エピローグ
今日、三話目、最終話です。
カズキ達は全ての魔王を滅ぼし、世界を救った英雄として歓迎された。なんてことはない。
むしろ逆だ。命を懸けて世界を救ったというのに指名手配犯として追われている。手配書には似顔絵付きで、残存する唯一の魔王と悪魔についた裏切り者たちと書かれている。
別に世界を救った英雄としてもてはやされたいわけではない。英雄になったらそれはそれで色々と面倒くさそうだから。
この手配書に書かれていることは見方によってはそう見えないこともないかもしれないが、それはない。
だって、全ての魔王は滅んだのだ。一体残らず。
でも僕が生きているじゃないか、と当然思うだろうが、僕はもう魔王どころか悪魔ですらない。じゃあ何なのかというと普通の人間だ。
そもそもこの異世界に召喚された時、既に魔王の肉体になっていた。
では、元の人間の肉体はどうなったんだとふと思ったことがあった。探してみると、収納空間の中にいつのまにか仕舞われていた。
魔王の身体はアビスに滅ぼされてしまったので、元の人間の身体に魂を入れて生き返ったというわけだ。
残念なことに魔王の能力である空間操作を使えないので、逃亡生活が大変だった。一生遊んで暮らせる程の莫大な賞金目当てに襲ってくる人が跡を絶たなかった。悪魔の侵攻によって幾つもの町や村が被害を受けて、そっちの復興もあるんだから、復興の手伝いでもしていればいいものを。
アビス戦の時ほどの力はなくても、それでも最強クラスの力を持っているんだから余裕だろと思うかもしれないが、昼夜問わず刺客が襲ってくるためゆっくり休めない。しかも足手まといが一人いるので尚更大変だった。
申し訳ないことだが足手まといは僕だ。魔王じゃなくなっても詩織と同じくらいの力は持っているのだが、闇をまともに受けた後遺症でもう戦える身体じゃなくなっている。でも、助かっただけでも良かったと思わないとな。
数秒ぐらいなら戦えるが、その後血反吐を吐いて倒れることになるので、アリスと詩織に戦わないようにきつく言われている。
魔王ではないという真実を話したところで、手配書がなくなることはないだろう。話ても信じられないのではという問題ではなく、単純にカズキ達の存在が邪魔だから始末したいのだ。幾つもの国を滅ぼした魔王を倒せる個人の存在を、国が許容できるはずないからだ。
だからといって殺されてやるつもりは微塵もない。追手を追い払い、時には悪魔に襲われる町を救いながら逃亡生活を続けた。魔王がいなくなって配下の悪魔は残る。魔王がいなくなった今ならカズキ達が何もしなくても悪魔を全滅させることもできるだろう。だからといって目の前で悪魔に襲われていたら助ける。
当然、考えもなし逃げ回っているわけではない。誰も追ってこれないような未開拓地域を目指していた。そこで、平穏に暮らすのを目標にして。
山を越え海を渡り、長い道のりの果てに安住の地を手に入れた。
人里から遥か遠くにある人が踏み入れることのない森のなかに木造の小屋が立っている。小屋の前には畑があり、色々な野菜や穀物が植えられている。
畑の中にしゃがみこんで土いじりをしている男がいる。
農夫のような格好をしている男は土で汚れた手を払いながら立ち上がると、凝り固まった身体をほぐすように伸びをする。
「ふぅー。今日はこんなもんかね」
額に浮かぶ汗を首にかけているタオルで拭う。
「カズキ、ちゃんとやっている?」
小屋の扉を開いて詩織が男に声を掛ける。
「まあな。……というか、一番非力な僕がこんな肉体労働をやるのは間違ってないか? 食っちゃ寝ののんびりした生活を送りたいものなんだが」
「はぁー。肉体労働って、畑をちょっといじってあとは食っちゃ寝しているじゃない。正直なところその畑も適度に水をやれば勝手に成長するじゃない」
カズキは愚痴っているが本気で言っているわけじゃない。本当に嫌なら頼んでも二日と経たずにやめているだろう。
