第八話 黒刀
「えっと、此処だったかしら。」
現在、バステは自分を待っているという一人の女性の元へと向かっていた。
その方もどうにも先程のあの者達と何処か似たところのある者達の様で、私のところに預けてあげてほしいとの事。
これ以上増えられても色々と困ってしまうのだけれど、どうしたら。
......うん、取り敢えずは行きましょう。
スラドって人はきっと私の言葉の意味を解っているでしょうし、心配は要らないだろう。
確か場所は、ここの部屋かしら。
少し悩みながらも、やはりどうしようもないので諦めて部屋をノックする。
こんこんっ。
「あ、ど、どうぞ!」
がちゃっ。
「失礼します。」
息を吸い落ち着いたところで部屋を入る。
するとそこにいたのは、妙な包み袋と柔らかな布に包まれた活発そうな男の子を抱き上げている女性であった。
横に置いてあるその何かが何なのかは今は良いだろう。
兎に角今は...
「.........此処まで、お疲れさまでした。大変だったでしょう。」
「お気遣いありがとうございます。」
そう、彼女は他のあの者達と違い、非常に重い経緯で此処までたどり着いているのだ。
先ずは労い、いや、想う一言を掛けねば報われぬという物だ。
その接し方がとても嬉しかったのか、女性は立ち上がると、バステの手を握り、頭を下げた。
「いや、そんな事をする意味はありません。これは当然の事ですから。」
「...いえ、とても嬉しい言葉でした。
.........確か聞くところによれば[騎士]さんなんですよね、貴女は。」
「え?え、えぇ、そうですが。
バルト公国所属下二等騎士、バステ-ロルナルスです。」
「そうですか、そうですか!あの、実は私、この子の騎士校生活をどうしてあげれば良いのか全く分からなくて、誰か理解のありそうな方とお話ししたかったのです。」
「.........あぁ、そういうことですか。それならば御安心を。貴女とこれから暫くの間共に生活していただく他の女性方が二名と男性が一名居るのですが、どちらの方も母親なのです。その中では、見たところ貴方のお子さんが一番の年長さんですので、真っ先に教えるのはきっと貴女の子ですよ。何才なんですか?」
「この子は今の年でもう二才です。まだ心配で外での移動は抱っこですけど、落ち着ける場所で良く四つん這いで歩く練習をしてて可愛いんですよ。」
「ふ、そうですか。」
話している感じ、とても性格の良くできた方のようであった。
バステはそれにホッと息を下ろすと、では行きましょうか、と女性を部屋から移動させることにした。
「その、確かお名前はバステさん、でしたよね?」
「え?そうですが、どうしました?」
「私の名前はラニャと言います。まだ自己紹介をしていなかったと思ったので、遅れながら今させていただきました。」
「あはは、ありがとうございます。」
何かと思えば、自己紹介をしていないとの事だった。
そんな事しなくても事前に名前は検閲所のあの男から聞かされてはいたのだが、その紳士ならぬ淑女らしい穏やかな態度に何処か憧れのような物を感じていた。
バステは、自分があまり女として足らないところがあるような気がしてしょうがないのだ。
見た目どうこうとかではない、態度や性格の問題でである。
一体どうすればこんな優しそうな女性に。
いや、そんなのは今はどうでもよいだろう。
そんな事より、部屋に着く前にどうしても聞いておきたいことがあった。
その背に背負っている縦長の何か、それは一体なんなのだろう、と。
経験則からして、どうにも何かの道具ないしは武具の形状に似ているような気がしたのだ。
「...あの、ラニャさん。」
「はい?なんでしょうか。答えられることならば可能な限りお答えします。」
「ではお言葉に甘えて。......その背中の袋は、一体何なのでしょう。私の感覚からして、どうにも武器の類いの何かに思うのですが、見たところラニャさんは戦われる様なお方には見えなかったので。」
「あぁ、これの事ですね。これは、私に残された形見である剣が一本、そして、ある物が一本、入っているんです。」
