人族最強
「………………」
やってしまった――!! やばい、やばいぞ。よりにもよって空間転移をした瞬間を見られた。何でタイミング悪く人がいるかな。最悪だ。こんな時じゃなかったら、美少女との出会いに舞い上がっていただろう。
実は魔王なんだ。なんて正直に言うことは勿論できない。どう誤魔化すか。なんか良い言い訳がないか考えるがそんなすぐに出てこない。ここは時間を稼ぐしかない。
「……君こそ何者かな? 何でそんな変な格好でこんなところにいるんだ?」
「変な格好? あなたの目は節穴なのね」
少女が憐れむような目でカズキを見てくる。
失礼な。だがまあ不思議と似合っているとは思う。変な意味ではなく純粋に彼女の魅力を引き出している。
「愚かなあなたの疑問に答えてあげる。私は人族最強の美少女、アリス」
彼女はちょっと残念な子なのかもしれない。美少女と言う点に関しては否定しない。むしろ彼女が美少女じゃなかったら、この世に美少女は存在しないと声を大にして叫びたい。
……おっと、脱線した。人族最強というのは、言い過ぎだろう。僕より少し上に見える二十年も生きていないような少女が最強なら、人類終わってるな。
「はっ……」
自意識過剰過ぎる発言に思わず鼻で笑ってしまった。
「ふふっ。空間転移を苦も無くしてのけた力を持つだけあって、力に自信があるみたいだけど、この私を笑うとはいい度胸ね」
いつのまにかカズキの首元に剣が添えられている。ほんの一瞬のことだった。彼女から目を放してしなかったのに、気が付いた時には接近されていた。
ええっ!? 笑っただけで剣突きつけられるのか!? 寸止めされなかったら、首が跳んでたよ! ……ん? あれ、首が妙にむず痒いんだけど? ちょっと剣当たってない? 視界の隅に細い煙が見えるけど……っ!? これまずくない!? 冗談じゃなくて、マジな感じでやばいぞ。
剣を突きつけられた事自体はまだ大丈夫だったが、首の皮一枚斬られたことが問題だった。別にその程度で死ぬわけじゃないけど。これは非常にまずい。
僕が普通の人間だったら、もしくはアリスの持っている白銀の剣が普通だったら、どちらか一方でも違っていたら、問題はなかった。だが実際僕は魔王で、アリスの剣は戦神が使っていた魔を滅する神剣。
傷口から血ではなく、焼けるような音とともに煙が出ている。
神気に触れることで、闇の存在たる悪魔はその身を焼かれるのだ。……まあ、つまり、悪魔だってばれた。
「!? ……あなた、悪魔ね。人間に化ける悪魔なんて初めて見たわ」
アリスは驚きに目を見開くが、すぐに冷静にカズキの正体を見破る。
「……な、何を、言っているのかな? 僕には何のことかわからないなー」
目が泳ぎ、汗をだらだらかきながらも誤魔化そうとする。
「そんなに動揺して、それで誤魔化せているつもり? ……あっ、ごめんなさい。悪魔って馬鹿だから、それで誤魔化せていると思っているのね」
「馬鹿なのは頭の足りない下級悪魔だ。僕は馬鹿じゃない!」
「まあそこはどうでもいいわ。悪魔なら滅ぼすまで」
「……え? ちょっ!? 待っ――」
カズキの制止の声を最後まで聞かず、首を刎ねるべく剣を薙ぐ。
「ふぅん? あそこから避けるなんて。上級悪魔? ……それとも……」
地面に這いつくばるように姿勢を低くして下がったカズキの姿を観察しながら呟く。
「マジで一瞬死ぬかと思った。首ついてるよな? よし、大丈夫だ。……あのさ、僕は善良な悪魔なんだ。
人間に危害を加えるつもりはないし、むしろ人間の味方と言っても過言ではない」
首に手を当ててちゃんとついているのを確認して安堵の息を吐くと、彼女の説得にかかる。
「そう。甘言で人を騙す悪魔は多いから、言うことは聞かないようにしているの」
「くそっ、正論過ぎて何も言えねぇ」
魔王の知識の中でも悪魔が人に利することをしたことはない。だから、悪魔である限り説得は不可能だ。いや不可能だ、じゃねぇよ! ならどうしろってんだ!? 思わず自分でツッコみを入れる。
こういう時の魔王的な答えは、他の魔王にばれるリスクを冒すわけにはいかない。この場で殺す。
……いや、駄目だわ。これはない。ばれた相手が極悪非道な悪人とかならそうしていたかもしれないけど、相手は神懸った美少女だ。僕には彼女を殺すなんてできない。
じゃあ、逃げるか? だがその場合、人間に化ける悪魔の存在が知れる。そんな悪魔は聞いたことも見たこともない。その話が魔王の耳に入っても、僕が裏切ったことはばれないだろうが、魔王に不審感を抱かれるかもしれない。それは避けたい。