第四話 崩落した村
「......此処が、バルト公国......。」
無き夫の事を気にやむ余裕すら与えられる事無く、ラニャはたった一人で、いや、一人の夫に良く似た元気な子供を抱えながら、バルト公国へとその足を運んでいた。
最初にあの村から逃亡していた人々はその後崩落した村を見て誰に見せるわけでもないやるせない涙を流していた。
倒れ伏す死体、その殆どが足止めをしていた村の男達の物であった。
だが、何か様子が可笑しかった。
何故だかは知らないが、村の者共の死体とほぼ同じ割合でゴブリンどもの死体が倒れ臥しているのだ。
これは一体どう言うことなんだ、最初はざわりとした人々。
だが、一人の女性がその理由を語った。
「......私の...おっ夫がッ、......倒したんですッ!」
何だと?あの男か?
確かに腕っぷしはこの村でも随一ではあったが、だからといって魔物を倒せるなどあるわけが
「あるんですッ!!......彼はッ!彼はッ!毎日馬鹿みたいに何かを信じて振り続けていたボロボロの鉄剣で、魔物どもを薙ぎ払っていたのです。」
あり得るはずが、無かった。
嘗ての人類には、稀に謎の力の感覚が体を巡る者がまま居たそうではあるが、それが有ったのは今からもう数百年前。
まさか、あんな女に振られるだけの頼りない男が、それほどの資質を込めていたのか?
村の人々は思った。
なんて、なんて言う馬鹿なことをしてしまったんだ、と。
ならば自分が飛び込んでその男を、ライガを逃がせば良かった、と。
そうすれば将来的にかなりの猛者となり、永くこの村を守らせることが出来たろうに、なんという愚かなことをしてしまったんだろう、と。
が、出来なかったのは所詮意志が弱かったせいでしかない。
そもそも今の人類に魔力を使えるものが居ない理由として一番大きな事が[怯え]であるのだ。
自信無くして自身を使いこなせるわけが無いのだから。
こうして各方の町や村に散り散りになることになったこの村の者共は、皆が一様にやりきれない顔を、その一人の死体に送りながら消えていった。
一人残されたラニャは、せめてもの感謝、餞別の意を込めて、自身の夫であった男の死体に、黙祷を捧げた。
ありがとう、貴方。
きっと貴方が居なければ、終わっていました。
私だけではなく、村の者皆が。
貴方が助けたのは、一人ではないのです。
貴方が助けたのは、村の者200人なのです。
これだけは、忘れないでください。
貴方を見捨てたわけでは、無いのです。
貴方を、愛していました。
あぁ、何でなのかしら?何で神様は、人びとに優しくしてくれないの?
天使様は何をしているの?
私たちのような人々を作り出すことに何の利益があって?
あぁ......せめて彼の死体だけでも埋めてあげなければ。
すっ。
立ち上がったラニャは、沈む気持ちを棄てて、彼へと歩み寄る。
抱き上げてあげたい。
だが彼にはもう腕が無かった。
千切られたような裂け方の肩部分からは、もう一滴の血も出ていなかった。
ラニャが助けてあげられるのは、涙という水気だけであった。
「....................何か、ある?」
彼女が眠る赤子を起こさぬように立ち上がろうとしたそのとき、彼の抉れた腹の中に、何か黒く光る一本の[何か黒いもの]が見えた。
警戒はしつつも、ごめんなさいと一言謝りその何かを手で掴み引きずり出す。
彼の肉が裂けきれる音がし、吐き気を催した。
ガタッ。ゴトンッ。
そんな、金属的な音を立てる一本のそれは、剣で、あった。
しかし、彼がこんなものを振っている場面は記憶にはない。
一体、何があったのだ?
ザ,ザザ,ザザザザザザザ,ザ------
ソレハ,贈り物ダ.
大切ニ使エ.
ソレハ,何ガアッテモ折レナイ、ソノ男ノ様ナ鋼鉄ノ意志ヲ持ツモノニシカ振ルコトハ出来ナイ.
君ハ使ワナイダロウ?イザトイウ時、子ニ渡セ.
イツカソレヲ体感スルノガ,楽シミダヨ.........
ザ,ザザ,ザザザザザザザ,ザ-------
そんな、不可解な音であった。
意志がなければ振ることは出来ない。
それは本当なのだろうか?
試しに血塗れの柄を瞑りながら握り、前へと振り回そうとした。
ずぎぃぃぃっ!!
「......あ"ぁ"ッ!!?な、何で?当たってなんかいないのに、右手が飛ぶような痛みが、今確実に有った?」
からくりは知らない。
だが、そういうことなのだろう。
きっと死の覚悟に類似するほどの執念、想いがなければ振ることの出来ない剣、なのだろう。
ひゅー、不意にそんな風が吹いた。
ぱさり。
「......紙。宛名は...無い?一体誰のなのかしら。.........悪いかもしれないけど、少し見てみようかしら。」
ラニャの足元に飛ばされた紙には、こんなことが書かれていた。
『名前は[万能の黒刀]だ。
特性は[不折]。
絶対に折れないのが特徴だな。
振れなくても盾には使えるから、大事にしなさいよ。
ずっと先で会うのが楽しみだよぉ!』
意味が解らなかった。
分かるわけがなかった。
まるで、手紙の中で四人が喋っているような、不思議な文章であった。
だが、今は名だけ覚えておくことにした。
ラニャ「ミウラ、貴方がもし剣の道に進むのであれば......これを渡さなければならないのでしょう。」
聞こえないのかも知れないけど、忘れないで。
これは不折の刀。万能の黒刀なの。
刀は折れずとも貴方が折れるときが来てしまうかもしれない。
だけど、貴方のお父さんは立派な方でした。
折れることなど有りませんでした。
厳しく、育てますからね。
だから、.........だから、
「この刀を......戦士校で振らせます。私が貴方に贈れる、最大の贈り物よ。」
これは、ミウラが今後の人生で肌身離さず使い続ける刀。
[ファクト]と呼ばれる数百年に一本の霊剣であった。
製造法は、無い。
[ファクト]はレア度のようなものです。