金曜日の夜更け
もし今、目の前になんだかすごい、ありふれた言葉だけど、「神様」みたいな人が目の前に現れたとして。
その、「神様」みたいな人が、
「貴様の好きな過去へタイムスリップさせてしんぜよう。ふぉっふぉっふぉ。」
というようなことを言い出したとしたら、私はなんの迷いもなくすぐに答えを出すことができると思う。
そんなことを考える金曜日の夜。
職場での飲み会をこなし、1人むーんと暑い部屋に帰宅をした。少しふわふわした頭を冷やすために、冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出す。
「はー、疲れた。」
こんな風に誰にいうでもなく、独り言を漏らすようになったのはいつからなのだろうか。
ブブッ
と、2人用のソファに放り投げたスマホにメッセージの通知を知らせるバイブレーションが鳴る。
麦茶を飲み干し、冷蔵庫を乱雑に閉め、冷房の電源を入れ、スーツを脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てた後で、「これは明日の朝後悔する。」とほんの少し冷静な部分が残った脳みそのに諭され、ハンガーにかける。
汗でじっとりと蒸しているような全身をシャワーのお湯とも水とも言い難い温度で浄化していく。
「はーーーっ、」
シャワーを済ませ、室内に戻ると部屋が適温になっていて得をした気分で。もう一杯麦茶を飲もうと冷蔵庫を開けると、食べかけのレアチーズケーキが目に入る。
こんなしつこい物よく食べれるなぁ。
昨日、うちにいた男に対する正直な感想。むしゃむしゃと子供のような顔で自ら買って来たホールケーキにむしゃぶりついていた様子を思い出し、少しえづく。私は甘いものが極端に苦手である。
やっとこさ、ソファに身を落ち着かせ、スマホをチェックすると、先ほどチーズケーキの件で思い出していた男からのメッセージ。
週末お疲れ様、という簡素な挨拶と明日の夕方に我が家へやってくるという事務的な文面。
さっきの甘い甘いチーズケーキとは似ても似つかない。
察するところとしては、食べかけのチーズケーキの行方が気になって連絡して来たのだろう。あいつにしては勘がいい。明日来なかったら、確実に残り4分の1になっているチーズケーキは生ゴミ箱行きだった。
28歳、都心に暮らす独身女。
彼氏もち。
正社員で仕事あり。
趣味は、料理、読書、ライブハウス巡り。お酒。
周りからすれば、なんの不満もない、なんのツッコミどころもないただのアラサー。
だけれど、心にぽっかりと穴が空いているのだ。それはもう、ぽっかりと。
彼氏に不満があるわけではない。
連絡こそ無精だけれど、そこそこ優しい。家事はできないけれど、穏やかな人。将来結婚するのなら、この人なのかもしれない。と思うことはあるような。ないような。
だから思い当たることとすれば1つだけ。
“ともだち”
なのだ。
先に述べた、「神様」のような人間に「タイムスリップしたい過去」を尋ねられたのなら、私は迷いなく
「友達となんの考えもなしに、ただただお酒を飲み交わしていたあの頃」
に戻してほしいと願うだろう。
今現在、友達がいなくなったわけではない。だけれど、女友達は「彼氏」「結婚」「子育て」という単語に過敏に反応し、どこかで優劣をつけているような気がしてならない。
男友達は、これまた「結婚」「仕事内容」「将来像」を意識し、自分の思い描く未来を堂々と語っているのがなんだか滑稽に思えてしまう。
「30歳になって、相手がいなかったら結婚してやるよ」
なんて、バカみたいに発していた青かりし頃の私たちに「未来はそんなに軽くないよ。」と水を差してやりたい。
正直、どうでもいい。
「結婚」だとか。「パートナー」だとか。
「出産」なんてもってのほかだ。私は子どもなんて欲しくない。自分のことが一番大切であるのが自分で一番わかっているから。
どこかで子どもより自分を選ぶ自分が容易に想像できるから。
「将来像」なんて全然なくて、今をどうにか生き延びているような状態で。むしろ自分が長生きできそうな気がしない。という気だけしている。
要するに、昔のように男女仲良し6人で遊んでいても、「将来」の話になってしまうのを私はとてもとても憂鬱に感じているのだ。
要するには1人だけ、どうしようもなく、大人になれないのだと思う。
周りが、周りに感化され、結婚や出産、仕事の昇格に躍起になっているのを静観してるふりをする。
静観じゃない。見ないふりをする。
だって私は、まだまだあなた達を「予定が入ったら、何を優先するかリスト」で1番にできる。
でもみんなの1番はどんどんどんどんと、「恋人」「妻」「仕事」「旦那」「子ども」
に、塗り替えられていってしまうのだ。
そんなのって、悲しい。
誰かに執着するようなキャラではないけれど、苦しいとき、辛いとき、男の前で泣くのではなんの意味もない。
私は、友達とバカな話をして憂さを晴らしたいのだ。
子供の頃、20歳の頃、描いていた大人像には到底近づけそうもなくて。
そしてこれは、一生かかっても近づけるものでも、たどり着けるものでもないことが段々わかって来た。
さらには、こんなことをどんなに嘆いても、ひがんでも、「神様」みたいな人がふと私の目の前に現れてタイムスリップさせてくれるわけがないこともわかっている。
ただ、もう一度。いや、あと、二度か三度。
うーん。欲を素直に言うならば、年に、二度か三度でいい。
周りと自分の違いなんかなんとも思わずに、あの頃のようにただバカな話だけをしてお酒を酌み交わしたい。
バカだなって、小突いたり、小突かれたりしながら、将来はキラキラしているって信じたいんだ。
恋愛要素ほぼなくてごめんなさいっ。
主人公と同世代の方がこれを読んだらどう思うのだろう?と思いながら書きました。