それがわかっている詩織は無駄に文句を言うカズキの様子にため息を吐く。
「何を言っているんだ!? それだとおいしいものができないだろ。僕がちゃんと世話しているからうまい
もんが食卓に並んでいるんだぞ。感謝してもいいだぞ」
「料理する身としては食材が増えて感謝している。嫌なのか好きでやっているのか、どっちかはっきりしたら?」
「正直、暇なんで何かしようと暇つぶしでやってみたら、はまってしまってな。今では僕の数少ない趣味の一つさ」
暇が売れるほど暇なのは事実で、趣味の一つや二つないと人生に張りがないのだ。まあ、暇なのはいいことなので文句はない。
最初は人の手の全く入っていない鬱蒼と生い茂る森から、生活ができる場所を一から作るのは大変だった。
小屋だって、机や椅子、棚、食器などの家具も全て自作しないといけなかった。特に家を建てるのは何度も試行錯誤の末にやっと崩れたり傾いたり雨漏りしないものが出来上がった。
その時、重々しい音を立て家の周囲にある柵の門が開いてアリスが帰ってきた。魔獣の侵入を防ぐために木を地面に打ち込んで作られたものだ。それだけでは、耐久性に問題があるので魔法障壁まで張られているため今までに魔獣の侵入を許したことはない。
人一人が通れる小さな扉も付いているのだが、今回は狩りに獲物を運んでいるからそちらからじゃ入らなかったみたいだ。
アリスは自らより二回り以上大きなイノシシの魔獣を片手で軽く持っている。今日からしばらくは肉が出てきたらこのイノシシということだ。普通にでかいし三人で食べるには何日分もかかるだろう。腐ってしまわないように後で加工しないといけないな。
「ここでの暮らしも一年経って慣れてきたし、そろそろいいと思うの」
食後のゆったりとした空気の中でアリスが言う。
三人で一緒に食事をしようと誰かが言ったわけじゃないが、基本的にというか、重要な用事があるわけでもないので、ずっと一緒に食事をしている。
「何かやるのか?」
「うん。私達三人で暮らすのもいいけど、人が増えてもいいと思うの」
「なんだ? 外から移住でもさせるのか? 僕達一応指名手配犯なんだけど。それがなかったとしても面倒そうだし嫌だな。別に今のままでいいじゃないか」
「そういうことじゃなくて、子供は何人ほしいかなって話」
「……あー、そういえば、畑道具片付けるの忘れてた」
聞こえてないふりをしてカズキは椅子から立ち上がる。そのままこの場を立ち去ろうとしたが、アリスに腕を掴まれた。その細腕からは想像もできないほどの力で掴まれ逃げることはできない。
「それなら、私が片付けるわ。だから座って待ってて」
「いや、僕なりの置き方があって、他の人にやってもらうとどこに何があるかわからないってことがあるだろ? それに忘れていたのは僕なんだ。自分でやるよ」
「そう? それなら仕方ないわね」
カズキはもっともらしい事を言うと、アリスはあっさり手を放した。
家から出て畑の前まで歩いて止まる。畑の周りに使っていた道具は見当たらない。当たり前だ。片付けを忘れたと言ったのは勿論嘘だったからだ。あの場から立ち去るための方便だ。
こんなことは今まで何回もあったが、何かと理由をつけてのらりくらりと逃げていた。美少女に誘われて嫌なわけがない。嫌なんて事は決してない。むしろ、狂喜乱舞して喜んでもいいくらいだ。
最強の魔王に立ち向かった勇気はあったのに、女の子二人から逃げ続けているとは、我ながら情けないとは思う。でも、しょうがないじゃないか。だって、今までの人生でそういう経験ないんだから。
こう言うと、アリスと詩織は経験あるみたいに聞こえるが、カズキが知っている限りではそういうことはない。彼女達が積極的で、カズキが消極的なヘタレなだけだ。
このままじゃ駄目なのはわかっている。わかっているからといって、何かをするわけでもないんだけど。というか何をすればいいんですかね? 話し合いかな。もし話し合いですまなかったらどうしようか。と思っていた時期もあったけど杞憂だった。
