第一位魔王
もし、作戦が失敗すればアヴニールの攻撃を受け、またあの惨劇を繰り返すことになる。
思い出すだけで恐怖に震えそうになる。そうならないためにも、アリスと詩織を信じて任せることにしたんだ。だから、僕はその時がくるのを待つ。
『ガァァアアアアアアア!?』
暗雲を引き裂いてアヴニールが落ちてくる。その巨体に続いてアリスと詩織の姿も見える。
うまく奇襲が成功したみたいだ。いつ、どこに現れるのかわかっていたからこそ奇襲できた。
ヴァリティスと決着をつける前に、アリスと詩織をアヴニールがいる地点の遥か上空に転移させ、そのまま落下してもらった。そして、アリス達の奇襲のタイミングに合わせるために念話で連絡を取り合った。アヴニールが無防備な姿をさらすカズキに攻撃しようとした瞬間にアリス達の攻撃が炸裂するようにしたのだ。
アヴニールのミスは伏兵を警戒すらせず、カズキに意識を集中させていたことだ。さらに今、突然現れたアリス達を脅威と認識し、カズキから一瞬意識を逸らしたことだ。
アリス達の奇襲が決まった瞬間、すぐさま魔王の姿になり、空間消滅を発動する。アヴニールを包み込むように球状に空間が歪んでいく。逃げる隙はなく、まともに喰らう。
『キッ、貴様ァアアアアアア!』
驚いたことに空間ごと消滅させたはずなのに、ボロボロの姿をさらしながら生き残っていた。
残った触手のような腕や爪の先に、凄まじい魔力が収束されていく。防御も回避も不可能な閃光が解き放たれる寸前、アリスが腕を斬り落とし、詩織が爪を砕き、カズキも攻撃させないために何本もの腕を切断する。それでも、何条かの閃光が放たれ、カズキの身体を貫く。
『がッ……ぐぅっ』
覚悟していれば一度なら耐えられない攻撃ではない。さすがにもう一度受けたらまずいが。閃光に身体を貫かれながらも攻撃の手は止めない。
防御も回避もできないのなら、攻撃を阻止し、防御と回避を捨てて戦えばいいだけの事だ。攻撃こそ最大の防御って事だ。
再び魔力を収束させていくアヴニールに、それを許すはずもなく、今度こそ止めを刺すべく魔力を高めていく。
『今度はお前が死ね! アヴニールッ!』
『我が貴様に負けるなどありえないッ!』
黒い閃光が放たれる直前に、カズキはアヴニールへ向けた手を握り潰すように閉じる。
断末魔の叫びを上げさせることも、肉片一つも残さず、今度こそアヴニールは消滅した。カズキはまた一つ強くなった。これで、第一位に挑むことができる。
とりあえず、人間の姿に戻り一息ついていると、アリスと詩織が無事地上に降り立つ。
「作戦がうまくいって良かったわ。それにしても、あんな上空から落ちる体験は初めてだけど、刺激的で楽しかったわ」
「ああ……やっと地面の上に立ててる。大丈夫ってわかっていても、パラシュートなしのスカイダイビングなんてもう二度とごめん」
詩織は地面の感触をありがたがっている。
「カズキさん、結構やれられていたけど、大丈夫?」
「悪魔の身体は丈夫だからな。一日もあれば全快する」
今、カズキ達はアヴニールを倒した事で戦闘が終わり気を抜いている。また奇襲を受ける可能性を考えて警戒した方がいいように思えるが、事前の話し合いの結果、しないことにした。
理由としては単純明快、無駄だからだ。いくら警戒しようと第一位がその気になれば、次の瞬間にはカズキ達は骸をさらしているだろう。第二位以下の魔王全てを倒し強くなっても、やっとその足元に届くか程度。まだそれほどの力の差がある。その差を埋めるためには策を弄するしかない。
「アリス、詩織、そろそろ始めるぞ。覚悟はいいか?」
「ええ、大丈夫よ」
「うん」
二人の心の準備ができたのを確認したカズキは、周囲を見渡す。戦闘の激しさを物語るように大地に底が見えない程の穴や巨大なクレーターが幾つもできて、平らな場所の方が少ないくらいだ。今この場にはカズキ達しかいない。
