十 高速輸送システムの整備について
「お、お前たち、何者だぁだぁだぁ!」
朝の公園で繰り広げられる、ヒーローごっこ。チビッコの定番ムーブも、袈裟に身を包んだ異世界人が熱演すると、冗談で済まない気がする。現に、近くにいたこの宇宙のチビッコは、泣きそうな顔だ。
「ふっ、我をただ者ではないと見抜くとは、やるではないか……と、エコーなんてかかってたっけ?」
「二人とも意地悪…」
宇宙忍者とか宇宙恐竜とか、物心ついた地球人類が声に出して読みたくない日本語の役は、誰あろう純白ドレス女こと神さまこと私がつとめている。
これはこれで正気の沙汰とは思えないが、地球人類に偽装するのは宇宙の帝王でもない限り当たり前。ここは地球じゃないとかツッコミは無用。
案外露出度の高いドレスで、胸の谷間がガッチリ見えてしまう。そのせいで、大きなお友だちは何か喜んでる……なんていけない、子どもの笑顔を守るのがヒーローもしくはヒロインの役目だっ!
立ち上がれ!
立つんだ薫……と、何だか盛り上がりに欠けるなぁ。
「薫、私たちの星ではね、光安の衣装は正義のヒーローの格好なの」
「ほ、本当に?」
「本当だ。俺は巨大ロボットダイガランを操るブッ…」
「ダメ、その設定はダメ」
「設定…」
実際には、どうやら現地人ヒロイン役が、大きなお友だちの正体だった模様。キラキラした目で、地球星人の女を見つめてくる。谷間にも興味があるようで、さすがの宇宙人も困惑気味だ。
私としては、どっちかと言うと何とかダマンな袈裟ヒーローにこそ興奮していただきたいのだが、こちらはなかなかガードが固い。これではいつまで経っても、良い子のための健全な物語のままだ。
…………。
本気で十八禁になっても困るって? その時は神さまがんばりますよ、ええ。ここ太字で!
「あの山は?」
「アクミ山地。左奥の尖った所がミツマタ岳で、その奥の方に一番高いアクミ岳があるけど、ここからは見えない」
「へぇ、薫はいいガイドになれそう」
「こ、こんなの誰でも知ってるから…」
おふざけはこの程度にしておこう。
三人が最初に到着した現在地は、要するに「昨日因縁を付けられた」公園である。探険するにあたって、高台から街を確認して、それから歩くというのは理にかなっている。
もちろん高台と言っても、窓口のあるビルの辺りとは十メートルも違いはない。ゆるやかな上り坂が続いた先。あまりにゆるやかすぎて、昨日の薫の恥ずかしい歴史を再現してしまった。だいぶ脚色されていたような気もするが、本筋には特に影響がないので忘れてほしい。
「この街の中心はあそこ。高い塔が見えるでしょ?」
「あの塔は?」
相変わらず赤面しながら、そしていつの間にか丁寧言葉が消えた薫の解説を、意味もなく袈裟を着込んだ若い男と、パーティドレスの若い女が聞いている。
ものすごく怪しい三人組。
コスプレ会場でもない限り、地球ならばまさしく職質モノの可能性も否定できないが、この宇宙ではそれほど痛い視線は受けていない。身分証明のおかげかも知れないし、アクミ砂漠の面目躍如かも知れない。砂漠は躍如しなくていいような気もする。
なお、現在の私たちのジョブは「アクミ市民」である。それは単に、この町に住民登録されているという事実を示すだけ。されていないから嘘だけど。
「昔の電波塔。今は必要なくなったから…」
「アレだろ、蠟人形とか」
「光安さん、何言ってるか分からない」
ガイドのお手本のように、全体の景色から中心部へと解説していく薫。これが職業じゃないなら、ずいぶんキレる女だ…という感想はさておき。
地球と似たような経緯をたどって、テレビやラジオのような媒体も発達していたこの国。そこで電波塔が役目を終えたのは二十年前のこと。要するに、私の母が付与のシステムを改めた時のようだ。
テレビやラジオも付与の対象にすれば、そのための大規模な設備は不要になる。携帯電話のようなものは、基本的に機器不要になった。テレビは、複数で見るという需要は残るけれど、その気になれば脳内で直接視聴できるらしい。
なお、現在はまだ「さん」付けだが、この調子では一時間以内に光安は呼び捨てされるだろう。ふっ、私の予言は当たる。
「あそこは公園?」
「あ……」
