第六話 意外な訪問
こんこん。
そんな扉の叩かれる音を耳にし、汗を吸った足を重そうに上げる。
運動明けの訪問とは、あまりタイミングが宜しくない。
「どうしました。今私は運動の直後で休憩していたいのですが。」
「あぁ、貴方がスラドさんですか?実は貴方の倒したあのストリートファイトのファイターのミゲルなんですけど、どうにも死んだらしいです。」
何?死んだ?
いや、死んでしまったのか?
何とか生き延びて貰わないと評判に関わるんだが、人殺し扱いは勘弁だぞ。
「それは本当なのかい?もしそうだとしたらあまり良い報告ではないな。」
---それはそうと、君は一体誰なんだ?
「あ、僕ですか?僕はあのミゲルの弟なんです。」
「......謝った方が良いのかな?」
「いえ、寧ろ嬉しいんです。」
嬉しい?変わった少年だな。
こんな変わった心意気の者なんて滅多には居ないものだが。
一体どういうことだ?
「その、実はミゲル兄さんは身内間でもかなりの厄介者として扱われていまして。その、物騒かもしれないんですが、誰かに殺されてほしかったんです。」
あぁ、なるほど、アイツは邪魔な人間だったのか。
つまり、私は彼の家族を結果的に解放した恩人だというわけか。
だが、それが一体。
「あのですね、実は貴方の家を訪問するつもりはなかったんです。今日此処に来るまでにも道行く人に聞き込みをしてやっとたどり着いた位なんですよ。」
「一体何の用なんだい、あまり無駄話は好まないんだが。取り敢えず上がりなよ。」
「いえ、結構です。早急に伝えねばならない用件なのですよ。」
早急に、か。そこまでの事か。
私の事に関する事で話さねばならない事だとすれば、恐らく私に面倒な事なのだろうな。
......あぁ、せめてもの感謝、というわけか。
「.........どうにもその............ミゲルの代わりとして、貴方をこれからのストリートファイターとして扱っていきたいという話をあの賭け場の管理人が喋っていたのです。」
「.........なるほど。」
「その、余計なお世話であればすみません。ですがその、もし少しでも役に立てるのであればと、どうしても一言伝えておきたかったのです。」
「いや、これはかなり助かるよ。そうか、すまないね、こんな私事のために此処まで歩かせてしまって。」
「あ、いえ全然。僕たちの家族を兄さんから救ってくれたのです、これくらいなんて事もありません。寧ろ足りないのではないかというくらいですよ。」
「いや、そこまでの心配は無用さ。
......おっと、では此方も何かお礼をしなくてはな。これはあの時のファイトで手に入ったファイトマネーの一部だ、受け取ってくれ。」
ごとっ。
「あ!いえいえいえ!全く要りません。これは貴方が努力して取られた物なんです、僕が貰う道理は有りません。」
「情けは人の為ならず。」
「............は、い...?」
「これは、家族を亡くした君を慰めるための金でもなければね、かといって此処まで来た君を労うための金でもないのさ。」
「......では...えと......何の?」
「これは、[今出来たばかりの友人]に、友となってくれた事を感謝する金貨一枚なのさ。受け取ってくれ、私の愛する友よ。」
「.........ッ!......ありがとうございます。いや、ありがとう、で良いのかな、スラド。」
「そう、それで良いのさ。私は...いや、僕はね友人。固い接し方は嫌いなんだ。だからお金をあげてでもさせないようにしたくなるんだ。」
「...っく...あははははは!!いやぁ、なんて言うのかな、面白くて笑っちゃいますよ、もう!」
「そうだと嬉しいことこの上無いさ。さぁ、帰りは僕も一緒に連れ行こうじゃないか。君の話を聞かせてくれるか?」
「勿論良いよ!おっと、名前を言ってなかったかな?僕の名前はミジェルって言うんだ、宜しくね、スラド!」
「あぁ、是非ともよろしく頼みたい。」
あぁ、なんて言うことだ。
たかが人間をなぶるだけでこれほどの収益があるなんて。
こんなの金貨一枚では到底払いきれない貰い物さ。
一目見て思うものなのだな、[この者とは馬が合う]なんて。
今のうちに友達になっておかなくては、もう二度と知り合う機会は無いかもしれないのだ、出費など問題無しさ。
「彼はね、スラド。彼は、ミゲル兄さんは、昔はいい人だったんだ。」
「.........あの図体だけの達磨みたいな男がか?」
「あはは!一々笑わせないでよスラド!
