十七 ようこそようこさん(リターンズ)
いかりやなノリで、あえて軽い感じで立ち上がった私。
その前に、行く手を邪魔するように光安が立ち塞がる。いつもなら、ちょっとだけよとか言ってくれそうだけど、今だけは絶対なさそうな表情で。
塞がると言っても、十五センチ近く背が低いし、そもそも彼に威厳というものはない。せいぜい可愛いって思う程度なんだけど――。
「合意、したよね」
「……した」
「うん」
「……………」
むすっとしていても、本気で拒絶しているわけではない。それは雰囲気で分かるけれど、最後まで抵抗したくなる――、それも分かる。仕方ない。仕方ないよね。
「ゆうちゃん、………も、もしかしてもう一人?」
「そう」
「貴様の代わりに私が教えてやろう。いいか女…ではなく薫よ」
「アンタの説明はややこしいから黙ってて」
「むぅ」
元語り手に任せてしまうのも、この場では悪くはないだろう。しかし、もうこのオッサンは若井、語り手ではない。巣立った雛鳥を引き戻してはならない。
………。
そんなに難しく考える必要はないか。
「私から話すけど、いい?」
「……ああ」
何度も光安に頷かせながら、慎重に進めていく。
私もさっきよりずっと緊張している。
…オッサンの時は、全く緊張していなかった気もするわホホ。
「今から、光安の妹の曜子ちゃんを造る」
「妹を造るって…」
「俺の頭にいるんだ。だいぶ前から」
「…………」
薫は気絶したかのように黙り込んだ。さすがの異世界でも、この事態は想像の範疇を超えるらしい。
当たり前だ。
夢に出てきた少女を妹と呼ぶだけでも異常。変態。まして、起きている時に話しかけてくる人格なんて、あってたまるか。
…まぁ問題は、その曜子ちゃんが、私と出会う前から光安の中にいたことだ。
つまり、私の力の影響を受ける前から、この男は普通の高校生ではなかった。私の能力が加わる前から、コイツは脳内妹一筋だった…。
「あなたの星では…」
「え?」
「あなたの星ではよくあること?」
それでも薫は再起動した。
もう既に一体出現しているから、多少の耐性はあるのだろう。
ついでに、今の光安は私一筋、だよね? もちろん妹は大切な妹だけど、さ。
「ないぞ」
「そう…」
そのまま沈黙。
一応の情報共有には成功して、光安も多少は落ちついてきた様子。
そろそろ、かな。
「ゆう!」
例によって、形だけの召喚ポーズをとろうとする私。
その瞬間、らしくない大声で呼ばれた。
「か、……可愛い妹なんだ」
「任せなさい。私にとっても他人じゃないから」
「ああ、そ、そうだな」
大丈夫。このダメ兄貴のイメージを最大限尊重しつつ、二ヶ月考えたんだ。そこのオッサンのように、適当にオーダーするわけじゃない。
一度深呼吸をして、もう一度ポーズ。
「宇宙の上位にある者、高橋裕美が命ずる! 出でよ青原曜子!」
叫びながら、名字は青原でいいんだよね…と軽い違和感。
しかし、そんな違和感とは無関係に、光とスモークの中で人影が浮かび上がる。なお、光は五色、スモークもさっきより五割増量してある。
増やしすぎて、なかなか消えない…。
「………曜子?」
「お………、お兄…ちゃん」
ようやく姿を現わした、青原曜子。
初めて兄と向かい合って、お互いそのまま固まっている。
なお、五色の煙は私の特別製で、セメント爆破ではないから部屋が汚れたりはしない…って、今その情報要らないよね。緊張してるんだな、私も…。
「かっ…、可愛い!!」
「あぅ…」
微妙な空気は、薫の場違いなほどの大声で振り払われた。
………よし。
どうだ、これなら文句ないでしょ、光安。
「曜子…なのか」
「うん、お兄ちゃん!」
「よろしくね、曜子」
「はい!」
年齢は十二歳。身長は一五〇センチ。脳内の曜子本人に事前に確認したけれど、年齢というものを意識したことはなかったらしい。
兄とは少し離れていて、かといって小学生っぽさはあまり感じないから、こんなものだと思う。
身長はもちろん想像しようがない。光安のイメージは「自分より低い」で、なんの役にも立たなかった。まぁ光安の言う通りにすると、以前のようなクリーチャーになってしまうから…。
年相応に成長途中の身体に、私と似たような衣装を着せている。白いYシャツと、膝が隠れるデニムのスカート。十二歳に似合うのかどうか分からないけれど、どうせ自分で選ぶようになるんだから、悩むのはやめた。とりあえず、スカートの丈が短いと兄上がうるさそうだから、まぁまぁ長めで。
