第1話 黒猫
よろしくお願いします
人生の分岐点とは、突然訪れるものだ。
会社の飲み会後、いつもの帰り道。
人通りの少ない路地。
1匹の黒猫が泣いていたので、近寄った。
逃げなかったから抱き抱えると、猫は頬をすり寄せてきた。
思わず笑みが零れたその瞬間、薄暗い路地一帯が金色の光に包まれる。
巨大な魔法陣が私の足元、そして四方の空間に現れる。
吹き荒れる風に紛れて飛んできた小石が、私の頬を掠めた。
反射的に子猫を抱きしめる。
「娘よ、それから手を離せ」
光の中から現れたのは長い白髪に煌びやかな宝石と衣装をまとった紫色の目をした老人だった。
これじゃあ、まるでファンタジーの世界だ。
「主の名により、それを滅する。早くそれから離れるのだ。」
老人が指さしているのは、私が抱き抱えている黒猫のようだ。
私はまた咄嗟に猫を庇うように抱き抱えた。
「滅するって、この子に何をする気?!絶対離さない!」
「何を言う!ならばお前も一緒に滅するぞ。我は精霊王、我に逆らった事後悔するぞ…」
お怒りの様子の老人から、眩い光が放たれる。
「っ、もう、やめてってば!」
咄嗟に、私は会社鞄を振り回した。
「っ、ぐはぁっ!」
するとまさかのクリティカルヒット。老人が苦しそうに蹲った。
「くっ、お前、何をした……」
大袈裟に苦しむ老人になんだか逆に申し訳なくなった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「わ、我はもう、ダメだ。娘よ、我の近くへ」
大人しく老人の近くへ行くと、老人は私の額に手をあてて何か呪文を唱えた。そして自分が付けていた紫色の指輪を外し、私の手に握らせた。
「今、この瞬間より、我の力をお前に託す。これよりお前が、精霊王となれ。」
「……は?」
眩い光が消え、老人も姿を消した。
辺りを静寂が包む。
突然、抱き抱えていた黒猫がくつくつと笑い声を上げはじめた。
「くくく……お前、面白いな。」
「ね、猫が喋った…」
黒猫はするりと私の腕から抜け出すと、優雅な動きで私の前に座った。
「時期に夜が空ける。この借りは近々返そう。私は魔王ロキ、また来るぞ、精霊王よ。」
闇に解けるように、黒猫は姿を消した。
「……うん、飲みすぎた。明日は1日ゆっくり寝よう。」
そう確信し、私はまた家路を急いだ。