いきなりやらかした
異世界に来て最初にやることは決めたので、早速行動するか。ここがどこかは依然としてわからないが問題はない。カズキは周囲に人や悪魔の気配がないのを確かめると、指を鳴らす。
すると、目の前に人一人が通れる大きさの黒い扉が現れる。それは異世界に召喚される前に現れたものと黒い穴と同じものだ。これが魔王としての能力――空間操作だ。カズキは気負うことなく扉の中へ入る。扉の先は鬱蒼と生い茂る森の中だった。
人の領域から遠く離れた山中であるここで人間の駒を育てていたのだが、予想通り何もない。人が住んでいた痕跡もなくなって、完全にただの森になっている。
期待していなかったからいい。とりあえずは町にでも行ってみるか。二千年前までの記憶しかないが、適当に町がありそうなところに転移すればいい。
でもその前に、目立つ制服姿とお金をどうかしないといけない。この世界に来たばかりで服もお金も用意できないだろうと思うだろうが問題ない。二千年前にまるごと町一つを自分の収納空間に入れたことがあるからだ。ここから取ってくればいい。
さっそく、扉を開いて収納空間の中に入る。中は真っ暗だった。それも当然か。中には太陽も星も、光源となるものがないのだから。手を掲げて掌に光を放つ魔力を集めると、頭上に打ち上げて光源とする。魔力光によって闇の一部が取り払われ、町並みが露わになる。
中世ヨーロッパ風といった感じのファンタジーでありがちな町だ。とても静かだ。自分の発する音以外しない。ゴーストタウンといった感じだが、正確には違うだろう。人間ならごろごろとそこら中にたくさんいる。ケモ耳や尻尾が生えている種族や耳が長い種族等がいるが、勿論全員死んでいる。
この光景を魔王になる前の僕が見たら、悲鳴を上げて逃げ出していただろう。まあこれをやったのは僕になる前の魔王なのだが、魔王の記憶と自分の記憶が一緒になっているから、自分がやったことのように感じる。やべ、気持ち悪くなってきた。吐きそう。
小休止して探索は手短に済ました。町一つ分の探索なんて本気でやろうとすれば、何日かかるかわからないからだ。貴族のだろう館から宝石類を持てるだけ持ってきた。金庫に金貨が山と積まれていたが、二千年前のお金は使えない可能性が高いので置いてきた。
服装については、翡翠色のロングコートとそれに合いそうなのを服屋で適当に選んだ。派手かなあとも思ったがまあいいかなあ。このロングコートは魔法のかかったものでミスリルより丈夫みたいだ。金属より丈夫な布があるなんてさすが異世界だなあ。まあ魔王の僕には防具とか必要ないんだけど。
あと、武器も見繕った。素手で下級悪魔を粉砕できるが、剣とか武器を持ちたいと思うのが男心というものだろう。武器屋に行く必要はない。普通に売っているような低レベルな武器じゃすぐに壊しそうだし、既に結構な量の武器を持っているからだ。
扉を開くと、ガシャガシャと喧しい音を鳴らしながら落ちてきた武器で山ができる。無造作な扱いを受ける武器達だが、どれもこれも魔法を付加された名のある業物ばかりだ。それも当然だ。
これらの元の持ち主は、勇者や英雄、剣聖などと呼ばれる者達だったのだから。勿論、魔王に挑んできた愚か者を返り討ちにして得た戦利品だ。
色々とあり過ぎて目移りしてしまったが、華美でなく実用性を重視して普通の剣に見える聖剣を選んだ。能力は斬撃の強化というシンプルなものだ。魔力を込めればさらに威力を増すことができる。他にも良いものがあったが使いたくなったら、その都度出せばいいはなしだ。
用は済んだので、扉を開いて外に出る。相変わらずの森だ。せっかく聖剣なんて大層なものを持っているのだから、ちょっとばかり素振りしてみたいなあ。
うん、自分の持っている武器の性能くらい把握しておくべきだと思うのだよ。さっき試せばよかったと思うが、今試したくなったんだからしょうがない。我慢は身体に毒だからな。
ということで、カズキは聖剣を鞘から抜くと軽く振るう。すると、剣が描いた軌跡に沿って斬撃が飛び木を粉砕する。
ふむ。斬撃の強化って威力が上がるだけと思っていたが、斬撃が飛んでいるんだけど? まあ強いからいいけど。それじゃあ次は、聖剣の本領発揮といくかな。剣に魔力を込める。
魔力の調節なんてやったことがないので、なんとなくで魔力を注ぐ。そして、剣を無造作に振り上げて振り下ろす――森が爆ぜた。
「…………」
土砂や粉々になった木々だったものの破片が降り注ぐ。一気に視界が開けてしまった。
魔王の魔力やばいな。これじゃあ大抵の相手をオーバーキルしちゃうじゃないか。素振りしておいて良かった。もし、町中で使えばまずいことになっていただろう。
その後、森を荒地にする勢いで素振りをして魔力の加減を覚えた。
また扉を出す。昔町があった所から少し離れた所に繋げた。人に見られないようにするためだ。こんな簡単に高等な術である空間転移をできる人間はいないから、もし人に見つかれば面倒なことになるのは明白だ。
便利だけど今度からは使わないようにしよう。そう決めて扉をくぐった。また森だが、気配を探ると、町だろうか遠くにたくさんの人の気配が、そしてすぐ近くに一人……
「あなた何者?」
誰何する女性の声に振り返る。まず目に入ったのは頭の上に生えているケモ耳。純白の長い髪、神が造形したように整った顔立ち、大きな琥珀の瞳。青いドレスを着て、その上に黒いローブを羽織っている。腰にはどこかで見た覚えのある白銀の剣が一振り。貴族のお嬢様にも歴戦の剣士にも見えるちぐはぐな格好でどうにもよくわからない美少女だ。