召喚されたクラスメイトは
天童日向は光が収まったのを確認すると、閉じていた目を開く。周囲を見ると、どうやら自分達は広間にいることが分かった。大理石でできているのか。壁も柱も白く、照明らしきものがないのに明るい。
日向達は広間の中央にある一段高い台座のような場所にいる。周囲にはクラスメイト達が困惑した様子で周りを見まわしている。あの時、教室にいた全員がいるようだ。……いや、全員ではない。
詩織がここにいない誰かを探すようにしている。だが、三十人程度しかいないこの場にカズキがいないのがわかり、力なくその場に座り込む。
「夏目、あいつならきっと大丈夫だ」
「そうかな……」
「ああ、こんなとこで死ぬような奴じゃないさ。せっかく異世界に来たんだ。あいつなりに楽しんでいるかもしれない」
「……ふふ、そうだね。私を放って楽しんでいるようなら、その時は殴るわ」
日向は項垂れる詩織に駆け寄り励ます。顔を上げた詩織はいい笑顔で拳を握りしめている。立ち直ったのは良かったが、すまないカズキ、殴られる事は確定みたいだ。
とりあえず、これで夏目は大丈夫だ。あとは目の前の事に集中しよう。
広間にいるのは俺達だけではない。台座の前に白い法衣のようなものを纏った集団がいる。先頭にいる金の刺繍がされた法衣の老人が一歩前に出てくる。
「ようこそ、偉大なる神に導かれし勇者様方。私は神聖教会にて教皇に就いているヴァーラルといいます。勇者様方は混乱しているようですな。説明しますので、ゆっくりと話ができる所まで案内しましょう」
ヴァーラルに案内される間、日向は騒ぎそうになるクラスメイトを落ち着かせ、俺に任せてくれと言い、普段通り堂々とした態度をとることで安心させようとする。
案内された広間には、大きいテーブルがいくつも並んでいる。分かれて席に着くと、法衣集団が全員にお茶が淹れる。
話を始める前にお茶を飲むようにヴァーラルに勧められる。精神を落ち着ける効果があるらしい。しかし、すぐに口をつけようとする生徒はいない。自分達を意味の分からない場所に連れてきた人物から出されたものを何の疑いもなく飲めるような生徒はいないようだ。
とはいえ、このままではいられない。日向は率先してカップを手に取ると、一気に飲み干す。確かに、心が落ち着く。知らず知らずの内に力が入っていた身体からほどよく力が抜ける。
日向が飲むのを見た生徒達も次々に口をつける。
全員がお茶を飲むのを確認するとヴァーラルが話し始めた。
ヴァーラルの話を要約すると。
この世界には、大きく分けて人間族と亜人族の二つの種族がいる。二種族を合わせて人族とも呼ぶそうだ。二千年前、魔界から侵攻してきた魔王達とその配下の悪魔により、人族は滅亡の危機に晒された。悪魔とは、人族より強大な力を持ち、力こそを絶対とする凶悪な化物だそうだ。
神々が人族に加勢することで、魔王を何体か滅ぼし、残りの魔王達と悪魔を魔界へと封印して、魔王達に勝利を収めた。
しかし、今二千年続いた封印が破られ、魔王達の侵攻が再開された。前回の戦いで何柱もの神が滅び、戦力が低下した現状では人族は滅びると判断した神々により、異世界から力ある者達を呼び寄せた。それが俺達ということらしい。
俺達にそんな力があるのか疑問だが、神が言う事は絶対で間違いはないのだそうだ。恐ろしいくらい神を信奉しているようだ。神がいなかったら、既に人族は滅亡していたのだろうから、その気持ちはわからなくはない。わかりたくはないが。
「俺達全員が魔王と戦わないといけないのでしょうか? 中には命懸けの戦いをしたくない人もいるでしょう。その人達だけでも元の世界に帰してくれませんか」
「残念ですが、それはできません。私達にはあなた方を帰還させる方法はありません」
