第十六話 最後の出生
ある日。
夜。
寮内で過ごしていたスリカに、陣痛が始まった。
先程までは何とか喋っていたが、そろそろ予定されていた一週間が終わる頃ではあったため欠かさず警戒は張ってあった。
それが功を奏したのか、突然痛みで倒れることなくスラドが横から支え別室へと運び、周りの女性陣は痛みに耐えるスリカに声援を送っていた。
そして、別部屋で待機していたこの国の助産師である還暦近いベテラン女性に直ぐ様様態を確認する。
......もうすぐ産まれるのは、間違いないそうであった。
そうか、とうとう私にも子供が、なんてスラドが考えていると、それを思うにはまだ早いのだということを知らされた。
痛みのあまり、顔が青ざめて呼吸を取っていないのだ。
これはどういうことだ。
そんな状況に付いていけずに呆けてしまっているスラドは、周りから見ても珍しかった。
状態を察した助産師がすぐに腹や背中、喉奥をさすり刺激を与えると、その吐き気で何とか痛みに打ち勝ち呼吸が出来た。
これ程までに体の弱い女性は、出産で死んでしまうこともあるのだという。
実際、何度も子の命と引き換えにした故母を看取ってきたというその眼には、確かな力があった。
そんな事にはさせない。
絶対にそんな状態まで弱らせない。
この場にいるものは何か出来ることは無いかと老年に聞いた。
帰った来る言葉は、一つ。
言葉をかけてあげるだけだった。
下手げに素人が手伝うと、反って極期の妊婦を危険に晒す事のが多いと言う。
だが、この場にいるラニャもナーギャも、どちらも出産の痛みを経験していた。
そして、それを乗り越えているのだ。
これ程までに力強い味方が居るのだろうか?
その覚悟を内に感じた女性は、ならばタオルと出産の催促を頼む、と全面的に協力するように頼んできた。
待っていたと言わんばかりに顔を引き締めると、二人は瞬きするようにスリカの横へと張り付き始めた。
だが、この場にいるスラドは、妙な罪悪感にストレスを感じていた。
何故だろうか。
何故私は、スリカが苦しんでいると言うのに、とても同情してやれないのだ。
男だからとかそういうのではない気がする。
もう、こんな辛そうな彼女を、見たくないんじゃないのか?
逃げたいんじゃ。
どうしたら、どうしたら......。
忙しなく動き続ける女性の横目に、情けない姿の男が目に入った。
その男は、横で知り合いの者がこれ程までに献身的な介護をしていると言うのに、何も自分では動いてなどいなかった。
女性は、静かに場を任せると、数メートル離れたところにいるスラドに近付き、言葉を掛けた。
あんたは、どうしたいんだ。
え?
突然の言葉に、らしくもなく狼狽えてしまった。
普段のスラドとはとても思えない。
だが、本当に自分は何がしたいんだ。
なにもしないのに、居て意味などあるのか?
甚だ疑問であった。
だが助産師の女性は、厳しい言葉を送りつけた。
もしあんたがこの場から居なくなると言うなら、あんたには生まれてくる子供を育てる権利はないよ。
一瞬、意味がわからなかった。
どういうことなんだ。
聞き返そうとすると、またもやことばが飛んできた。
親ってのはね、ちゃんと認められる過程があるんだ。
ただ肌を重ねて子供を身籠ればパートナー同士が両親となるんじゃない。
そこに母性愛、父性愛を感じることが出来るか、先ずはこれが一つ。
二つ目、あんたは今此処にぶつかっている。
産まれてくれば自分も父親になるんだ、なんて他人事染みた思考を回してやがるんだ。
そんなの、他人と変わらないよ。
最後まで、見届けるんだ。
それしかやることがないんだ。
それもやらないんなら、あんたは父親でもなんでもないよ、只の余所者さ。
そして、最後。
母として認められる条件が出産の痛みと子を抱くことなら、父として認められる条件は、母子を包む根の優しさなんだよ。
そ、それは一体?何を、すれば。
全くもって頭が回らなくなってしまっていた。
スラドは今、人生の大先輩であるこの女性の言葉に、ただひたすらうちひしがされていた。
