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九 探険の朝

 翌日。

 地球人類のカレンダーでは日曜日の朝。

 目立たない女子高生の平凡な私服……というか、白いブラウスとボタニカル柄のスカートで地味にまとめる。背が高いといろいろ制約が多くて困る。その上、一応は神さまだから、あんまりアレな格好もできないだろうし…。

 いつも似たような手抜きコーデで、彼氏のハートを射止められないわ…とか、数十年前の雑誌コピーを思い出しつつ、颯爽と窓口に出現する。その昔のマンガなら、ぶおんと擬音が書かれそうなぐらいの勢いで。

 宇宙から宇宙へ移動したのだから、実際とんでもない距離のはず。単純に距離を測れる関係にはないけど、セブンの息子でもそう簡単にはやってこれないに違いない。でも、残念ながら私は一瞬で移動しちゃう。だって、女の子なんだもん。

 ………。

 …………。

 ……………誰が女の子だ。

 千二百歳という設定は捨てたんだ。あの時に勢いで、図書館の本を全冊読んでしまったから、いろんな時代の知識がいびつにおさまってるけど。

 …………。

 気を取りなおして、部屋の明かりを付ける。

 まだ使い始めて二日目の事務所は、殺風景で落ち着かない。まぁここは仕事場、自宅のようにくつろげる空間では困るのかも知れない。

 やれやれ。

 昨日は夜九時過ぎまで滞在していたのに、我ながら仕事熱心な神さま。残業代も出ないのに。


「おい何だこの格好は」

「おはようございます光安様。起きないアンタが悪いザマス」

「むむ…」


 ワンテンポ遅れて、寝坊のバカも受付に登場。

 きっちり今日の予定を伝えてから別れたというのに、朝九時に起きてすらいなかった愚かな地球人類。ということは、神さま兼彼女の私には、好きなように身支度させる権利がある。…なので、袈裟を着せてやった。こちらの宇宙ではレアな衣装だから、きっと目立つはずだ。

 本当は虚無僧がいいけど、さすがにアレはコスプレでは済まないから、妥協の結果だ。髪型とかアレな部分はちゃんと整えてあげたのだから、親切でやさしい彼女に、きっと彼は感謝する…ではなく、感謝しなければならない、よね。


「ゆう」

「何?」

「おはよう」

「…うん」


 袈裟男は今さらのようにポーズをとる。両足をやや広げて、ふんぞり返って前を見る。

 何のポーズなのか分からないけど、たぶん彼のイメージする袈裟男なのだろう。お相撲さんのように見えるのは、たぶん気のせい。だいいち今の彼の体重では入門を許されないし…。


「ゆうは楽しそうだな」

「アンタも楽しいでしょ?」

「まぁ…そうかもな」


 いつもの朝のように笑う光安。どこぞのマンガなら呪符をまき散らしそうな格好を、あっさり受け入れるとは、度量の大きい男。さすが我がダーリン。

 ……冷静になろう。ヨダレが垂れてきたよ。

 一応、彼は地球から百光年以上離れた銀河まで旅をした経験がある。それが旅なのか、私が無理矢理引きずり回したのかは議論の余地の残る部分だけど、地球人類で唯一の体験だったことは事実。

 そして光安にとっては、同じ宇宙の遠方も、違う宇宙も、行けるはずのない場所という点ではたぶん変わりがない。

 違うかな。

 ここは人類らしき生命体がいて、ご飯も食べられるのだから、何もできない宇宙の果てより魅力的か。

 ……他人のことを断定するのは、光安の頭を覗いたからではないよ。私がそう思ってるから。それが理由になるかって? なる。なるよ、たぶん。


「お、おはよう」

「い、いらっしゃいませー」

「め、珍しい衣装ですね、光安さん」


 ともかく、私たちが朝九時の窓口に移動してから数分後、ガラス扉を開けて薫が入ってくる。光安の挨拶は、昨日より多少改善されている。

 薫の服装はレースの白いブラウスに、グレーのスカート。違う宇宙だと思い出すのに苦労するほど、既視感漂うファッション。どうやらこの世界でも、地味にまとめたければ白メインが無難の模様。

 ……なぜ違う宇宙なのに、地球とそっくりなのかって?

