魔王、勇者と戦う
しかし、魔王も楽ではないのです。
魔王の城のある王国は、『マリアドネ』という、この大陸の中でも一番大きな国でした。
魔王を放っておけないマリアドネ王国の女王は、王国の中から『勇者』を選び、魔王の討伐を依頼していました。
そのため、魔王は城にやってきた勇者と闘わなければなりませんでした。
ここは、魔王の城の最上階。
赤い絨毯に、灰色の石壁、中央には魔王が座る玉座がありました。
「魔王様、魔王様!!」
勢いよく扉を開き、その部屋に入ってきたのはエル。
何やら大変焦っている様子です。
「何だ、バタバタうるさいな。今いいところなんだぞ」
魔王は絨毯に寝転がり、おせんべいを食べながら漫画を読んでいました。
エルはそれを見て、思わずこけそうになりました。
「ちょっ、暇を満喫しないでくださいよ! 大変なんです!!」
「何が大変なんですか?」
横で聞いていたホリーが首を傾げます。
エルは扉を指差し、慌てたように、
「めっちゃ強い勇者が現れたんですよっ! もうその強さといったら、あれですよ、めっちゃ! めっちゃ強いんですよめっちゃ!」
「どうした語彙力」
「とにかくめっちゃ強いんですよおお!! ヤバいですよ、もうすぐでここに来ちゃいます!」
「慌てるな、そんなわけはない」
魔王は立ち上がり、エルを見下ろして言います。
「我が城の四天王は、この国最強の武力を持つと言っても過言ではない。何せ全員同じ階で待機しているんだからな」
「前から思ってたんですけど、その配置外道じゃないですか」
「とにかく大丈夫だ。あの部屋を突破できるわけが――」
そう魔王が言いかけたとき、再び扉の開く音がしました。
そこには、一人の青年が立っていました。
整えられた茶色の髪、優しそうな顔立ち。
羽織ったマントは瞳と同じ綺麗な青。
手には、銀色の盾と剣が光っていました。
彼は、まさしく『勇者』。
『魔王』の敵でした。
しかし、四天王を倒してきたのにも関わらず、その青の勇者には傷一つありません。
平然と辺りを見渡している彼に、魔王は目を丸くします。
「きっ、貴様……! まさか、あの四天王を全て倒したというのか?!」
魔王の声に気づいた勇者は、三人の方を振り返ります。
勇者は人の良さそうな笑みを浮かべて、
「はい、結構あっさりでした。簡単すぎてびっくりですよ」
その言葉に、再び唖然とする魔王。
勇者は構わず歩み寄り、そして眉をひそめます。
「それにしても、どうしたんですか? 村人がこんなところにいたら危ないですよ」
「………………」
「……あ、もしかして捕虜の方ですか?」
「………………」
「というか、さっきから魔王の姿がないんですけど……席を外されているんですかね? 困ったなぁ」
そう言って再びきょろきょろと辺りを見渡す勇者に、魔王はコホンと咳払いします。
それを合図に、エルは大きな剣を、ホリーは黒いマントを取り出し、魔王に渡します。
彼はそれを身に付け、再び咳払い。
勇者に『こっち向いてよ』とアピールします。
勇者がこちらを向くと、魔王は堂々と、
「私が魔王だ」
「…………?!」
勇者は固まります。
その反応に、魔王はニヤリと笑い、
「よくぞここまで来たな、勇者よ。だがここではそうはいかんぞ」
そう言って魔王は、大きな金色の剣を構えます。
「私は、そう簡単には倒せ――」
言いかけた次の瞬間。
魔王の目の前に、銀色の何かがありました。
「…………?!」
それは勇者が突きつけた、剣の刃でした。
「では、魔王様」
勇者は優しく微笑みました。
「僕、剣を使うのは好きですし、得意な方です。でも、出来れば人は斬りたくないんですよね。――服が汚れますから」
そう言いながら、剣を顔から少し離します。
そして首を傾げ、
「魔王様も死にたくなければ、武器を置いて僕の話を聞いてください」
彼の銀色の剣は、魔王の首に突きつけられていました。
「………………」
――まさか、オープニング台詞の途中で脅されるなんて、思わなかった!
観念した魔王は、剣をその場に落とします。
勇者も剣を下ろし、ずっと横にいたエルとホリーからも、安堵のため息が漏れました。
魔王は気を取り直して腕を組み、
「で、話とはなんだ」
「魔王様にお願いがあるのです」
そう言うと勇者は、剣をしまい、その場に跪きました。
「僕を、魔王の部下にしてください」
「………………」
はぁ?!
三人は耳を疑いました。
「勇者の目的は、王国と正義と金のために、私を倒して姫と王子を助けることだろう?」
「まぁ、普通の人はそうですけど。僕はその『王国』に不満があるのです」
勇者は顔を上げ、
「魔王の部下となり、王国を征服する……僕は本気でそうしたいと思っています」
キリッとした顔でそう言い放った勇者に、魔王は困り果てます。
「いや、まぁ、周辺の村を襲うことはあっても、征服とか考えてないし……」
ぶっちゃけ、めんどくさいし……。
「あ、部下にしてくれないのなら、貴方を倒して僕が魔王になります」
「えぇっ?!」
晴れやかな笑みでそう言い放った彼に、魔王はまたびっくり。
「さぁ、どうします?」
そう言いながら再び剣を握り直す青の勇者に、魔王は頷くしかありませんでした。
登場人物紹介②
~四天王~
一人目:ホワイトスライム
変幻自在の白いスライム。
ドロッドロなので、物理攻撃は効きません。
そうして付けられたあだ名は『ヨーグルトくん』。趣味はお菓子作りです。
二人目:一本角の百獣王
一本の角を持つ、大きなライオン。
鋭い爪・歯・角で素早い攻撃を繰り出します。
愛称は『タマ』。趣味は愛猫(七匹)の世話です。
三人目:大毒蜘蛛
その名の通り、どでかい毒蜘蛛。
やって来た勇者を毒で眠らせ、糸でぐるぐる巻きにして窓から投げます。
彼女のあだ名をスパイダウーマンにするかスパイダーママンにするかで、魔王の城の中でも意見が分かれているところです。
四人目:???
秘密です。
というか決めてない。