十二 異物の抵抗史
初代神さまという、宇宙の異物。
五つの石碑、二万字というやたら長い文面は、彼の戦いの歴史を刻んでいた。
二千五百年前のこの星。そこには、生物的特徴という面では、現在とそう異ならない人類が生息していた。そして文明レベルは、地球人類の古代文明と似たようなものだった。
自らの星の姿も知らず、肉体の組成も知らず、夢想の神々の歴史に生きていた。
「そんなに仰々しく語らなくてもいいだろ」
「この方が雰囲気が出るし」
「私もこんな感じがいい!」
「…俺もダメとは言ってないが」
現在のアクミ市付近は、当時はこの星の中でも栄えた地域の一つ。王様もいたが、その支配地域は限定的で、海の西側の国の、ゆるい属国扱いだったようだ。
そこに現れた彼――初代――は、相当に高度な文明の世界にいたらしい。
何らかの事情で、時空を超えた彼。ただし、高度な文明と、初代自身のもつ異能が加わっても、それは二度と繰り返せない奇蹟だった。
もしかしたら、その際に時間を遡行したのかも知れない。それは某猫型ロボットが、二百年前にオーパーツを遺すように。
もちろん、単にそっちの文明が先行していただけの可能性が高いけれど。
なお、その姿は青いタヌキのような姿…ではなく、二足歩行の人間に似た形態だった。体型は布袋尊みたいだった模様。
「ホテイソン?」
「コイツの同類ですわよ」
「いくら何でもそれはダメだ、ゆう」
袈裟程度で同類扱いは、確かにシッダールタ激怒案件。けれど、如来はきっと無意味に怒らないから大丈夫だろう。
というか、例え話が通じないのは地味に辛い。これも異世界あるある?
………気を取りなおして。
彼にとって、付与のシステムは原始的な「道具」であった。
高度な文明の元では、子どもでも簡単に組み立てられるようなもの。ただし、その組み立てには、当人のもつ能力を注ぐ必要がある。初代の生まれた宇宙では、誰もがもっている能力だったが、この宇宙の人類には欠けていた。
彼はその方面の専門知識があったわけではなく、自分の世界の「常識」程度のことを覚えていた。見よう見まねで、記憶と能力を駆使しながら、一応は動くという程度のものを作り上げたのだ。
――そして彼は、能力を使い果たしてしまった。
彼がもっていた異宇宙人の能力、それは超能力のように何かを実現する力というよりは、未知のエネルギーなのだが、残念ながら有限だったらしい。
…あるいは、何とか星雲の超人たちのように、違う宇宙ではチャージできなかったのかも知れない。しかし、その設定は地球人類の創作だから扱いが難しい。
「要するに、その人が俺たちのとこに来てたら、俺も魔法つかいだったのか」
「魔法つかい光安…」
「ビジュアルは想像しない方が身のため」
「お前あれだろ、おしおきするようなヤツ連想しただろ、これだからゆうは」
自分の死と共に、すべてはこの宇宙に飲み込まれ排除される。
自己を異物と認識していた彼は、残り少ない生存期間――余命は五十年ぐらいあったらしいけど――に、何と子孫を遺してしまった。布袋さんにいくら似ていようが、本来は交雑するはずのない異種だったはずなのに。
「ねぇ光安」
「…ん?」
「妹…曜子ちゃんなら、魔法使いにぴったりかもね」
「そ、それは冗談にならねぇから」
かつて地球人類は、肉眼で視認できる隣の星にタコみたいな人類がいると夢想した。そのタコ人間は、まさか地球人類との間に子孫を遺さないだろう。
「光安って、妹がいるの?」
「うっ…」
「な、なんでその反応?」
一方で、たとえば人類と蛇が子孫を遺す昔話ならある。大量の薬を飲ませて堕胎させる話すらある。その場合の蛇は、記憶を辿れば神となるだろう。
付与のシステムを与え賜うた彼は、まさしく神だ。
神ならば、子孫を遺すだろう。それは歴史のどこかで起きた奇蹟。光安の妹も、他でもない私も。
「薫、地球人類はいろいろあるの」
「はぁ…」
「誤解を与える言い方はやめてくれ」
「だいたい合ってるでしょ」
…実際、どうしたのかはよく分からない。というか、初代の頭を覗けば分かるだろうけど、そこは知らなくていいような気がする。
とにかく初代は、この宇宙に子孫と、もう一つの異物、つまり石碑に刻まれた文字を遺した。いや、付与のシステム自体も異物だから、三つめか。
執念。
宇宙に対する抵抗。
それを「宇宙の上位にある者」が思いやっても、単なる憐れみにしかならないけど、彼はできるだけのことをした。そして子孫は遺り、システムは次の異世界人類を求め、稚拙な彫り込みは消えなかった。とんだ道草をしちまったヒーローがいたものだ。
彫り込みは元々がそういう出来だから、千年の時を経て磨耗していくうちに、判読以前の状況になっていた。もちろん、初代が一応は子孫に伝えた文字の知識も、完全に失われていた。
しかし石碑の製作者は、初代の「直筆」を尊重して、できるだけそれを模倣して彫り込んだ。石碑から読み取れるのは、そんなところだった。
「そう…か、初代の生まれ故郷の文字なんだね」
「三つの宇宙に、似たような文字があったのか」
「そうね」
この宇宙新参の私が、偉そうに断言する。象形文字に起源をもつのだから、似たような造型が存在する宇宙ならば、似たような姿に収束する。その程度には、誰でも推測できるだろう。
私は十五代目神さまだから、それぞれの文字が辿った過去を遡行できる。だから断言できる。そして…。
「ねぇ薫」
「……………」
読み解く過程で、私は知ってしまった。
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