「あるもの、ですか。それは一体?」
「それも剣、というか刀なんですけど、多分私の素人目で見ても普通ではない刀なんです。どうにもその、[とても固い決意、意志]が無くては振れないんだそうです。実際、振ろうとしたら腕を飛ばされるような痛みを感じてしまい、振る所では有りませんでした。」
「.........そんなに危険な物、一体、何処で?」
「...............亡き夫の、体の中に有りました。...経緯は解りません。」
「......え?」
その話を聞いていたバステは、ある伝説話を思い出していた。
その話の内容は、大雑把に纏めるとこう。
[ファクトと呼ばれる謎の武具が存在する]
という物だ。
だがそんなもの、実際に有るかどうかの確定的な証拠なんて何一つとしてない。
そもそも何故其があったのか、所有者だと自称するものたちに聞いてみても、[わからない]のだ。
そしてそれは、彼女の背に背負う謎の武具らしき刀もまた同じような気がした。
そこでバステは、自身も剣を振るう身としてとても好奇心を刺激された。
振ってみたいと、少し思った。
もし振れないのであれば、自身がまだまだ未熟な人間であるという目標が出来るというのも有るからだ。
「その、ラニャさん、私にその刀を触らせて貰えませんか?直ぐにお返しします。」
「え?.........別に良いですけど、きっと嫌な思いをしてしまうかもしれませんよ。」
「なればこそ。私の剣を想う気持ちがどれ程まで通用するのか、試したいのです。」
「.........分かりました。あまり無茶はしないでくださいね。」
「はい、本当にお手を掛けてすみません。それでは、少々失礼します。」
そういうと、ラニャは背中に背負う袋を床に下ろし、その紐を解いた。
そして中から有るものを引きずり出した。
それは、妙な黒色の光沢を放つ、一本の刀であった。
一体どんな素材で出来ているのかとても不思議に思ったが、そんなのは今はどうでもよかった。
危ないのでラニャから距離を取って、広い廊下にて自身の基本といえる型を取る。
「.........花鳥風月。」
バステ、というよりもロルナルスが習得したこの構えは、騎士校内でもバステの家流の者にしか使用者のいない剣技の一つである。
[バステ剣秘奥型]
壱型 花鳥風月。
習得期間は才ある者でも一年である。
この構えは、得物の柄を両手で深く握り込み、利き手側の肩の斜め上で静止、対象へ構える型であった。
特徴は、バランス。
その体勢から、攻撃、防御、回避、どの行動にも移ることが出来る応用性が利点である。
尚、見よう見まねでは一切意味がない。
そして、四つの型の中から一つの型しか学ぶことはできない。
理由は単純なのだが、[混同]するからである。
何パターンもの動きを脳内で呈示してしまうと、何れが正しい道なのか分からなくなってしまうからであった。
そんな中で最もリーズナブルなのが花鳥風月、万能の型なのである。
さて、それは後述するとして、バステはと言うと
びたっ。
「......?どうしました......?」
バステ「.........っ!?......何、これは。振ろうとしても、さっきから体が、動かない。」
こんなの知らない。
こんな、バステの型は剣や刀との親和性が一番高いはずなのに、何で。
試しに何時もの鉄剣でやろうとすると、スムーズに振れるのに。
.........私よりも細い体なのに、ラニャさんは一応は振れそうだったと言っていた。
...つまるところ、集中だ。
..............................。
息を止めろ。
心拍を抑えて。
目線を一点に。
汗を極力控えて。
............ここッ!
ダンッ!
「---はぁっっっっ!!」
ズギッ。
ッ!?
からからぁっ。
「痛っっ?!~~~~ッ!!」
「だ、大丈夫ですか!?だから無茶はしないでと言ったのに。.........でも、綺麗な一振りでした。綺麗でしたよ。」
ここから一分ほど腕を押さえていたバステは、その刀に謎の恐怖を感じながら、何とか部屋へとラニャを案内した。