第一話 出生
---おいっ!生まれるだろ、早く受け止める準備をしろ!
---そ、そんなことわかってるよ!でもこの村で赤子を受け止めんのなんかまだ初めてで...
---この村もどの村もねぇ!誰だって最初は始めてなんだよ馬鹿野郎!
そんな騒がしい半ばお祭り状態の原因は、今まさに生まれようとしている一人の赤子であった。
まだ生まれてくるには少し早かったために準備など全くしていなかったのが大きな原因で無駄に焦っている状況であった。
だが幾ら砦端の寂れた村とはいえプロは動きが早いものだ。
焦ってばかりで手の動かない素人の男達を横に押し退け、自分一人でどんどんと必要な手順をこなしていく。
その技の早さは誰が見てもただ感嘆とする程の手際であった。
そして、
---......んっぎゃぁっ、んぎゃぁっ!
おぎゃぁっ!
新しい生命が一つ、この村に生まれ落ちた。
両親に良く似た黒い髪に、黒い瞳。
少し生意気そうな子に育ちそうな顔付きが、親への最大の贈り物であった。
「良く頑張ったっ!本当に頑張ったよっ!ラニャ!」
「......んーん、貴方が居なかったら、きっと支えが無かった、産めなかった。此方こそありがとう、ライガ。」
「はいはい、お二人とも良く頑張りましたね。私にゃこれが残された唯一の楽しみ、生き甲斐なんですよ、任せていただけてありがとさんね。」
ラニャ「いえ、此方こそ本当にありがとうございました。貴貴女というこの道の方が居てくれるだけで、生まれてくる子への心配なんてどこへやら。」
ライガ「えぇ、もう本当に。この事は一生忘れることはないでしょう、ミーンおば様。」
その言葉を聞くのを最後に、はいはい、とだけ一言言葉を述べながら部屋を出ていくミーン。
彼女は、生まれてこの方七十余年、この村に居続けていた。
この老婆がまだ幾らか若かった頃、五十余年の頃に受け止めた二人の女児と男児が、こうして立派な大人になる様を見るのは、とても嬉しいものであった。
うすらと笑いを浮かべながら、老婆は帰路へ着いた。
さて、そんな事はもう知らず。
ラニャ「貴方、この子の名前、どうします?」
ライガ「ん?......そうだな、考えていなかった。」
「んじゃあまず二人の名前にあるラを入れちまえばいいんじゃねぇの?そうしたらこう、受け継いだ!って感じがするしよ。」
ライガ「お、それいいな、ブルト。そうだな、それじゃあラルガ、なんてどうだ?」
ラニャ「ちょっと、それじゃ私に似てないみたいじゃないですか。ランサ、なんてどうです?」
ブルト「いや、それも大して似てな」
ラニャ&ライガ「うるさい!」
ブルト「あ、はい。」
こうして二人はたっぷりと1時間悩んだ。
途中途中でとんでもなネーミングが出、その度に気のせいか赤子の顔が歪むような感じがしたが恐らく気のせいであろう。
そうして悩んだ末に決まった名前は......
ライガ「......それなら、ミウラ、じゃどうだ?何かほら、語呂も優しそうだろ?」
ラニャ「あら、良いネーミングですね。それならばそうしましょうか。」
ブルト「はぁ、やっと決まったか。」
こうして付けられた名前は、ミウラ。
後に英雄[ミウラ]と呼ばれる事になる男であった。
だがこれはまだ序章にすぎない。
まずはゆっくりと、彼の歩む最初の足を見つめていこう。
「おぎゃぁ!おぎゃ、おぎゃ!」
ラニャ「あら、何か欲しがっているのかしら。ライガー、赤ちゃんがまた泣いちゃったの!おば様に聞いてきてー。」
ライガ「えー、またなのか。これでもう八回目だぞ。......はぁ、行ってくる!」
後日。
すっかり体も休めて育児に取りかかろうとした所、一切のすべき事が分からぬラニャにとても不安な物を感じたライガは、しょっちゅうミーンおば様の元へ走り使わされていた。
とても内心面倒なのだが、子供のため、何とか頑張っている。
はぁ、俺はパシリじゃないんだぞ。
一体何だってこうも男ってのは扱いが粗雑なんだ!
腹が立ってくるっ!......が、自分の子供が可愛いんだろうな。
......それは俺だって同じだ馬鹿!
可愛いと思うならせめて共同にしろよラニャ...
そんな愚痴を脳内で全力でかましつつ、颯爽と走り抜けて行くライガであった。
さて、一体ライガはこの後どれ程の面倒事を片付けるのか、見物である。
---や、やばいぞっ!魔物が沸いたぁっ!
---女子供はさっさと逃げろ!俺達が何とか食い止めるっ!
---でも貴方ぁぁっ!それじゃあこの子がっ、一人にっ!
---~~ッ、馬鹿野郎!お前が居るなら一人じゃないだろうが!まさか本当の一人にするつもりじゃ無いだろう?!だったら早く行け!
辺りは、炎上。
あの日から2年ほどの年月が経った今日の夜、とうとう訪れてしまった悪夢。
魔物。
人々の力では到底手に負えないこの化け物たちは、時折何の拍子もなく突然沸き、近場の村や町へと侵攻を行っては男や女に関わらず、食い散らかしていく忌みなる存在であった。
どうしようもないわけではない。
武器があれば大人数人掛かりでギリギリ追い返せなくもない。
が、今回は襲撃、規模が違った。
もうミーンおば様も喰われた。
自らの命を差し出すかのように率先して魔物達を誘き寄せ、村の外へと逃げていったのだ。
当然、帰って来た魔物の口に垂れていたのは涎と白髪であった。
そしていつも軽いテンションで周囲を暖めていたブルトは、もう肋骨を砕かれ先は長くない。
これを見て村の物達は逃走のスイッチが入った。
だが誰か一人は時間を稼がなくてはならない。
そこに出たのが、ライガであった。
村一番の力自慢、毎日剣の素振りを1000、鍛えられたその肉体でゴブリンを倒したこともあった。
---...時間を、稼ぐ。もし帰れそうなら、帰るよ。約束する。
---嘘言わないでぇっ!だって貴方、もうッ!
---気のせいだッ!なぁにこれくらいの怪我、たかが左腕一本、大したことはない。
ライガ「それに、なんだろうな?こう、力がみなぎってくるんだ。」
そういうライガの手に持たれた血塗れの鉄剣には、幻覚か、黒い何かが吹き出続けていた。
そう言いながら振るう剣で、たったの一撃でゴブリンの一匹の首を飛ばす。
ライガ「......ありがとう、ラニャ。最後にその子の顔を見せてくれて。」
形見だ、剣を持ってけ。
もう残せるものは何もない。
ただ、その剣だけだ。
それは、スキル。
人類が認識することなど無かった、努力の結晶。
この剣スキルは、後に自らの子が引き継ぐことになるとは思わなかっただろう。