兄弟王
慌ただしい音に目が覚めた。
窓から見える空は暗雲に覆われ、朝日が差さず薄暗い。何か不吉な事が起こりそうな空模様だ。
たぶん、次の魔王でも侵攻してきたのだろう。本当に侵攻するの早過ぎ。せめて何日か空けてほしい。
愚痴をこぼしたところで、こちらの事情なんて気にすることなく、魔王達は攻めてくる。
でも、五位を倒せば、次は僕の番になるから数日、いや何週間か空けてもいいんじゃないかな?
とりあえず五位を倒せば、ゆっくりできるわけだからがんばるかねぇ。
だが、カズキの望みはあっさり砕かれる事になる。
騒々しく部屋の扉が開かれ、アリスと詩織が入ってくる。
「どうしたんだ? そんなに慌てて?」
「魔王が攻めてきたの!」
「まあ、そんなとこ……」
「――一体だけでなく、二体も! 第五位と第三位が攻めてきたの!?」
「…………は?」
今アリスが言ったことが信じられなくてカズキは耳を疑って、もう一度聞いたが事実らしい。
は? どういうこと!? なんで二体で攻めてきてんの!? 僕の番抜かされているんだけどッ!? マジでなにしてくれちゃってんのあいつら!?
「カズキ、これはどういうこと!? 順番に攻めてくるはずじゃなかったの!?」
「…………そういえば、五位と三位は兄弟だったはず。……でもそれだけで僕(四位)を抜かす理由としては弱いなあ。…………あっ」
「何かわかったの?」
「あー……もしかしたら、四位は昔の戦いで死んだことになっているのかも……」
「はあ!? なによそれ!?」
「いや、僕に言われてももう始まってしまったものは止められない……それよりどう対処するか考えないと」
今なら三位とも互角に渡り合えるだろう。だが、五位と一緒にいる状態ではまともにやり合ったら負けるのは確実だ。霊脈弾を二、三発使えば勝てるかもしれないが、目先の勝利を手にしたところで、それでは最終的に負ける。
二体同時に相手にするのが無理なら分断すればいい。だがそう簡単にできるものではないのはわかっている。カズキ達だけでは分断することができたとしても、アリスと詩織どちらか、もしくは二人とも死ぬ可能性が高い。だからカズキ達だけで戦うつもりはない。せっかく軍事大国である帝国にいるんだ魔王を倒すために協力してもらおう。
アリスの話によると帝国の軍部が集まっている作戦会議にカズキ達も呼ばれているらしい。向こうから言ってくれたのなら好都合だ。時間が惜しいので城内を走って作戦会議をやっている本部へ向かう。
部屋の中央にある大きな机の上に地図が置かれ、それを囲むように軍のお偉方が集まっている。部外者であるカズキ達は隅の方でまずは話を聞くことにした。
現状、魔王達は進路上の大きな町を襲いながら、人が一番多いここ帝都を目指している。国境の砦に在住する軍が交戦というよりも、一方的に蹂躙されながらも掴んだ情報によると、第五位魔王ソールは炎を操り、第三位魔王ヴァリティスは重力を操るそうだ。
色々な意見が飛び交うが、何一つとして有効な策は出てこない。
そこで爺さん(陛下と呼ばれていたので皇帝なのだろう)が「何か作戦があるか」と言ってきたので、ありがたく作戦を提案させてもらった。
カズキの非道な作戦を聞いて猛反発されたが、帝国だけでは魔王に決定打を与えるものがない。その場にいる者に苦々しい顔を浮かべさせたが、最終的にはカズキの作戦に決定した。
作戦目標は二体の魔王を分断、もしくはすぐに合流できないように距離を離させる。
そのために進路上にある帝都の次に大きな町の住人を囮に使う。
まず住民を帝都とは別方向に避難誘導をする。そして、軍が遅滞行動を行い、避難民の方に誘導する。目の前の獲物を追って魔王が二手に分かれれば作戦成功だ。