ヴァーラルの言葉に空気が凍りつく。誰もが何を言っているのかわからないというようにヴァーラルを見る。その状況でも冷静に日向は問う。
「あなた達には不可能でも、神ならできるのですか」
「ええ、そうです。異世界に干渉する力を有しているのは神々だけですので」
「それでは、俺達が帰るには魔王を倒さないといけない、ということですか」
「そういうことになりますな。勿論、我々も魔王を滅ぼすのに力は惜しみません」
今まで静かに話を聞いていた生徒達もこの事実には黙っていられなくなったのか、口々に騒ぎ始めた。
「嘘でしょ? 私は嫌よ! 戦いなんて!」
「ふざけるな! 無関係な俺らを巻き込むな! 帰せよ!」
不満を爆発させる生徒達。だが日向に動揺はない。カズキほどではないがこの手の異世界ものを読んできたのだ。元の世界に帰れないぐらいは予想の範疇だ。それに日向にとっては帰れないのは何の問題にもならない。元から異世界に行ってみたかったのだ。元の世界では実現が難しいことも異世界では可能だろうと考えているからだ。
日向はバンッとテーブルを叩き、騒ぐ生徒を黙らせる。強く叩き過ぎたのか、高そうなテーブルにヒビが入ってしまっている。誤魔化すように咳払いを一つすると、静かになったのを確認し、今まで以上に真剣な眼差しをすると。
「ヴァーラルさん、先程、小さい方を見たのですが、この世界には大人になっても小さい子供の姿のままの種族はいますか?」
「……え、ええ、いますよ。小人族と呼ばれる種族です」
日向はその答えに満足そうに頷く。意図の分からない質問に生徒達は呆然となる。
「みんな、過ぎた事を嘆いても何も始まらない。前を向いて進むしかない。……俺は戦うことに決めた。この世界の幼じ……人達が危機に晒されているんだ、それを放っておくことは俺にはできない。俺はよう……人々を救うために魔王を倒す。魔王さえ倒せば元の世界に帰れるんだ。俺はたとえ一人でも幼……みんなを救ってみせる!」
ところどころ本音が漏れそうになっていたが堂々と宣言する日向。無駄に良い笑顔で決める。
カズキがこの場にいれば「イケメンはいいね、そんな恥ずかしいこと言っても様になるんだから。つーか、お前もうちょっと本音隠せよ。僕には変態だと宣言しているようにしか聞こえないんだけど」と小声で言っていただろう。
日向の言葉に胸を打たれたのか、生徒達は希望に目を輝かせる。女子にいたっては、黄色い声を上げる者がたくさんいる。一部例外もいる。それは日向の趣味を知っている詩織だ。「うわー」といった感じに日向から距離を取っている。
結局、日向の発言に流されるように全員が魔王との戦いに参加することになった。生徒達には一人一人に一部屋与えられた。神に選ばれた人間ということで、優遇されているみたいだ。今日はもう休むことに決めて解散ということになった。
日向と詩織はヴァーラルに聞きたいことがまだあるということで時間を取ってもらった。一番初めに聞きたいことだったが、みんなを不安にさせるといけないので聞けなかったことだ。
「それで、聞きたいこととは何でしょうか。私に答えられることならば何でも答えますよ」
「実は、俺達と一緒にいたのに一人だけいない人がいるんです。何か知っていませんか?」
「ふむ? 申し訳ありませんが、私にはわかりませんね。どういう状況だったか詳しく教えてくれませんか」
日向は黒い穴にカズキが落ちたことを詩織に捕捉されながら説明した。
「まさか、そんなことが……。前に異世界に干渉できるのは神々だけと言いましたが、他にもできる者がいます。それは……魔王です」
「そんな……それじゃあ、カズキは……」
「気の毒ですが、生存は絶望的でしょうな。……一応、私達の方で捜索をしてみましょう」
よろめいて倒れそうになる詩織を日向が支える。日向は歯を食いしばる。これ以上質問する気にもなれず、休むことにした。