 それは簡単だ。

 似たような体型の生物が、一定の知能を持てば、その身体の隠したいという羞恥の念も、同じように生じる。そもそも似たような体型なのも、偶然なのかは分からない。地球人類の場合は、直立二足歩行の方が、脳を大きくできるからだと説明されたりする。それならば、同じ経緯をたどるのは必然なのだ。

 地球の始源から人類への道のりは偶然だけど、その時期の環境に応じて、生存に都合の良い姿へと変化し続ける。何となくカッコイイ話をしている気がする。というか、流行りのファッションは生存戦略とは関係ないと思う。


「おはよう薫。今日はよろしく」

「俺もよろしくー」

「ずいぶん仲がよろしいんですね」


 朝から薫と待ち合わせて、本日の予定は探険だ。いや、冒険だ。

 もちろん、剣と魔法で戦うわけではない。地球人類の、主に中高年の間で日々繰り広げられている、何とかカルチャー的なイベント。原住民の案内で、トラブルなくこの世界を知ろうという、極めて合理的な選択であり、レジャーなのだ。

 そして私と光安は仲がいい。薫が何を根拠にそう思ったのかは謎だけど、それは間違いない。

 だから。


「薫も連れて来ていいからね、お相手。神さまが許しますわっ」

「………」

「神さまなら少しは自重しろよ、ゆう」


 神さまらしく鷹揚な態度で接したのに、たしなめられた。そういえば、神さまの彼氏ってなんて言うんだろ。ウヂノワキイラツコとハシヒメはそのまんまだから、特別な名称はないのかな。

 ま、ともかく昨日会ったばかりの村人一号とも、何だかんだで打ち解けている。

 今の私たちはそれほど人見知りではない。いや、光安に捕まるまでの私は人見知りどころではなかったし、光安自身は今も若干その気はある。だけど、ここは私たちのテリトリーだし、私と一緒の時の彼は意外に頼りになる…はず。

 薫はきっと人見知り。なのに、なぜか昨日は積極的だった……と、その辺の事情は聞いておきたい。警察ごっこだって、本当はそれなりの事情があったんだろう。そうだよね? まさか特撮大好き少女が実演したって話じゃないよね? ま、さ、か、ね?


「えーと、準備はよろしいですか、かみさ…、ゆうちゃん」

「ちょっと待ってね、ドレスに着替えるから」

「マジか」

「マジなわけある………かも」


 なお、薫が独り身であることはほぼ確実のようである。

 背丈は光安とだいたい同じ。髪は黒く、瞳の色も黒で、肌の色は地球の黄色人種の中で言えば白っぽい。顔立ちは整っているし、スタイルも結構良い。胸はほどほどだけど、脚は長い。光安より明らかに長い。

 私の個人的見解でいえば、間違いなくモテる。

 人生と彼氏いない歴が一緒なんてあり得ない……と思うけど、蓼食う虫も好き好き。光安食う私も好き好き。なんだよなぁ。


「行きましょうか、皆様」

「本当にその格好なのか」

「せっかく神さまなんだしホホホ」


 別に私は、光安が他人よりカッコイイから彼女になったわけでもないし。カッコイイけど。宇宙二つ分合わせても一番カッコイイけど。

 まぁそんなこんなでドレスにしてみた。二十歳ぐらいの女性が、それなりに形式張ったパーティに出席できる程度のもの。白を基調にしてある。やっぱり一番無難そうだし。


「す、すごい…」

「何? 大した値段のものじゃないよー」

「か、神さま」


 ドレスは私の能力で出現させたから、値段はない。下手にイメージ通りにすると、人間に作れないレベルになってしまうから、貸衣裳の平均ぐらいと注釈を付けてある。ドレスという時点で安くはないけれど、どこかのお嬢様が見たら安物と呼びそうな、そういう微妙なラインを攻めている。

 薫は…、真っ赤な顔で、潤んだ瞳で私を見つめている。

 私も、自分の見た目がアレなのは自覚してるけど、それにしても大袈裟すぎる気が。というか、この調子だから異性に興味がもてなかったりするのかも。うん、今日の探究課題の一つに加えよう。


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