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第一章 修練場

 窓から差し込む暖かな陽光。つや出しされた床は天井の照明と室内の人間二人を微かに映し出している。森の面影はどこにもない。

「そこまでだ」

 落ち着き払った男の声が部屋全体に重く響く。しかし、もう一人の方、先程まで戦っていた兵士は、室内修練場の床に四つん這いのまま息を荒げていた。

「立て」

 男の命令に兵士は立ち上がる。息を整えながら、彼は感情の読み取れない男の顔を見つめた。

「ヒロ上等兵。今回の模擬戦闘について思うところを述べよ」

 男の言うように、ヒロと呼ばれたその兵士は模擬戦闘すなわち仮想の敵と場所で戦っていたのだった。

「……はい。結論から言えば、今日一番の成績だと思います」

 男は黙って聞いている。ヒロは臆することなく話を続ける。

「打ち取った人数は、本日の戦闘で最も多いです。地形的に襲撃者にとって有利な森林であることを考えれば、ここ数日の成績に照らし合わせても高評価に値すると思います」

「……」

「反省点としては、襲撃者の数が四人と勝手に決めつけて警戒を怠った点です。結果、背後を狙われることになりました」

 ヒロの自身への評価を聞き終えても、男はしばらく沈黙を守っていた。目を瞑り、顎に手を当てて何事か考えている。

「エドワード小隊長?」

 ヒロの呼びかけに答えるように、その男はゆっくりと目を開ける。

「お前の見解は正しい。そこに関しては俺も同じ意見だ」

 エドワードの台詞には否定的な内容はなかった。ヒロは高揚した気分になりかける。しかし、次に彼から告げられた言葉は意外なものだった。

「だからこそ不可解なのだ。お前は普通じゃない」

「え?」

 喜んでいいのか分からない。せっかく盛り上がってきた気持ちが行き先を見失って右往左往していた。

「模擬戦闘は一日に五回もできればいい方だ。回数を重ねていくと戦績が落ちていくのが普通だ」

「そうなんですか」

「ああ。通常の戦闘訓練に比べ、精神的な疲労が大きい。今回のように、仮とはいえ死ぬことも珍しくない。現実ではまず起こり得ない感覚なのだから、心身ともに多大な負担を強いることになる」

 模擬戦闘は事前に用意された仮想空間で行われる。訓練者の感覚や戦闘場所の環境設定は、極力現実に即したものになっている。一方で、死に直結するダメージは、仮想空間であろうとも現実世界の肉体がショックで死んでしまう可能性があるため、軽減されるか直前で強制終了されるのが常だ。とはいえ、仮想空間における現実との感覚の齟齬は、それだけで脳や身体への負担となってしまう。戦闘訓練による肉体的疲労に加えて、仮想空間における精神的な疲労が積み重なれば、模擬戦闘の連続試行回数とその戦績が次第に反比例するのが一般的な傾向であった。

「だがお前は違う。当然のように毎回十数回をこなしている。鍛錬を見るようになって一ヶ月が過ぎようとしているが、今までにそんな奴はいなかった」

 エドワードの文言を反芻してみるが、何が変なのか分からない。他人事にしか聞こえなかった。

「しかもだ。ヒロ上等兵の場合、決まって回数と成績が比例するのだ。これを見てみろ」

「魔法、じゃなかった秘学の用紙ですけど」

 渡された紙を見てヒロは首を捻る。隅っこに刻印が描かれていたが、それ以外には何も書かれていなかった。

 秘学――古代で魔法あるいは魔術などと呼ばれていたものは、長年の研究の末、『秘学』と名称を変えて学問の一派として名を連ねている。その技術は人々の暮らしにも大きく影響しており、科学と並んで関心の高い分野である。実際、ヒロが訓練していた模擬戦闘も秘学の技術が用いられている。

「手をかざすと表が見える」

 エドワードに言われた通り、ヒロは用紙の上に右手をかざす。すると文字や表が浮かび上がってきた。

「わたしの成績をこんな風に見たのは初めてです」

 用紙にはエドワードの評価が記載されていた。模擬戦闘では条件が同じではないため、数字一つ見て比べることはできない。仮想空間の条件、敵の数や強さ、戦闘における任務等の達成度、それら全てを総合的に評価していた。

「一般に、体力や気力に限界がきて、最後の方は成績が悪くなるものだ。だがお前の場合は、なんというか逆だ。普通じゃない」

「そういうものですかね」

 見終えた評価表をエドワードに返す。正直なところ、実感があまり湧かなかった。

「そういうものだ。戦っているお前より、仮想世界を創り出す俺の方が先に限界が来る。『賢者の石』を使っているはずなのに、おかしな話だ」

 眉一つ動かさず用紙を受け取るエドワード。表情や仕草から感情が全く読み取れない。普通・・からどれくらいかけ離れているのか、彼を観察しても推し量ることはできなかった。

「『賢者の石』ですか? それって、どういう物なんですか?」

 よく分からないことは後で考えればいい。そんな風に自身の問題を先送りにしたヒロは、エドワードが口にした単語に少し興味を持った。

「そういえば知らないのだったな」

「専門的なことは勉強不足ですので」

 彼自身が言っている通り、ヒロの知識量は一般的な同年代の少年少女に比べて劣っていると言わざるを得なかった。理由は簡単で学校に行けていないだけであり、彼と同じ十六歳であれば、大抵は高等教育課程に進学するのが通例となっていた。

