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第一章 メーディスとクレス~アキトとの戦いの結末~

 覚醒の瞬間はいつも突然だ。

 夢と現実が混濁した脳は、見たことのある部屋の天井を既知のものと認識するまで時間をかけてしまう。束の間の夢ごごちが過ぎ去り、ヒロはようやく自我を取り戻す。

(ここは……、ワタシの部屋では、ないな)

 視線を足元に向ける。すると、彼が横になっている布団の端と間仕切りが囲うように設けられているのが視界に入る。同時に、殺菌・滅菌処理を主張する潔癖感のある香りが鼻をくすぐった。

(病室か)

 ヒロは上体を起こしてみる。その試みはあっけなく成功し、寝床の周りがよく見えるようになる。そして、隣に設けられている机で誰か寝ているのに気づいた。

「……」

 じっとその人を見つめる。腰のあたりまで伸ばした艶のある豊かな髪。服の上からでもそれとなく分かる女性特有の曲線を描く肢体。静かな寝息に合わせて肩の辺りが微かに上下している。

(そうだ、起こさなくては)

 見蕩れてしまっていた自分を少し恥じつつ、ヒロは彼女の肩を軽く叩く。

 彼女の寝息が止まる。続いて、長く整った睫毛に彩られた瞼がゆっくりと持ち上げられる。だが、身体が起きても脳の覚醒が同じとは限らない。目が半分開いたところで瞼が止まってしまった。

 彼女は焦点の定まらない瞳で、肩を叩いたヒロをしばらく見つめていた。それは実に両手で数えるほどの時間だった。

「あらごめんなさい。わたくしったらつい……!」

 慌てて居ずまいを正し、椅子に腰かけたままヒロと向き合う。そして咳払いを一つして再び口を開いた。

「おはようヒロ。御加減はいかがですか?」

 寝起きの慌てた表情から一転、柔和な笑顔で彼女は尋ねる。その変わりようは、ヒロが称賛を送りたくなる程に見事なものだった。

「特に問題ありません。痛みは全くないですし身体に変な違和感もありません」

「それは良かった! 家の者にもそう伝えますね」

 彼女は身に着けていた腕時計に片手の人差し指で触れる。そのまま指だけ真横に移動させると、何もない空間に円形の紋章が現れ、その中から四角い画面が現れた。そして、手で数えるくらいの間、その画面上で指を押し付ける。するとその画面はまた紋章の中を通ってそれ諸共消えてしまった。

 一連の流れを見ていたヒロが不思議そうにしているのに彼女は気づいた。

「これのことですか。初めてみせた訳ではありませんけど、やはり興味深いものなのですね」

 左手首に着けたそれを指差して彼女は笑みをこぼす。

 万能時計――普段は腕時計として時刻を所有者に示す役割を果たしている。同時に、特定の操作を行うことで別の機能を使うことができる。その際、秘学技術の空間転移を用いて任意の機器を呼び出すことにより、空間制約性を抑えつつ利便性を向上させている。科学と秘学の技術融合が生み出した好例の一つだ。

「ワタシはそんなに変ですか?」

「いいえ。あなたはやはり『転生者』なのだと思っただけです」

「どういうことですか?」

「深い意味はありませんよ。『転生者』のほとんどは秘学、ひいては魔法のない世界から来た方である。そのことを思い出しただけです。他の『転生者』の方々もそうですけど、この世界の技術を見るとよく驚かれますから」

 そう言うと彼女は穏やかで仄かに嬉しさを交えた笑顔を浮かべる。

「ところで、さっき家の者といいましたけど、誰に連絡を?」

「お母様とわたくしの従者ですけど……?」

 疑問符を頭に浮かべる彼女。けれど、すぐに合点がいったようで

「ジョシュアには言ってませんよ。文句とか小言とかいちいち五月蠅いのは知っているでしょう?」

「そうなのですか?」

「? 話したことありますよね?」

 ヒロは必死に思い出そうとする。けれど、そんな記憶は見当たらなかった。

 頭を悩ませているヒロを見て彼女は口を開いた。

「そういうこと。家族以外には猫を被っているのね。ジョシュアらしい」

 その口調は今までと違い、若干の皮肉と呆れが含まれている。

わたくしやお母様に対しては何かと口を挟んだり愚痴をこぼしたり、それなのに理屈は通っている。正義感は強いけど人との調和も大事にするから、その捌け口は自然と家族の前になるのよね」