カズキ達は残り通信魔法で伝わってくる魔王の動向に耳を傾け、作戦が成功するまで待機する。大軍が動くとなると、準備に移動にと何時間もかかる。それでも作戦地点での軍の展開が間に合うそうだ。帝国軍の動きが早いのと魔王の侵攻速度がゆっくりだからだ。
「今回は僕一人で魔王を倒すから、アリスと詩織は待っていてくれ」
「それは……私達が足手纏いになるから?」
「ああ、そうだ。それに作戦がうまくいけば一人で問題なく倒せる」
「何それ? 他の人に命を賭けさせておいて、安全なところいろなんて冗談じゃない! 私も絶対に行く!」
「勿論、私も行くわ。もしかしたら、予定外の事が起こるかもしれないし、戦力は多い方がいいでしょ?」
これは駄目だと言っても無理矢理付いてきそうだ。勝手に動かれるよりも近くにいた方がマシか。詩織とアリスの固い決意に、カズキの方が折れる。
帝国軍は魔導戦車を主力に機動性の高い騎兵が何万騎も駆け回り魔法を放つ。
「発射――ッ!」
指揮官の号令の元、戦車の主砲が火を噴く。大気を引き裂き数十発もの砲弾が二体の魔王へ放たれるが、熱気に砲弾が溶け消え、重力に引かれて急激に落下し一発たりとも届かない。
弾種を実弾から魔法弾に変えても結果はほぼ変わらず、掻き消され、押し潰されるだけだ。戦車の砲撃すら効かない魔王に騎兵の個人火力など決して届かないが、ひっきりなしに攻撃することで注意を少し逸らさせるぐらいはできる。
指揮官の采配の元、こちらの目的に気付かれないように後退しながら、攻撃を続ける。
『兄者、こいつらうるさいから一気に殺していいか?』
体を炎で形成している大鳥のソールが、上半身だけの騎士甲冑姿のヴァリティスに苛立ちのこもった声で問いかけた。
『ここまで侵攻しても、下位の魔王達を倒した者が出てこないとは……杞憂だったようだ。好きにするといい』
『よっしゃー! いくぜぇ!』
ソールが炎の翼を大きく何度か羽ばたかせると、熱気が地上へと放出される。
ソールが放った熱波は草木を一瞬で塵に、周囲にいる騎兵を消し炭にし、戦車の装甲が真っ赤になり溶けていく。
熱波によって半数以上の兵士が焼け死に、軍としては全滅に等しい打撃を受けた。
「馬鹿な……これほどまでに力の差があるというのか!? こんな化物に人が勝てるわけがない……」
身体のいたる所に火傷や炭化を負いながらも生き残った指揮官は絶望に染まった顔で、最後に軍人として命令を実行するべく、全軍に撤退を指示する。
帝国軍はしっかり統制を取れているとは言えない状態だが大部分の兵士はある方向へ向け、全力で撤退をしていた。
それを追うソールの目に大きな町が目に入る。より大きな獲物を見つけたことでそちらへと進路を変える。
『おいおい、どういうことだ!? なんで人間がいねぇんだよ!』
既に避難して人のいない町の上空で怒りを露わにする。ソールの怒りに比例して熱量が増し、地上にある建造物がロウでできているみたいに溶けだしている。
ソールの怒りの矛先は、撤退中の帝国軍に向けられる。
追いつかれた帝国軍は一瞬で消し炭にされた。帝国軍は全滅したが任務を完了していた。
『おっ! なんだいるじゃねぇか』
遠くに避難民の集団がいるのを発見し、上機嫌に飛翔する。
避難民は魔王の姿を見ると恐慌状態になり、逃げだすこともできず、ただ喚き、震え死の瞬間を待つことしかできなかった。
避難民の元まで辿り着いたソールが焼き尽くすべく翼を広げた瞬間――
『――――!?』
空間が歪む。ソールが危機を察知して咄嗟にその場を離れようとするが、遅い。
『ぎゃああああああああ!?』
炎でできた身体の大半が消滅する。
瀕死のソールの前に魔王姿のカズキが現れる。
『な、なんで、手前ぇが生きてる!?』
『今から死ぬお前が知る必要はない』
カズキが手を向けると、わずかに残ったソールを完全に消滅させる。