 彼の境遇に理解のあるエドワードは呆れたり見下したりしない。知らないものについては正しく教えることが大事だと考えている。つまり

「正式名称は『飛竜結晶』と言う。秘学において秘術を行使する際に重要な『秘流』が結晶化したものであり、主に秘流が沸き上がる『竜泉』や秘流の通り道である『竜脈』沿い、秘流が地下へと沈み込む『竜溝』で見つかる。秘学がまだ魔法と呼ばれていた時代では魔法の行使を手助けするものとして『賢者の石』と呼ばれていたが、現在では膨大な秘流が寄り集まって結晶化されたものと定義されており、大規模な秘術や中規模程度の秘術を連続行使する際によく用いられる。初めて歴史上に登場したのは」

「すみません小隊長、後で勉強しておきます」

 懇切丁寧に解説しようとした結果、説明を受けるヒロが理解が追い付かなかった。なにぶん口頭のみのため、それだけで理解しようとするのはハードルが高い。

「そうか、分かった」

 小言は一切口にしない。それがエドワードの美点だとヒロは思っている。潔く男らしいし、器の大きさも感じる。言葉数の少なさと表情の乏しさから何を考えているか分からない点については、一旦、思考の外に放り投げることにした。

「普通じゃない点はもう一つある。この一ヶ月訓練を見てきたが、一日の訓練の初めは、動きが決まって素人のそれになっている」

「ああ、そのことですか」

 言われてヒロは苦虫を噛み潰したような顔になる。常人離れした体力・精神力が彼の長所であるならば、自身のポテンシャルを十全に発揮できるようになるまで必要以上に時間がかかる点が彼の短所であった。端的に言えば、彼は一日で戦士から素人に戻ってしまうということでもある。戦闘局面によっては、足を引っ張るどころか命取りにさえなりかねない。

「それについては何度も言われていますし、現時点ではまだ原因が分からないと申し上げていますよ」

「未だ原因不明か」

「はい」

 この話題はエドワードから何度も持ちかけられている。その度に『進捗なし』を伝えなければならず、内心複雑であった。

「小隊長、改めて続きお願いします」

ヒロは話を切り替えた。これ以上話すことはないし、話す気にもなれなかった。

「……いや。今日はもう終わりだ」

 エドワードが室内の時計に目を向けた。つられてヒロもそちらを見る。いつもと比べれば、時間はまだ経っていない。体力的にも精神的にも余裕がある。ヒロは頭に疑問符を浮かべた。

「この後、ある御方からこの部屋を使いたいという旨があった。半刻で来られるそうだ」

「『ある御方』ですか。それなら仕方ないんでしょうけど」

 彼の口振りからヒロは事情を大体察した。エドワードが敬意を表し、かつ今回のように急な申し出を受諾(ともすれば快諾)するような相手は限られている。それに、その相手とはヒロがお世話になっている人物もしくはその関係者である可能性が高かった。

「確認ですけど、その方は『ご息女様』ですよね?」

「ああ、国防軍少将にして州議会議員トーマス閣下の」

「メーディス様ですね。承知しました」

「……そうか、分かった」

 先程と同じ台詞を繰り返したエドワード。相変わらず読み取るのが難しい無表情で、鉄の仮面を被っている観たいだ。

「話は戻るが、今日の訓練はここで終わりだ。それに、お前の補水液は空だろう。これ以上続けるのは推奨しない」

「あ、そういえばそうでした」

 言われてヒロは自分の水筒を取り出して確認する。無くなったのは他でもない自分の行いのせいだ。先ほどの模擬戦闘の中で咄嗟に目潰し代わりに使ってしまった。エドワードは何も言わないが、自分の食料や水を戦闘に使うなど褒められたことではない。訓練であればなおさらだ。

(冷静さを失わないようにしないと)

 自省するヒロにエドワードは話を続ける。

「続きはまた明日に行う」

「あー、その話、ちょっと待ってくれないかな」

 彼の台詞が何者かに遮られる。声が聞こえた扉の方に視線が吸い寄せられた。声の主は扉のすぐ隣で壁にもたれ掛かっていた。

「小隊長、鍵はかけておいてください」

「いや、施錠してある」

「え? じゃあ、どういうことですか? 何でいるんですか?」

 外から入ってこれないはずの部屋に知らない誰かがいることにヒロの頭は混乱した。部屋を見渡して侵入経路を探しては、首を横に振ってまた別の場所を探す。だが、ヒロには見当がつかなかった。

「エドワードだっけ? あの噂は信じていいのかな。そこのヒロっていう青年がぼくらと同じ『転生者』だってこと」

「他でもないメーディス様が認めておられる」

「なるほどね。それにしては知性を感じられないけど、そこも含めての確認だ」

 謎の侵入者は腰を上げ、部屋の中心へと歩みを進める。その彼に向けてヒロは警戒心よりも不思議そうな視線を送る。

「転生者ヒロ。ぼくは君について調べに来た」

「私ですか」

「君も訓練を続けたかったはずだ。模擬戦闘シミュレーションは次がラストだ」

 そう言うと、彼はエドワードの持っていた、仮想空間作成用の飛竜結晶内蔵装置に手をかざす。すると映像が手元の空間に投影される。彼は指を動かして仮想空間を設定し始めた。

「あなたのことはよく聞いている。その上で確認だが、時間はあまり残されていない」

「問題ない。メーディス嬢が来るまでには終わる。四半刻もかからないさ」

 エドワードへ自信たっぷりに答えた彼はヒロに向き直る。ヒロはそれまでの一部始終をただじーっと見ていたが、模擬戦闘ができることを理解すると、気がかりや違和感を放り投げて集中モードに入る。

(もう一戦できるみたいだし、やるとしますか)

 謎の侵入者で転生者と自称した彼は、武器らしい武器や防具を持たずにヒロと対峙した。

「自己紹介がまだだったね。ぼくはアキト。けると書く」

「はあ」

「では始めようか」

 アキトの台詞を深く考える暇もなく、ヒロの身体は再び仮想空間に転移するのだった。

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