大きく息を吸ってゆっくり深呼吸をして気持ちを落ち着ける。何もない正面の空間を見据える。
「第一位魔王アビス、提案がある」
決して大きな声を出していないため、聞こえたのはアリスと詩織だけだろう。しかし、呼びかけた相手は普通ではない。
突如、黒い悪魔が現れる。その悪魔は他の悪魔とは異なり小さい。人と同じ大きさの人型の悪魔だ。髪も目も手足も黒く、黒い衣を纏い、顔だけは気持ち悪いぐらいに白い。真っ白だ。見ているだけで精神が狂い、目が腐り落ちそうだ。この世にあるありとあらゆる醜悪で最悪な塵、汚物を集めても目の前の悪魔に比べれば、綺麗に磨き上げられた美術品に見えるだろう。
この悪魔は異常で異質だ。この世に存在すること事態を心が拒絶している。今すぐに塵一つ残さずこの世から消し去らないといけないと本能が訴えてきている。なのに、圧倒的な存在感に頭を垂れそうになる。なんで、こんなものが存在しているのかこの世の理不尽さを呪いたくなる。
『私になにかようかな』
悪魔の頂点に君臨する絶対的な王が声を発する。
脳を滅茶苦茶に引っ掻き回すような気色の悪い感触にカズキは耐えるが、
「ぐっ……」
「あ……」
アリスと詩織は声を聞いただけで、身体を打たれたように苦悶の表情を浮かべよろめく。
「用がなければあんたみたいな奴に会いたいとは思わない」
『そうかい? 私は君に逢いたかった。前回、君が私のところまで辿り着けなかったせいで退屈だったよ』
「やっぱりあんたが時を戻したのか。その件はあんたに感謝している。お礼と言ってはなんだが、第一位魔王アビス、あんたを滅ぼしてやる」
『ハッハッハ。そうか、私を滅ぼすか。それはおもしろそうだ。私を退屈させてくれないでくれよ』
アビスの魔力が膨れ上がり、カズキ達を圧し潰しそうな程の存在感を放つ。
やばい。戦闘態勢に移行しようとするアビスを止めないとここで死ぬ。
「待ってくれ! 今この場で戦うつもりはない!」
カズキの制止の声に、アビスはすんなり魔力を収める。
いつ、どんなことで爆発するかわからない爆弾を相手にするのは、本当に心臓に悪い。ある程度性格を理解していなかったら終わっていた。
『どうした? 私を滅ぼすのではないのか』
「ああ、勿論そのつもりだ。だが、それは今ではない。こちらは魔王との連戦で消耗して本来の半分の力も出せない。それにあんたと戦うのに準備もいる。今この場で戦っても瞬殺されるだけで、あんたの渇きを癒すことは決してできない」
『うむ、それもそうだ。それではいつにする?』
アビスが提案に乗ってくれたことで、とりあえず今すぐ戦闘になることは避けられた。ここまで来たら大丈夫だろうと思うがアビスを前に気を抜くなんて愚行ができるわけがない。
「今からちょうど一日後、場所はここだ」
剣を取り出すと地面に突き刺す。
「正々堂々真正面からあんたを滅ぼしてやる。楽しみにしているんだな」
カズキは不敵な笑みを浮かべ宣言する。
『ハハッ、精々私を楽しませてくれ』
そう告げると、現れたときと同様に突然消える。
周囲にアビスの気配がないことを入念に確かめる。
「はぁー……」
安全を確かめて、やっと息を吐く。
表には出さないようにできたが、めっちゃ緊張した。
後ろを振り返ると、アリスと詩織は張り詰めていた糸が切れたのか座り込んでしまっている。
一応は大丈夫みたいだ。明日、アビスと戦わないといけないのだから大丈夫じゃないと困る。
アビスがいない今のうちに仕掛けをしておかないと。
カズキは何の変哲もない剣を刺してある地面に手をつくと、能力を使い仕掛けを仕込んでおく。一分と掛からず終わる。これであとは決戦の時間まで休んで全快の状態で挑むだけだ。