第一章 襲撃者との邂逅
空は雲一つない快晴。降り注ぐ日光はしかし、鬱蒼と茂る森の緑が遮り、根元を影の世界に作り替えていた。唯一太陽が拝める場所と言えば、森を断ち切るように作られた一本道だ。
まるで仕組まれたかのように怪しげなその道を、一人の兵士が慎重に歩を進めていた。両手には一振りの剣と盾。いつでも迎撃できる態勢だ。
左右の木陰に目を配りながら、彼はゆっくりと前進する。さらに数歩行ったところで立ち止まり、左足を軸に身を翻した。
耳障りな金属音が響く。上前方に掲げられた兵士の盾に、振り下ろされた刃が襲い掛かっていた。
盾と刃が交わったのは一瞬の出来事。攻撃の勢いを利用して、跳躍してきた正体不明の襲撃者から距離を取る。刃を盾で防ぎながら切先で反撃を試みたがかわされてしまった。襲撃者はそのまま森に姿を消す。
(一人だけじゃないはずだ)
警戒を強めながら彼は一気に道を駆け抜ける。襲撃者から逃れられるとは思っていない。彼の予測通り、前方に突如二つの影が現れる。すぐに立ち止まると襲撃者たちに対して臨戦の構えを取る。後ろを盗み見れば、いつの間にか影が一つ、彼の退路を塞ぐように道の真ん中に立っていた。
(囲まれたか。嫌だな)
対峙している時間は僅かにも満たなかった。彼の右側、森の中から四人目の襲撃者が飛びかかってくる。その両手に握られていた小太刀を、剣の横一閃で迎え撃ち敵の獲物とかち合わせる。そのまま左後方に飛び退いて、襲撃者四人を視界に収めた。
(似ているってレベルじゃないな)
容姿も背の高さも持っている武器も何もかもが同じ。フードを目深にかぶっており、顔が良く分からない。全身黒ずくめの格好で、鎧や防具を着けていないように見えた。肌の露出は皆無で、傍目から見れば人間なのに、その実、人間味が欠片も感じられなかった。
その襲撃者のうちの一人がフェイントをかけながら接近してくる。残りの三人は一人目を抜かして、兵士の左右に展開し、再度包囲を試みる。
襲撃者たちに対して、彼は防戦を余儀なくされていた。前方の相手を追撃しようとすると。左右から凶刃が襲ってくる。盾で左側の相手を防ぎ、右から迫る刃を剣で迎え撃つ。そのまま右側の敵に反撃を試みれば、背面から別の刃に狙われる。後手に回らざるを得ない状況だ。
(仕方ないな、これはやりたくなかったけど)
敵の断続的な攻撃に生まれた、襲撃者たちとの距離が開いた僅かな瞬間。身を屈めて前方に勢いよく飛び出す。
(まずは一人!)
盾ごと相手に体当たりを仕掛ける。攻撃の直後を突かれて、敵が一人地面を転がっていく。持っていた小太刀が地面に落ちる音を耳で確認する。視認できる時間はない。振り返ればそこには三つの刃が迫っていた。膝立ちの状態では、刃を全て防ぎきっても組み伏せられてしまう可能性がある。だから彼は、三人に向けて右腕を大きく振り抜いた。手に持っていた瓶ごと。
(予想通り!)
瓶の中身は液体。それが襲撃者たちの視界を遮るようにまき散らされる。一番近くの敵はまともに浴びて手元がおろそかになる。二番目の敵は腕を交差させて防御し、最も遠くの敵は兵士から見て左側に避ける。
彼は瓶をそのまま投げ捨て、ついでに左側の一番接近した襲撃者に盾を投げつける。盾が直撃するのと同時に、彼は右側にいた敵めがけて走り出す。そして、小太刀を持っていない左手側を走り抜けると同時に、その場で素早く回転する。彼の左手には短剣が逆手で握られていた。
(二人目!)
そのまま敵の背中に短剣を突き刺し、液体の直撃をかわした敵に向かって再度駆け出す。接触までの時間はほんの僅かだ。交錯する瞬間、彼は身を屈める。
(これで三人目だ)
一度鞘に納めていた剣を再び抜き、横薙ぎに振るう。背後で崩れ落ちる敵を尻目に、盾の直撃を受けた敵に接近する。
(最後だ)
剣を喉元に振り下ろす。その直前、背中に痛みを感じた。見れば、何か長いものが背中から生えている。
(しまった!)
後悔する間もなく、次々と襲い来る背中の痛み。森から放たれた矢が容赦なく彼を襲っていた。
彼の意識はそこで明転した。