「そうなのですか」

「ええ。あなたと出会ってからは特に。『転生者』の話をする度にわたくしとあなたの関係を邪推されて揶揄されるのです。ジョシュアにとっては恰好の話題なのでしょうけど」

 そう言って肩をすくめてみせる。台詞だけ聞けば迷惑しているというような印象を受けるが、彼女の表情と仕草がそれを否定している。

「とても仲が良いんですね。彼のことをよく理解している」

 ヒロの発言を聞いた彼女は、少し間を置いて失笑した。

「変なことを言わないでください。まるでジョシュアが恋人か何かみたいな言い方ですよ」

「……違うんですか?」

 彼の問いに彼女は表情を崩さざるを得なかった。

「そんなことを言われたのは初めてです。昔の王族ではないのですから姉弟で恋愛はあり得ませんよ」

 破顔して楽しそうに笑う彼女。今日一番の笑顔だった。

 ヒロもつられて口許を緩める。自分の早計さに対して恥じらいがない訳ではない。でも、目の前の女性が見せる屈託のない明るい表情は、心地良さを感じさせるものだった。

「あなたが冗談を言うなんて思ってもみませんでした。明日は嵐になるかもしれませんね」

 一歩間違えれば皮肉にも捉えられかねない言葉も、彼女にかかれば会話の潤滑剤となる。実際、ヒロは全く嫌な気はしなかった。



 話が弾み始めたところで病室の扉が開く音がした。程なくして一人の女性が仕切りの間から姿を現す。

「メーディス様。お迎えに上がりました」

「ありがとうクレス」

 クレスと呼ばれた彼女は、紺を基調としたパンツルックのスーツを着用している。背丈は高めで、髪を肩にかからないように短く切り揃えている。腰に身に着けた鞘と氷のように凍てつく目つきは、他者を寄せ付けない威圧感を放っていた。

「ところで、ヒロについてお尋ねしますが」

 クレスに横目で見られるヒロ。心なしか目つきの鋭さが上がったように彼には見えた。

「当方がいない間に何か粗相をしませんでしたか? どのような些細なことでも構いません」

 話している時も一瞥、というより最早睨んでいるという表現の方が近い。目以外は至って無表情なのが余計に怖さを感じさせた。

 病室でヒロの話し相手だった彼女、メーディスは視線を空中に漂わせながら答える。

「粗相なんてありませんよ。寝ている時に身体を触られたくらいで」

「殺しましょうか?」

 クレスはヒロの首元に剣を突き付けていた。返答を聞いた瞬間に、目にもとまらぬ速さで鞘から剣を抜いたのである。並の人間には無理な所業だ。

「戯れが過ぎますよ。ここは病室です。他の方もおられるのですからここでは慎んでくださいね」

「申し訳ありません」

 笑顔で諭されたクレスは、素直に謝罪して剣を鞘に納めた。

(良かった……)

 事なきを得て安堵するヒロ。その彼の額に今度は拳銃が向けられた。

「こちらであれば他人に迷惑をかけないと考えます。消音機能付きで騒音の心配はなく回避されるリスクも低い。いかがでしょうか。ヒロを殺しますか?」

 状況が悪化した。剣を向けられた時は、本気で殺そうとは思っていないだろうと半信半疑で成り行きを見ていた。しかし、二回目となると話は変わってくる。剣から銃に変わったことで殺傷性が高くなっていることを考慮しても、彼女の殺意は疑いもないだろう。

わたくしではなく彼に訊いてください。弁明を聞くことが筋だと思いますよ」

 メーディスはそう言ってヒロに視線を送る。話の展開によっては死傷者が出てもおかしくないはずだが、彼女は笑みを崩さない。

「ヒロ。メーディス様の寝込みを襲った件について、言いたいことはあるか?」

「全く身に覚えがありません。何かの間違いです」

「犯罪者は大抵そう言うものだ。メーディス様、ご決断を」

(本当に聞いただけ……)

