二巡目
「――――ッ」
布団を跳ね飛ばして起き上がる。
「はぁ……はぁ……」
息は荒く、額からは玉のような汗が浮かび、心臓は痛い程早鐘を打っている。
両手を閉じては開いてを繰り返し、カズキは自分の身体が動き、生きている事を確認する。
「これは……なんで、生きているんだ……?」
もしかたら、今までのは全部悪い夢で、現実では詩織もアリスも死んでいないんじゃないか。
だが、そんなことはありえない。あの出来事が夢のわけがない。僕は己の無力さ故に彼女達が死ぬのをこの目で確かに見た。
いやそもそもなんでこんな所にいるんだ?
周囲に目を向ければ、そこは一泊だけした帝国の客室だった。カズキ達を倒した後、アヴニールは帝都をすぐに滅ぼすはずだ。窓から見える町並みは人々で賑わいとても悪魔に襲われたようには見えない。
カズキが現状を理解できず頭を抱えていると、廊下の方から慌ただしい足音が近づいてきた。そして――
騒々しく部屋の扉が開かれ、アリスと詩織が入ってくる。
「あ…………」
信じられない光景に言葉が出てこない。
「ど、どうしたの……?」
「え!? なんで泣いているの?」
カズキの目から涙が溢れ、頬を濡らしている。だが、そんなことにも気付かず、アリス達に近づこうとして、ベッドから落ちる。
明らかにおかしいカズキの様子に戸惑いながらも、心配して駆け寄る。手を貸そうとしたら、カズキが両腕を広げ抱きついてきた。
カズキの勢いに押されて三人一緒に床に倒れ込む。
「な、なに!? なんなの!?」
「え? ちょっと……」
「よかった。よかった……」
よくわからない状況に落ち着くまで待った。
「……それで、何があったの?」
幾分か冷静さを取り戻したカズキに問いかける。
「詩織が死んで……アリスも死んだ。僕が弱かったから……」
「……何言っているの? 今生きているじゃない」
「違う。死んだんだ。僕の目の前で」
「うーん……とりあえず何があったのか最初から話してくれない?」
部屋にあったティーセットでお茶の用意をして、テーブルに置くと椅子に座って話を始める。
第五位と第三位を倒した後、第二位に不意打ちをくらったこと。そして第二位に詩織とアリスが殺されて、最後にカズキも殺されたこと全てを話した。
「……今第三位と第五位が攻めてきているから……つまり、カズキさんは未来から時間を巻き戻って過去に……今ここにいるってことだよね」
「……ああ」
「にわかには信じられないけど……カズキさんの様子を見たら本当のことなんでしょう」
「んー。私が死んだと言われてもね……でもこんな笑えない冗談を言うような性格じゃないし、信じるけど……何で時間が戻ったの?」
「……たぶん……いや、こんな事ができるのは一人だけだ。……悪魔の頂点に君臨する、第一位魔王アビス」
重々しく告げたのは、最強の悪魔。
唯一アビスの能力だけはわかっていた。アビス本人が言っていたからだ。だからこそ、どの魔王も第一位に逆らうような真似はしなかった。
第一位魔王アビスの能力は時間操作。加速や減速、時間を停止させることも、さらには未来や過去にだっていける。そんな化物相手にそもそも戦闘という行為さえ許されない。
どうやって止まった時間の中で動けと? どうやって過去の自分を殺されないようにできる?
そう。一度敵対すれば待っているのは死のみ。
ではなぜ、カズキが生きているのか……
「え……? ちょ、ちょっと待って。なんで第一位が敵のカズキを生き返らせるようなことをするの!?」
「それは……退屈しているからじゃないかな」
「え? どういうこと?」
「強すぎて誰も歯向かわないから、自分を殺そうとする相手を歓迎しているんじゃないのかな?」
「第一位って頭が狂っているんじゃないの」
「そうかもな」
未来で得た情報を元にこれからどうするか話し合うことになった。
「……わない」
「ん? 何か言った、カズキさん?」
俯いているカズキが小声で言ったため聞き取れなかった。
「戦わない」
「それは……どういう作戦なの?」
「作戦じゃない……勝てるわけがないんだ……だから逃げよう」
「な!? 何言っているの!? 私達が逃げたら誰が魔王を倒すの?」
諦めた表情で言うカズキに、詩織がくってかかる。
「誰も倒せないさ。負けてわかったんだ。最初から無理だったことを……」
「ふざけないでよ! 一回負けた程度で、臆病風に吹かれて! 逃げる場所なんてない!」
椅子が倒れるのも構わず詩織が対面に座るカズキの胸倉を掴み上げる。しかし、カズキは詩織の怒る様を気にすることなく、虚ろな目で見るだけだ。
「元の世界に帰ればいい。僕の空間操作の能力ならできる。……元々別の世界の話なんだ。滅びようと僕には関係のない話だ」
「確かに関係のない事だったけど、もうこうして知って関わっているんだから、関係なくない! 私は嫌! 元の世界に逃げ帰るなんて嫌だから!」
詩織の言葉を聞いても、カズキは自分の後ろ向きな意思を変えない。
そんなカズキの態度に苛立ち突き飛ばす。壁にぶつかり力なく床に倒れる。
倒れたカズキにアリスは近寄る。
「本当にそれでいいの?」
優しくそれでいて責めるようなアリスの声が響く。
「元の世界なら安全なの? 死の恐怖に怯えながら暮らすことにならないと言い切れる?」
「それは……」
言い淀んでいるのが答えだ。
例え元の世界に逃げようが魔王の脅威から逃げることはできない。
「なら、今立ち向かうべきよ。絶対に勝てないと決まっているわけではないでしょ?」
「勝てるわけがない」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「どんなに可能性が低くてもいいから何かないの?」
「ない」
「そうかー。カズキさんが一人で考えて無理なら、私達三人で考えましょ。そうしたら、きっと良い考えがでるわ」
「無理だ」
アリスが何を言っても否定し、動こうとしない。
「そう。カズキさんが諦めるのなら終わりね。……なら、今ここで死んでも早いか遅いかだけの違いよね」
アリスは腰の剣の柄を掴むと、鞘から抜く。そして、刃を自らの首に当てる。
「ちょ、ちょっとアリスさん!? 何を!?」
「黙って見ていて」
慌てて止めようとする詩織を、アリスは有無を言わせない口調で黙らせる。
アリスが剣を握る手に力を込めると。
白い肌に刃がくい込み、真っ赤な血が一筋流れ落ち、さらに刃は進み血が滴り落ちる。それでもアリスは止めることなく、そのまま――
「やめろっ!」
カズキが刃を掴んで止める。
「どうして? このままならどうせ死ぬのよ?」
「わかった! わかったから、やめてくれ……もう二度と死んでほしくないんだ」
懇願するカズキを受け入れ、アリスは剣を鞘に納める。