元の世界の常識的に一夫一妻が普通だと思っていたが、ここ異世界では一夫多妻は普通のことだ。そもそもどこかの国に属しているわけではないので、そういうルールに縛られることはない。
というか、どちらか片方を選べってのがそもそも無理だった。三人しかいないのだから片方を選べば関係が悪化するだろう。
既にアリスと詩織で話し合っていてハーレムでいいみたいだ。カズキとしてはその方が断然良いし助かる。
僕と詩織はまだ成人したてだ。僕としては子供はまだ早すぎるんじゃないかなと思っている。
以前、今日みたいにアリスがそれを話題にしたときに、つい口が滑ってアリスの年齢の件に触れてしまった。
アリスに殺されかけた。
冗談だけど。
もし、魔王の頃なら、ちょっと痛い程度で済んだだろうが、今はか弱い一般人なのだ。アリスが怒ってカズキを叩いた時、座っていた椅子が派手な音を立てて倒れ、カズキの身体は吹っ飛び壁に叩きつけられて、床でピクピクと痙攣しながら死の淵を彷徨った。
回復魔法をかけてもらわなかったら、たぶん死んでいただろう。事故だったとはいえ、また死にかけるのは勘弁だ。それからは年齢のことには触れないようにしている。
まあ、そんなことがあっても何か変わることも、行動することもなく、日々のんびりと過ごしているだけだ。本当、ヘタレですみません。
でも、急ぐことでもないんじゃない? というわけで、一旦そういうことは置いておいて、やりたいことがある。
冒険だ。
異世界に来てから魔王との戦いに次ぐ戦い。魔王のせいで忙しくて、ゆっくり観光することもできなかったのだ。
命懸けで、いや、実際一回死んでまで世界を救ったんだ。自分達が救った世界がどんなところなのか見てみたいと思うのは当然ではないだろうか。
というか、せっかく異世界に来たのにずっと隠居生活みたいなのを送るのか!? 別にずっとここで暮らすのも悪くはない。こうやってゆっくりとできる日常を大切にしていきたいと思う。
だけど、これなら元の世界でも出来るよな!? 異世界ならではのことがしたい。冒険がしたい。戦闘に関してはアリスと詩織に任せきりになるが、そこはしょうがないので諦める。
色んな国を見てみたいところだが、指名手配犯として追われているため、あまり町には行かないほうがいいだろう。数年経って落ち着けば、たぶん行くことも出来るようになるかな。
それまでは、見たことも聞いたこともないものや神秘的な光景などあるだろうし、そういうのを求めて冒険をしたい。でも、ずっと冒険に出かけるわけではない。勿論、家に帰ってのんびり過ごしもする。
家に戻り、アリスと詩織に冒険の話をすると、喜んで賛成してくれた。
長く家を空けるので、色々と準備をして、数日後冒険に出発することになった。
アリスと詩織は冒険のために大きな荷物を背負っているが、カズキの荷物は随分と小さい。女の子に重い荷物を持たせて、自分は軽いものを少し持っているだけという現状に不満はあるが、体力的な問題を考えるとこれが一番なのだ。
「それで、初めはどこに向かうの?」
「海を渡ってこの島か大陸かわからないところに来たわけど、全容をまだ全然把握してないからな。とりあえず、海岸線沿いに進んでみよう。……それにしても、外に出るのは久しぶりだな」
「カズキさんは私達が守るから大丈夫よ。冒険を楽しみましょう」
アリスがカズキの腕に抱きついてくる。それを見た詩織が反対の腕をとる。
正直歩きにくいが、これくらいはまあいいだろう。
「よし、行くか」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
最初に言ったように、完結させることができて良かったです。
これも読んでくれた皆様のおかげです。
今よりももっとおもしろくなるように、次の作品も頑張っていきます。
タイトルは「俺の運はカンストレベルのはずなんだが?」です。
早速、投稿しました。