私が指差した場所には、木立が広がっている。五百万都市にしては大きな緑。都会の中心にある空虚は、たとえば王宮のようなものが考えられる。しかし、この国に王はいないと聞いているし、それらしい建造物もなさそうだし、そもそもこの国の首都はアクミ市ではない。
薫は一瞬言い淀む。
ただし、それほど深刻な雰囲気ではない…と思う。突然バルトのような思想家に化けたらどうしよう。
「あ、あれは公園。二千年前からある…らしい」
「二千年前?」
「そう。その…」
「初代神さま記念公園ね」
「……そういうこと」
素晴らしい。そんな遺跡があるなら、十五代目として表敬訪問するのは当然だろう。というか、引き継ぎの際に教えてくれよ、と思う。
薫の表情が冴えないのは気になるけど。
まぁ少なくとも、記念公園を期待して行くと肩すかしを食う、そんな場所なのだろう。どこかの時計台やどこかの橋のようなガッカリ名所。だけど私たちは単なる物見遊山の客とは違う。
え、違わないって? そういうツッコミはなしで。
「早速行くよ! 善は急げって言うのよ、薫」
「こっちにも似たようなことわざは…ある」
「そりゃそうだろ。まさか善を急ぐなって言わねぇだろ…って、待て、ゆう」
バカの戯れ言を聞いている暇はないので移動する。伝家の宝刀、瞬間移動。探険はどうしたという指摘は無視させていただこう。
「………これが、神さまの力」
「違うぞ、ゆうの力だ」
突然変わった景色に、薫は動揺している。
そうか、こんなに「魔法」だらけなのに、いろんなものが消えたりするのに…。
「薫、聞いていい?」
「はい」
「荷物も食べ終わった食器も、ここでは瞬間移動するでしょ」
「…はい」
「人間はしないの?」
「はい」
「どうして?」
当然の疑問だろう。
やればできるがやらないだけなのは、ニートか「宇宙の上位にある者」と相場が決まっている。技術的に実現可能で、しかも飛躍的に利便性が高まるというのに使わない選択肢が、いったいどこにあるのか。
なお、私の能力には距離も対象も制限はない。この星を地球の隣に移動させることもできるから、いざという時には「今日からここは異世界じゃありません」という禁じ手もいけるはず。何があったら、そんな行動に至るのかはともかく。
「人体の転送は禁止されてる。違反すれば捕まる。一年以下の懲役か罰金かその両方」
「あら」
「代わりに、あれがあるの」
どこかの公共CMのような台詞をつぶやきながら、薫が指差した先には、日本でも道路端によくあるようなポールが立っている。
そしてそこでは………、人間が現れたり消えたりしていた。うむむ。
「薫。もしかしてあのポールが…」
「行きたいと念じれば、最寄りのポールに移動できる。駅って言うの」
「駅?」
「知っているのか、光安」
「知ってるっていうか…」
雷電に聞いても埒があかないので、とりあえず互いの宇宙の知識を交換することにする。
こっちの「駅」は、瞬間移動を合法的に利用する施設。ただのポールに見えるけど、一応あそこに付与があって、薫が言ったように相互移動ができる。
それ以外の野良瞬間移動が禁止されるのは……、考えてみれば当たり前なのだろう。
すべてが解放されれば、泥棒やりたい放題。プライバシーなどあったもんじゃない。どこかの猫型ロボットの故郷のように、便利な物がいつでも誰でも手に入るなら、たちまち世界は崩壊する。あ、それって地球の未来か。
「みんな立ったまま何十分も乗って……」
「なんだ薫、この下等生物とか思ってやがるのか」
「突っかかるなバカ」
なお、違反行為の取り締まりは専門の警察みたいな部署があるらしい。付与の力を使った記録は、リアルタイムで収集され、現時点で犯行を隠す手段は発見されていない…そう。
つまり私は、栄えある脱法第一号。そもそも付与の力を使っていないのだから、完全犯罪成功だ。
「えーと…光安、昔はこの国もそういうものを使ってた」
「このポール移動は二十年前から?」
「うん。…私が生まれる前だから、あまり詳しいことは知らないけど、突然これが始まることになったらしくて」
「へぇ………」
考えてみれば、私は最初から法の適用外かも。この国の国民ではないし、そもそも人類として扱われていない。神さまとして呼ばれた時点で、瞬間移動でやって来たことは、あの場の官僚たちも知っている。