髪型は飾り気なしのストレートでセミロング。これも曜子が自分で考えればいい話だから、素材だけ。
顔つきは、例によってボヤッとした光安のイメージを元に、現代日本におけるボヤッとした「可愛い」を最大限注ぎ込んだ。ただし目つきはちょっと光安に似せてある。兄妹なんだから、どこかは似ているはずだよね。
「ゆう、……ありがとう」
「どういたしまして」
何とも言えない顔で、素直に感謝の言葉を口にする光安。素直すぎて困ってしまうけれど、自然に返事はできてしまうのが不思議だ。
これでいいんだよね? 彼がほっとしているのは分かる。
「ゆうお姉ちゃん、本当にありがとう」
「少しはしゃべり慣れた?」
「まだ…、何だか不思議な感覚」
「そうだろう、私ですらまだ違和感がある。ましてお前のような子どもでは…」
「この人のことはジィジって呼んであげてね、曜子」
「呼ぶでない!」
曜子は目をキラキラさせながらお礼を言うと、両手を動かしたり、飛び跳ねたりしている。スカートを気にする様子はまだない。まぁ別に、飛び跳ねたぐらいで見えてしまうほど短いわけじゃないから、その辺の感覚は追々分かってくれればいいか。
なお曜子の身体も、私謹製のオーダーメイド。オッサン以上に細部までこだわっている。
見た目は華奢な女の子だけど、身体能力はやや高め。大人の男性アスリートの上位程度は普通にあるから、日常生活で困ることはないはず。
本当なら、私と同レベルにしたかったけど、逆に日常生活に支障をきたすから…。
「…で、お披露目も済んだところで、光安」
「あ……、ああ」
「曜子、お兄ちゃんのお話を聞いてね」
「は、はい」
さて。
光安と私の合意事項は、曜子の見た目に関するものではない。見た目はもちろん大事だけど、それはあくまで生まれるまでの話。曜子の人生は、今から始まるのだ。
「よ、曜子、実に言いにくいことだが…」
「私はここで暮らすんだよね」
「え…」
ニコニコ笑っている曜子。本当に十二歳で良かったのだろうか。この人格は、光安より大人っぽい感じすらしてしまう。
ともあれ、兄のカッコイイ場面は中断された。
考えてみれば、兄と私が相談している時に、曜子は兄の頭にいた。意識として浮上していなくとも、自分のことを話しているのだから、聞いていて当たり前だった。
「ごめんね曜子、お兄ちゃんと離ればなれになって」
「仕方ないです。いつかはこうなるし。それに、見ず知らずのどこかに生まれるより…は」
「ん…」
上目遣いでにっこり笑う妹に、兄はたじろいでいる。
私が言うのも何だけど、とてつもないルックスだ。正直、これは目立つなんてもんじゃないはず。
その上で、早くも兄を翻弄している。考えてみれば、脳内にいた頃から兄を手玉に取っていた妹だ。そんな女の子が実体を持ったら、えらいことになりそう。
私のように、目立たなくなるために能力を使わなきゃならないかもなぁ…。
「えーと、じゃあ曜子ちゃんは若井さんと一緒に?」
「いや、それは危険だ」
「何を言う、私のような紳士がいたいけな少女に手を出すはずがなかろう」
「並みの少女じゃないからなぁ…」
うーむ、困った。
若井と薫なら、一応は日本でも結婚可能。対して十二歳の曜子に手を出すというのは、通常ロリコンかつ変態の謗りが免れない関係になる。約四十歳の年齢差は、むしろ安心できる…んだけど。
目の前の少女。
正直に言えば、五十のオッサンを平然と堕としそうだ。
私が言うのも何だけど、本当に十二歳?
「とりあえず、その辺は物件を見てから考えましょ。若井はさておき、まさか曜子に一人暮らしはさせられないし」
「よ、…曜子ちゃんなら一緒でも」
「断わる」
「ほ、本人の意志が大事なんじゃ…」
「兄として、断わる!」
薫と同居は、本来なら一番無難なんだけどなぁ。
よだれを垂らした野獣の元に差し出すのは、さすがに兄じゃなくとも遠慮したい。さぁ、二人揃ったところで物件探しだ。今日は忙しいなぁ。
※なお「ようこそようこさん」は、前作『手のひらの宇宙』第六章です。曜子の過去は、前作の核心部分なので、説明はしませんが興味があればぜひ併読くださいませ。
※誤字修正。ぼんやりすると、若井を岩井と書いてしまう。




