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我が人生に悔いはない

 腹も膨れて人心地つくと、半日も戦って汗や砂埃で汚れた身体を不快に感じる。寝る前に汗を流すかと思い、部屋の外で待機しているメイドに風呂場に案内してもらった。


 初めてメイドを見た。メイドのおばちゃんとか、コスプレでメイド服を着ている女性ではなく、若くて美人な本物のメイドだ。その後ろ姿を見入っていたら、いつの間にか風呂場に着いていたようだ。


「こちらが客人用のお風呂でございます」

「客人用の風呂はここしかないのか?」

「はい、そうです。……何か不都合がございましたか?」

「……他に客っている?」

「いえ、いません」


 お辞儀をして去るメイドの後ろ姿を見送り、脱衣所で服を脱ぐと、風呂場の扉を開ける。

 真っ白に磨かれた風呂は泳げそうなくらい広い。壁際にはシャワーが付いている。こういうところは前の世界と遜色ないレベルだ。

 さっさと身体を洗ったら、お風呂に浸かる。


「ふぅ――」


 適度な熱さが気持ちよくて、思わず声が漏れてしまう。

 道中メイドから聞いた話だと、ここの風呂は温泉から湯を引いているらしい。

 今日の疲れが身体から抜けていくのがわかる。これからの不安な事もすべて忘れて、今はゆっくりしたい。

 あまりの心地良さにうとうとして寝てしまった。


 話し声が聞こえて目を覚ます。まだ寝起きでボーっとしている。寝ていたのはほんの少しの時間だったが身体が軽くなっている気がする。

 そろそろ上がろうかなと、思った時だった。

 脱衣所に続く扉の向こうから、人の気配がしたのは。


「…………ん?」


突然の事態にカズキが硬直していると。


「アリスさん、早く早く」

「そんなに急がなくても逃げたりしないわよ」


 詩織とアリスが風呂場に入って来た。濃い湯気の中かすかに見えた。詩織とアリスは、大部分はタオルで隠れていたが、間違いなく……裸だった。

 風呂場なんだから裸なのは当然なのだが、そういうことを言いたいわけではない。

 

 食事の前に身体を綺麗にしたいと言って風呂に入ったはずだ。だから、貸し切り状態だと思って完全に油断していた。二度風呂なんてありかよ!?

 カズキは慌てて湯の中に潜って隠れる。そして、できるだけばれないようにするため隅の方に潜行する。


「はぁ~、やっぱり、大きなお風呂って、いいよね~」


 カズキが隅に隠れるのと同時に、詩織とアリスが温泉に着いた。

 や、やばい!? なんで咄嗟に隠れてしまったんだ!? 

 気が付いた時に声を上げて入っている事を知らせたら、まだギリギリセーフだっただろう。だが、今やったら完全にアウトだ。


 隠れてしまったのは、まあ、多少は……覗きたい気持ちがあったのは否定できない。

 そうこうしているうちに、詩織とアリスが張りと艶のある肌を惜しげもなく晒し、湯に浸かる。


「あ~……気持ちいい~」

「ええ……本当にね」


 お湯の中で気持ち良さげに伸びて、温泉を楽しんでいる。

 美少女達と共に温泉に入るという、楽園のような状況だが、カズキとしては純粋に楽しめる状況ではなかった。

 まず問題として透明度の低い温泉なのと、離れている事もあって水中からでは、少女達の瑞々しい裸体が全く見えない。


 これだけ濁って見えないんなら、少し近づいてもばれないのでは? と思うがこちらから見えるという事は、あちらからも見える可能性がある。

 というか、いつまで入っている気なんだ!? さすがにアリス達が風呂から上がるまで息が保つわけない。このままだと死ぬ。


 くそっ。扉を開いて逃げるか? ……いや、そんなことしたらカズキが脱出する時にお湯ごと転移させてしまう。さすがに、そんなことすれば気付かれるだろう。

 カズキの苦悶など露知らず、アリス達は何気ない会話に花を咲かせる。


「そういえば……カズキが部屋に居なかったけど……覗きに来てるなんてことは……」

「うーん……私としては、ちょっとくらい覗かれてもいいかな?」

「いやいや、よくないですよ。アリスさんのこの綺麗な身体をあんな奴に見せるなんて」

「……とられたら困るから?」

「そ、そんなんじゃ……!」

「ちゃんと気持ちを伝えないと後悔するよ。……まだカズキさんより弱い魔王が相手で余裕があるけど、今後、私達は生き残れるかもわからないんだから……」

「それは…………」


 空気が重くなりかけたところで、アリスが詩織に抱きつく。


「だから、今を精一杯楽しく生きたらいいの!」

「わわっ、ちょっと、くすぐったいです」

「詩織スタイルいいし、胸も私と同じくらい……いや少し大きいわね。……それに、私と違って若くて瑞々しい肌なんて羨ましい限りだわ」

「何言っているんですか。アリスさんも十分に若いですよ。もっと自分に自信を持ってください」


 きゃっきゃっうふふと裸の美少女が戯れる夢のような中……

 カズキは息苦しさと熱気に耐え続け……意識が朦朧としてきても、まだだと耐えて……

だが、ついに……限界が来た。


「だぁああああああああ――っ!!」


 突然、盛大に湯柱を上げて、カズキが湯の中から現れた。


「……ぜぇ……ぜぇ……ふぅー……死ぬかと思った……」


 いきなり現れたカズキにアリス達は驚きのあまり硬直する。

 カズキはそんなアリス達の姿を目に焼き付けると。


「……我が人生に悔いはない」


 何かを成し遂げた妙に清々しい顔で風呂を出て行こうとするが。


「……じゃあ・今・死ね!」


 凍り付いていた時が動き始めた詩織が、青筋を立て、その拳に凄まじい魔力を湛え……

 城の壁をぶち抜いて、夜空を変態が舞った。

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