなぁ。

 ここまで来ると、魅了遮断もやむなしという感じ。でも、曜子が人気者になるのは、兄者の希望でもある。何たって、脳内妹時代から「曜子は可愛いんだ」とだけは主張していた。兄者にとって、そこだけは譲れない一線だった。

 突然、誰からも注目を集めなくなったら、たぶん怒るだろう。理性で分かっていようと、それは容易に予想できる。


「ゆうちゃん、その……」

「謝る必要はないわ。あなたを雇った時点でこのイベントは必須なんだから」

「そう…ですか」

「薫。そんなことより」


 とにかく、お昼ごはん終了。

 というか、本当は市場見物だったよね。食べ物の違いが大してないことは、今の店でもはっきり分かったけど、それならそれで安心して物色できる。


「一緒に大学に行くでしょ?」

「えっ」

「あなたには、行きたくなる理由があると思うんだけど」

「ゆうちゃんって、……やっぱり神さまなのね」


 薫に関することは、今はまだ憶測に過ぎない。

 いずれ時間をとって確認するつもり。


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