……無駄な話題はそろそろやめておこう。目の前では、光安が恐る恐るポールを触っている。そして薫はそのバカを呼び捨てにした。
「光安、いっきまーす!」
「見せてもらおうか、アクミ市の付与のポールの性能とやらを」
「ゆうちゃん、何か格好いい…」
「そこは俺じゃないのか」
異世界でも赤い彗星が人気なのか、単に光安より私なのかは定かでないが、ともかく袈裟形地球星人がポーズを決めても、何も起こらない。そして薫は、相変わらず私の見た目に夢中。
この世界では、何も起こらない存在の方が特異なのだから、光安はそのうちモルモットとして出荷されそうな気がする…と現実逃避。
ポールの高さは二メートルぐらい、白と赤に塗り分けられ、結構高い。豪雪地のポールという感じだ。この町も、何となく雪は積もりそうな気がするから、もしかしたら兼用してるのかも。
よく見ると小さく数字が書いてある。何とか駅とか、固有名詞は見当たらない。
どうにも風情に欠ける…けど、当たり前か。
ポールは十メートルおきに立っている。いちいち名前は付けようがない。というか、昨日の散歩道にもあったことを今さらのように思い出した。誰がこんなただのポールが「駅」だと気づくだろうか。
「ここのポールは利用率が高いのね」
「だって、アクミ市民の憩いの場、なんですよっ」
「なんですよっ」
「……………」
薫の謎のテンションにツッコもうと思ったら、光安に先を越された。薫は赤面するし、私はふて腐れるし、全く、なんてことをしてくれたんだマイダーリン。
………さて。
突然始まった経緯は、容易に想像がつくけど、さすがに現時点で薫に話すわけにはいかないな。
この世界の歴史に、私の母が活動した記録は皆無。それは、他でもない私が今確認したから間違いない…ということは、改良を加えただけで、すぐに去ったのだろう。
そもそも、母がこの宇宙に用があったわけではない。何かの間違いで立ち寄ってしまい、簡単な置き土産を残して帰ったというのが本当のところではないか。恐らく、誰もこの付与の創造主を知らないのだ。
「駅って呼び名は、そういう輸送機関があった名残り?」
「今でも残ってる。観光用だけど」
「なんか理不尽だな」
「地球のSLみたいなもんでしょ」
創造主が誰かなんて、今さら知っても仕方ない。仮に私が明かしたとしても、万人を納得させるような証拠は示せないわけだし、信用されたら娘である私の立場が微妙になるに決まってるし。
一方の地球の交通事情は、読者にはおなじみのことなので割愛する。
満員電車もバスも、満員であることに価値を認める客はいない。ストレスなく移動できる手段が整備されれば、地球からもたちまち消え失せるだろう。
ついでに説明しておこう。空飛ぶ自動車も、ポールの利便性に敗北して、ドライブというレジャーのために利用されている。対してバイクは、ごく近隣の移動や輸送の手段。いずれにしろ、なければ困るほどのものではない。
付与の力はさておき、ポール移動という形を考えだしたのは、この星の人々。
突然与えられた新たな力を、うまく利用していると感心する。
「薫」
「…うん」
「このバカと私が暮らす原始生命体の世界は、不便なの。私みたいな力は、宇宙に数人しか持っていないから、そこは理解してね」
とりあえず誤解のないよう伝えておく。
ただし、私の見立てによれば薫の口は軽い。秘密を秘密のままにできる女ではない。あまり気を引くような能力は使わないのが良さそう…と思ったけど、もう遅いか。
「ゆうちゃんは特別…」
「原始生命体ってとこに何か反応しろよ」
「自分で言ってたじゃない」
「下等生命体だ」
光安をからかいながら、私は少しだけ心が踊る。
地球人類の現在と、私の能力には大きな乖離がある。けれど多少の「魔法」があり、一歩進んだ文明のこの世界では、そんな私の能力の一部が当たり前になっている。
つまり、ほんのわずかだけど、私にとって暮らしやすい世界。実際には、髪の毛一本の差もないのに、違いを肌で感じる。
「はいはい下劣生命体、あとでエサあげるからね」
「やっぱり仲良し…」
「何がだよ!」
下劣…ではないか。だんだん我慢できなくなって、ドレスからはみ出しそうな私の胸をじろじろ見る程度にはスケベだけど、それでも自慢の彼氏。だから仲良しという指摘は構わないと思うんだけど、ねー。