.........そう、彼は元々、僕がミゲル兄さんと慕うほどに素晴らしい人格者だったんだ。」
「.........ふむ。」
「だけどね?......ある日彼は、自分が100%正しいと思い行動したことを周りの人間から咎められ責められた事があったんだ。」
思ったよりも純粋だったのか、あの男は。
いや、少なくとも私が戦ったあの段階では、既に不粋な人間であったろう。
「それは、別に大した事でもない言い争いだった。それは俺のだ!良いや、それは俺がテーブルに置いといた金だ!ってね。置いてあった金額はなんと200ユース!どうでも良いでしょ?」
「200ユースなんざ、口喧嘩の時間で簡単に稼げるだろうさ。頭が200ユース以上分重ければの話だがね?」
「くはっ!それを言われたらお仕舞いだねぇ!
で、彼は言ったんだ。」
じゃあ、俺の物だってどう証明すれば良い?ってね。
そしたら、相手はこんなふざけたことを言ってきたんだよ。
馬鹿が、俺の物だって証明するのに俺が居れば充分だろうが、ってさ。
「アハハ!とんだ愚者だな、その男は。その理屈では相手の物でもあるだろうに、回らない頭だ。いや、浅はかな悪知恵は回るのかな?」
「~~っぷはッ!そう、そうなんだよ!なのにそしたらミゲル兄さんはこう言ったんだ![あれ、だったら俺のでもお前のでもあるだろうが?だったら半分に割ろうじゃないか]ってさ。」
ふふ、面白い男だな。
いや、面白いのはその男というより、愚かな状況そのものか。
「でね、[だから、それが当てはまるのは俺だけなんだっての!お前は違うんだよ馬鹿が。]って相手は言ったんだ。そしたら兄さんはその理解不能な理屈に何かが切れたみたいで......そいつの両目をフォークで刺し潰したんだよ。」
「なんと......思い切るのだな、あの男。まぁ、切れやすいからそうなのかな?」
「それ以来だよ、彼がまるで周りの意見を聞かなくなったのは。家族の話も全部無視するようになって、あの時の感触が忘れられないとか何とか言って喧嘩ばっかり始めて...。
...それで最後はストリートファイターになって一暴れしてから、貴方という本物と戦ってしまい、敢えなく惨敗!」
「「アハハハハァッ!!」」
「......さて、僕はそろそろ家に着く。此処までありがとう。またいつか、もし会えるなら会おうねー!」
「あぁ、またいつか[もし会えるなら]会おうじゃないか!」
そう、会えれば、な。
ミジェルは頭が良い、勘で気付いているんだろう。
[私が町から離れる]事を。
まぁ、私は別に戦闘が好きなわけでもない。
ストリートファイトで雑魚を相手にちんけな勝利を飽食するつもりなんて持っての外だ。
そう、会えれば会おうと言うのはそう言うこと。
だが、ほんの短かな時間でも放っておくのが勿体無いと感じるほどに、互いに知り合いたいと、友人になりたいと会った最初に思っていたのだ。
ありがとう、ミジェル。
私の打ち解ける事の出来た最初の男よ。
「---さて、スリカとスズキを呼ぶか。もうこの町を離れなくてはな。」
ジョークを語り合う程の仲になった友人を置いて、スラドは静かに、妻と息子を連れて町を抜けた。