プロローグ
一週間前、私は神になった。
突然の呼び出しを食らって。
「ようこそいらっしゃいました」
「日本語?」
「一応、言語は変換されているかと。……確かに似ているようですが」
宮殿のような体裁の空間。その中心に、地球から移動して立つ私。
周囲には十人ほどの生命体。
というか、まるで人間。ほぼオッサン。
どこかで想像されていたような、黒づくめの衣装。しかし何か…。
「あの…」
「何でございましょう」
「そこ、貼ってるだけですよね」
「……すみません、急ごしらえなもので」
宮殿のようにしつらえてはあるが、何だか天井が低い……と思ったら、ただのビルの一室だった。衝立にそれっぽい絵を描いて、変な色のライトで照らす前に、やることがあるだろう。
そう。
オッサンたちが座るパイプ椅子と長机で、すべて台無しだ。
「つまり普段はこんな環境にない。それなのに稚拙な偽装を企てるのは、何となく体裁を繕わないと、呆れて逃げられてしまうのではないかという危惧を示しているわけですね。なるほど、皆さんの人となり、そして十四代目の仕事内容もおおよそ見当がつきました」
「そ、その………、茶菓子でございます。あなたのお口に合うか分かりませんが」
地球人類の平均よりやや低目のオッサン連中を見下ろしながら、わざと嫌味ったらしく長台詞を吐いてみたが、アドリブのできない官僚対応が返ってくる。
弄ぶ価値もなさそうなので、私は黙ってパイプ椅子に腰をおろした。パイプ椅子の座り心地は素晴らしい。思わず畳んでパイルドライバーしたい気分だ。
「タカハシ、ユウミ様、でよろしいでしょうか」
「よろしいです」
「失礼いたしました。こちらにお座りのお方が第十四代…」
「それは知ってます。私に呼びかけた方ですから」
「は、はい。……私はその、付与担当次官の」
退屈な自己紹介が続く。
その間に、一応これまでの成り行きを話しておこう。あっという間に終わるけど。
一週間ほど前の話。
眠ろうとしていた私は、異音に気づいた。異音というか、呼びかける声だったわけだが、とてもじゃないけどそんな認識のできる音ではなかった。普通の人間なら、恐らく気にもとめないレベル。
私は私で、無視しても良かった。とはいえ、気づいてしまった以上、好奇心も湧いてくる。相手がまともな存在でないことは明白なのだから。
そこで私の能力で、聞き取れるだけの音にした。自称の二つ名「宇宙の上位にある者」の力で、聞こえるように命令すると、異音はオッサン声に変わる。
うん。異音のままで良かったかな…と思った。
声の主には萎えた。とはいえ、何だか知らないけど私の存在をつかみ、コンタクトをとってきた。しかも、何だか知らないけど十五代目として迎えるという。何だか知らないけど、これまた好奇心をくすぐる。
そこで受諾して、今日のこの日となった。
ものすごく安請合いだが、その辺はいざとなれば能力で「なかったこと」にできるし。
で、奇跡の出逢いの相手を目の前にしている。
パイプ椅子に座る十四代は、何の特徴もないオッサン。いや、このオッサンの任期を考えれば、既にオッサンの定義の一つを外れていそうだけど、主にビジュアル面の用件は完璧に満たしている。目の前とはいえ数メートル離れているのに、漂う加齢臭が動かぬ証拠だ。いや、臭いだからむしろ動く証拠か。
案内役は、絵に描いたような官僚対応の官僚。天下り先で仕事もせずに高給取りの余生を過ごす予定の次官殿が、とってつけたように低姿勢で話しかけるのが、何だか滑稽だ。
まぁお互い、こんな関係は今だけだ。今だけにしてほしい。
「で、すみませんが早速来週から……」
「契約書は?」
「残念ながら……。能力的には、裕美さま…貴方がやる気になった時点で既に神ですので」
「はぁ…」
何を言っているのかよく分からない。
一瞬イラッとして、魅了の気を開放しかけると、あからさまに官僚たちが動揺する。ついでに十四代目も顔を赤くする。アンタ二百歳を超えた老人だろと思うが、私の能力に年齢は関係ないから仕方ない。それよりも、一応は同格の十四代目が、簡単に操られるのはどうなんだ。
………。
「十四代目の任期は、次の金曜までとなります」
「ありがたい…」
まぁそんなことはどうでもいいや。
天井の低いビルの一室で、引き継ぎはあっという間に終わった。
一応は地球の日本の地方都市の現役高校生を務めている私は、今日から兼務することになった。
そう。
この宇宙、…地球が所属するものとは異なる宇宙の「神さま」、その十五代目に。
※8月8日大幅修正。今後も修正の可能性あり。