 ヒロは呆れる他なかった。仕方なくメーディスの発言を待つ。

「クレス、わたくしは襲われていません。肩を叩かれただけですよ」

「……そういうことでしたか。申し訳ありません。ヒロも疑って悪かった」

「誤解が解けてよかったです」

 ようやくヒロは安心できた。話の流れが予想出来ていたとはいえ、万が一ということもあり、気が気ではなかったのだ。

 ヒロに身に覚えがないのは事実。誤解であるならばメーディスが無実を証明してくれるはずだと彼は考えていた。

「メーディス様、お引き留めして申し訳ありません。すぐに帰り支度を」

 銃を懐に戻したクレスは、メーディスの上着を取って彼女に着せる。

「帰る前に確認したいことがあるのだけど。ヒロに剣を向けた理由を教えてもらえる? いくらあなたでもやり過ぎだと思ったの。ヒロも知りたいでしょう?」

「ええ、はい」

 メーディスに尋ねられ、ヒロは必要最低限の言葉で答える。

 着せ終えたクレスは、メーディスを椅子に腰かけさせるとおもむろに口を開いた。

「正直に申しますと殺す気はありませんでした」

「やはりそうでしたか」

 メーディスは納得したという表情で相槌を打つ。

 クレスは話を続けた。

「彼がアキト殿と対決したことで、彼に何か変化が起こっているか確かめたかったのです。聞いた話によれば、強制的にではあるものの能力の片鱗を見せたと。アキト殿曰く、能力の強制開放は終わっているそうですが、それによる心身の変化までは分からないとのこと。それならば、敢えて危機的状況に陥らせることで、どんな影響が現れているのか確認できると思い実行に至った次第です」

(アキト……。確か『転生者』のはず)

 転生者――この世界において、前世の記憶を持つ者、あるいは前世があったと証明できる者をそう呼ぶ。近年では、その中でも特異な能力を持つ者に対して使われることが多い。

「話は分かりました。それで、確認はできたのですか?」

 メーディスに促される形でクレスは結果を述べる。

「結論から申し上げますと、明確に影響は出ていないようです。反応速度は以前と変わらず、余計な抵抗を見せないのもいつも通りでした。既知の間柄ということもあり、危機意識を呼び起こせなかったことも理由に挙げられますが、良くも悪くも変化なしだと当方は考えます」

「そうでしょうね。わたくしから見てもそのように思います」

 クレスの考察に肯定の意を示したメーディスは、今度はヒロに視線を向けた。

「ヒロ。あなたは何か訊きたいことがありますか?」

「はい。あります」

 彼女にそう尋ねられて、ヒロは即答した。

「ワタシが病室で寝ていることには理由があるはずです。その経緯を教えていただけますか?」

 ヒロの問いに彼女らは目を合わせる。メーディスが首を横に振ると、クレアは軽く一礼し半歩前に出た。

「当方が説明します。あなたとアキト殿との戦いは、アキト殿があなたを眠らせたことで幕引きとなりました。メーディス様が修練場に着いたのは演習終了と同時でした。そこで、メーディス様は当方を呼び出し、大事を取ってあなたを医務室まで運んだのです」

「そうだったんですね」

 クレスの説明を聞いてヒロは納得する。そして、自分の身体がほぼ怪我のない状態で運ばれたのが意外に感じた。

「そういえば、命令があと少し遅ければ、自分は負けていたかもしれない。そんなことをアキト様は仰っていました」

「命令?」

 メーディスの台詞に疑問を覚えたヒロは思わず尋ねた。

 それに答えたのはクレスだった。

「アキト殿は『強制支配者』の異名を持ち合わせています。彼自身は『アブソリュート・オーダー』と呼んでいるらしいですが。彼曰く、言葉一つで人や物を意のままにできるとの話です」

「……」

「あなたを眠らせたのも『眠れ』と言ったかららしいです」

 ええ、とメーディスが横で肯定する。

 命令しただけで対象を支配し操ることができる。そのアキトの能力は紛れもなく強い。しかも、その対象が人だけでなく物でも可能というのである。

(命令に制限はないのか? 何でも言う事を聞かせられるのか? ……よくワタシは生きていられたな)

 唖然とするヒロに対してクレスは話を続ける。

「アキト殿は『転生者』の中でも指折りの実力者です。そんな彼に認められるとは驚きです」

「……そうですね、ありがとうございます」

 アキトに関する情報が衝撃的過ぎたため、礼の言葉から感情が抜け落ちていた。



 メーディスとクレスが退室する。

 彼女らがいなくなった部屋で、ヒロは何事も起きなかったことと己の身体が特に問題ないことに安堵した。そして、彼女らに心のうちで謝罪する。

(すみません。お二人のことを覚えていないんです)

 先程までの会話を思い起こす。無い知恵絞って上手く誤魔化せたと思う。拙いと思った瞬間もあったが、別の意味に捉えてくれた。だが、

(正直に話せばよかった。けど、あの笑顔を見てしまうと……)

 良心の呵責を覚える。同時に、言う機会を逃したのだから仕方がないと言い訳をする。

 この世界の知識はある。しかし、人との記憶がない。どうしてそうなったのかは見当がつかない。

 しばらく考えていたが答えは出なかった。ヒロはとりあえずもう一度布団の中に入って寝ることにしたのだった。

ようやく更新できました。とりあえずは一段落です。こんな感じでチートキャラと戦っていけたらなと。まあ、今回はヒロの能力の片鱗を見せるということで、次章からはアキトの補助は入りません。その1でのパッとしない感じから、チートキャラと対等に戦えるようになるまで成長させていこうかと思っています。

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