第五話 バルト公国への入国
「.........当てなんて無いのだけれど、どうしましょう。」
今ラニャはバルト公国の外門検閲所の列に並びながら、何も自身に残されているものが無いことを思い出した。
以前であればダガ村に居たという証明となる書類巻きが有ったのだが、それを持っていたのは基本的にはライガであった。
自分で使う所か見たことしかないそれが必要なのを思い出したラニャは突然どうするべきか悩み始めた。
それほど自分の番になるまでに余裕はなかった。
どうしたものか。
悩んでいながら数刻。
もう自分の番になってしまった。
後ろの列の者に順番であるのを教えられ取り敢えず行ってみる。
がちゃっ。
「はい、どうも。今回はどの様な目的で?先ずは何か身分を証明できるものをお見せください。」
「......その、実は私の村が魔物に襲われてしまい、証明となる書類を紛失してしまったのです。その、どうしたら?」
「え、何?もしかして貴女もなの?」
「え、貴女もって、どういうことでしょうか?」
「いやね、実は貴女と同じように書類が不足している方が既に二名此処二組を訪れているんですよ。」
そんな人間がほかにも居るのか、と思った。
何があったのかは知らないが、自分のように魔物に襲われたのが原因、というのはあまり居ない。
零ではないが日に何度もあることではないのだ。
気になったので少し聞いてみることにした。
「あの、その人達は何で無かったのですか?私とはやっぱり違いますよね?」
「そりゃあんたそうだろう。確か今は夕刻だな、今から......えっとね、今朝位の時間にベグタ町から来たっていう身籠った女性が一人、それから日が丁度中心に来てたときに来たので夫と妻、赤子の団体だったかな。理由は良くある作成不足だよ。」
なるほど、そういうこともあるのだな、とラニャは思った。
あまり国へと赴く理由がないのであれば確かに作る必要性は少ない。
実際ライガも剣を買うために国に一度行く必要が有ったから作っただけであった。
ということは...
「作れるんですか?その、ここで。」
「うん、作れるよ。」
なんだ、心配するだけ損だったのね。
それなら大丈夫。
「あ、けどお金が掛かるんだよね。」
え、金?
「それって、幾らぐらい掛かりますか?......あまり手持ちが。」
「うーん、まぁ大体一万ユース位かな。高いんだけど、これで幾らか収益を得てる部分もあるんだわ、ごめんね。」
「い、一万。......今じゃないと、駄目ですか?その、2000程しか無くて。」
「え?足りない?...............聞いてる話だと、結構大変そうだね、貴女。赤ちゃんも居るわけか。名前はなんて言うの?」
「え、この子ですか?名前はミウラです。私の大切な子です。」
「そっか、夫さん、そういうことなんだね。............少し、当てがあるよ。」
「え!?あ、その.........どうにかなりそうなんですか?」
「うん、多分ね。本当はこういうのって規則的にアウトなんだけど、まぁ貴女みたいなどうしようもない人には幾らかの黙認が許されているんだ、安心してくれ。」
良かった、良かった、っとラニャは心からそう思っていた。
当て、というのがどうなのかは分からないが、取り敢えずどうにかなりそうである。
「えっと、まぁ今は俺が自腹で出しておくよ。今お金足りないんでしょ?」
「え、良いんですか?あーいや、そうして貰わないと駄目ではあるんですが。」
「良いよいいよ。無駄に高い給料貰っててもどうせ使い道なんか無いんだ。......その代わりに、お願いがあるんだ。」
え?お願い?一体何かしら、怖い。
「その子、見たところ男の子だよね?実はここ最近魔物の個体数が増加しているんだ。それを食い止める為に今バルト公国も合わせた色んな所の国が騎士校で沢山の子供たちを教育しているんだけど、そこにその子を入学させてくれないか?」
「騎士校......っていうのは、その、昔でいうところの戦士校、で合っているんでしょうか?」
「まぁ、そうだね。今から大体20年位前かな、戦士っていうのはあまり聞き耳に印象が良くないってことで、体の良い名前の何かに変更しようってなったんだ。それが騎士校。まぁ基本的には5年間の入学が命じられてはいるね。あ、勘違いしないで欲しいんだけど、産まれてから6年経たないと入学は出来ないからね?というより危ないからさせない。」
「そ、そうなんですね、安心しました。この子には剣の道に進んでほしいとは思っていましたが、流石に早すぎると思ったので。」
騎士校。
各国に存在する教育の施設であり、そこで必要な戦闘に関する知識や実践を約5年掛けて積む。
また、1ヶ月に一度の模擬試合で良い成績を残せば卒業した際の履歴に価値ある箔がつく。
それの良し悪しで国内で女性を得る或いは男性を得る際の難易度が大きく上下したり、尊敬されるかされないかも大きく変わる。
要は、[実力主義]であるのだ。
それに関しては、寧ろ聞かされている途中で素晴らしいではないか、とラニャは思った。
あれほどの剣技を持っていたライガの血を引いた子であるこの子ならば、首席なんて余裕でとれるだろう、と過大すぎるほどに思い込んでいた。
だが、強ち間違いでもない。
スキル。
騎士校を卒業する頃の者には稀に以前と比べて圧倒的な身体能力を得るものがいる。それはスキルを得るほどには才能が至らなかったが、相応の努力が実を結び魔力を肉体に帯びたという事であるのだ。
それはつまりもしもスキルなどという物を使える者であれば...............。
「それに、婿探しや嫁探しをするのにも騎士校はうってつけなんだ。それが理由で将来を心配する親が大事な子供を入学させることも有るんだ。
......貴女は全く違いそうだが。」
「えぇ、全く違います。私は、この子には世界で一番強くなってほしいんです。無理かどうかは分かりませんが、少なくとも、守りたいものを守れるほどには力を付けてほしい。.........この子の父のように。」
「.........素晴らしい信念ですね。分かりました、貴女を私の知る一人の騎士に預けましょうかね。あ、その騎士さんは一応女性ですから、辺な心配は要りませんよ。それに、腕は確かです。」
「.........有難うございます、検問所の方。いえ、黒ひげの素敵な方、の方が良いですか。」
「はは、綺麗な方に感謝されると嬉しいものですね。.........そうだ!実は先ほど話した二組の方なんですけど、実はその人達もその例の騎士さんのところで今面倒を見てもらってるんですよね。ぶっちゃけると貴女みたいな人達の処理は全てあの騎士に投げているところが有るんですが。まぁずっと面倒を見ているわけではないんで、自立可能になるか騎士さん本人がもう良いだろうと思えば寮から出されます。」
「分かりました、ありがとうございます。
..................どうしてれば良いですか?」
「え?今から送ってあげるよ?どうせ無駄に検問所は人手がある、代わり番なんてしょっちゅうさ。」
「その、色々とすみません。」
こうして、ラニャは無事バルト公国への入国を果たした。
因みに分かるとは思うが、二組と言うのは前のお話で語られたあの者達の事である。