それもそうだ。
まるで見透かされているように、自分の思考を当てられるのだ。
恐怖等ではなく、寧ろ尊敬の念すら感じていた。
彼女は読心術を覚えているわけではない。
この特殊な空間内での長い経験が、きっとそうなるだろう二人の男女の思考を予測しているのだ。
とてもじゃないが、そんな芸当は無理だ。
「あんたはね、今とてつもなく辛い負担を負っている。けどね、其所から逃げないのが、父親の責任なんだよ。女が腹の痛みに堪えるのが責任なら、男は心の痛みに耐えるのが責任なのさ。」
とても重い、言葉であった。
スラドは、人生で初めて、尊敬できる人間を自身の目に刻み込んだ。
そして、それから幾ばくかの長いような短い時間の後。
「う、産まれた、のか?」
「う、ん。そうだよ、私と、貴方の、子供なの。」
「そ、そうか、僕と、君が、親になったんだね。」
「うん、うん。やっとお母さんになれたよ、スラド。ありがとう、見守ってくれて。」
「いいや、逃げたくて仕方が無かった。この人が居なければ、今ごろ僕は扉の奥から君を抱きに来ていたさ。」
こうして、無事に子は産まれた。
名は、以前から決めていた通り、[スズキ]と言う名前を付けられることになった。
誰の反対もなく、満点である。
それから四年の歳月。
とんとんとんとんッ。
鼻に付く旨そうな匂い。
食事の時間だ。
ラニャ「ほら皆ぁ~~!朝ですよーーー!!」
何時もの優しい声が、三人の耳に入った。
眠そうではあるが年長者であるミウラは、未だに眠ろうとするナガサワを叩き起こし、ぐずるスズキに腹を立てていた。
ミウラ「早くしろよー、母ちゃんが呼んでんだよー。」
ナガサワ「............いっていいよ。」
ミウラ「そういうわけにもいかねえんだって!来ないと俺が怒られるんだよ~!」
スズキ「ミウラが怒った!怒ったよナガサワ!」
ナガサワ「うん、怒ったね。じゃあ怖いから起きようか。」
スズキ「うん、わかった。」
ミウラ「な、なんだよそれは。俺、何かやったか。」
そんなやり取りをしていると、誰かが家の階段を上がってきた。
びくりとする三人。
この静かな足音は、恐らく。
「皆、早くしなよ。母さんたちが怒っちゃうぞ。」
スズキ「あ、お父さぁーん!」
ばたばたっ!
スラド「はは、朝から抱きつかなくて良いから。ほら、行くよ、皆。」
ミウラ「......っち、なんで俺まで。はーい。」
スラド「これからも宜しくね、ミウラ。」
ミウラ「.........はーい。」
朝の時間だ。
あの日以降、紹介されたギルドで日々奮闘していく内に、スラドはバルト公国で知らないものはいないほどの強者として顔と名前を知られていた。
その影響でか、難しい依頼も受けやすくなり、バステ等騎士達と動きを共にすることも少なくはなかった。
それにより冒険者とは思えぬ収入を得続けているスラドは、思い切ってバステに頼み、家を買うことに決めた。
金額は、2000万ユース。
2年以上毎日依頼をこなし続け、難度の高いものも片っ端から潰すことで、これ程の金額を払うことが出来た。
そして、そこに皆で住もうということになった。
スリカとスラドのみで住むには広すぎるし、そもそも二人が居なくなっては、寂しくてしょうがないというものであった。
ラニャとナーギャは、顔を上下に振って付いていった。
それから一年と少し。
現在に至った。
これから二週間後、世界歴を基準にすると4月の6日。
ミウラはまだ五才のナガサワ、四才のスズキを置いて、一足早く入学であった。
嘗ての入国条件にあった。
騎士校への入学である。
だが、心配など微塵もない。
あれほどの父を持っていたミウラを、母のラニャは誇りに思っているのだ。
ミウラにも、小さいながらに気合いが入っていた。
最近では、家の庭でスラドの指導付きで剣を振る練習も始めていた。
使っているのは、父の形見というボロボロの剣。
だが、何やらその剣からは、温かさを感じた。
これから、これからである。
これで親たちのお話は終わりです。
これからが本編です。




