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嫉妬

 食事中の二人を少し離れた建物の影から見ている一人の少女がいた。


「え。なにあれ。どういうこと」


 感情を押し殺した平坦な声は逆に恐ろしいものがある。

 知らず知らずのうちに力が入って、建物の壁にひびが入る。


「おい嬢ちゃん、俺の店に傷つけてんじゃ……ひぃ!」


 店主らしき大男が怒りを含んだ声を発したが、少女の狂気をはらんだ表情に悲鳴を上げて逃げ出した。


「ふふふ。二年も私を放っておいて、可愛い女の子とイチャイチャして。許さない……!」


 ついに壁が破壊されて大穴が開くが、店主は文句を言えなかった。




 食事を終えてアリスと町中を散策していた時。


 ――ゾクリ

 背筋が凍えるような悪寒が走る。


「どうしたのカズキさん?」

「あ、いや、何でもないよ」


 本当は何でもなくない。今感じたのは間違いなく殺気だ。アリスが気付いていないところを見るに、自分に向けられたものだ。身の危険を感じる程の凄まじい殺気の主に心当たりはない。

 他の魔王に裏切ったことがばれた可能性はない。七位を滅ぼしたのは誰にも見られていないし、もしこの殺気が魔王であれば、今頃この町は跡形もなく吹き飛んでいるだろう。

 となると、誰が……? 


「カズキ……」


 名前を呼ばれて前を見ると、よく見知った少女が少し成長した姿でいた。


「……詩織」


 なんでここにとか問う前に、鋭い踏み込みと共に懐に入られた。踏みしめた周囲の石畳の放射状にひびが入り、詩織の握りしめられた拳が輝く。


「へ――?」

「――せいッ!」

「ぐべらっ!?」


 詩織の拳がカズキの腹に抉り込むように突き刺さり、空高く打ち上げられる。


「ごふっ」


 地面に激突する前に受け身を取ろうとしたが、叩き落とされて石畳を砕いて埋まる。


「――いきなり何するんだ!?」


 石畳の破片を散らしながら勢いよく立ったカズキが抗議する。


「何か言うことはない?」


 笑顔で聞いてくる詩織だが、目が笑ってない。

 怒ってらっしゃる。ここは素直に謝っておくしかない。


「えー、今回は心配を掛けたようで大変申し訳ございません」


 土下座をしながら謝罪をする。


「誠意が足りない。本当に申し訳ないと思っているの?」


 土下座でも誠意が足りないようだ。

 正直言うとちょっぴり程度しか申し訳ないとは思っていない。不可抗力で二年間も行方不明だったみたいだが、僕にとってはまだ二日なのだ。

 

 というか詩織がここにいるのおかしくないか。昨日魔王討伐が終わってクラスメイト達は別の列車に乗っていたはずだ。ここにいるという事は同じ列車に乗っていたことになる。わざわざ他の奴らと別行動をする理由がわからない。


 ――いや待て。さっきまで寄り添うように隣にいたアリスがいつの間にかいなくなっている!

 土下座をしたまま目だけを動かし探す…………いた! 

 屋台で買ったのかフルーツやクリームを乗せたクレープを美味しそうに食べている。


 カズキと視線が合うとひらひらと手を振ってくる。一切助ける気がない様子に原因がアリスだとわかる。

詩織と知り合いみたいだし、魔王戦前に何か言ったのだろう。だから今ここに詩織がいるわけだ。


「ねぇ、聞いているの?」


 無視したと思われたのか声の圧力が一段階増した。

 と言われても、土下座以上に何も思いつかない。そもそもそこまでする程僕別に悪くないよな? うん、そうだ。勢いに押されて土下座させられたが、僕は悪くない。

 土下座をやめて立ち上がる。


「何をやめているの」

「もう謝ったじゃないか。そもそも僕あまり悪くないよな。何をそんなに怒っているんだ?」

「……私がこの二年間どれだけ心配したかも知らないで……見つけたと思ったら、鼻の下伸ばしてアリスさんとイチャイチャして……!」

「え? つまり嫉妬し――ぐはっ」

「だっ、誰が! そんなわけないでしょ!」


 照れ隠しに手が出るのはやめてほしい。地味に痛い。確実にこの二年で暴力性が増している。

 余計な事を言うのはやめた方が身のためだな。


「僕にだって事情があるんだ。まずは聞いてくれないか」

「……ふんっ、いいわ。一応聞いてあげる」


 まだご立腹のようだが、話し合いに応じてくれてホッとした。



 

 傍観していたアリスが泊まっている宿屋の部屋で話をする事になった。

 一人部屋でベッドに二人、椅子に一人座ることになったが、公平にカズキが椅子に座って、ベッドにアリスと詩織に隣り合って座ってもらった。

 幸い、二人は友達らしいので今のところは仲良く見える。


「―――ということがあったわけだ」


 カズキが第四位魔王ということも全て話した。詩織にも協力してもらいたいからだ。


「……にわかには信じられないけど、カズキがこんな冗談を言うとも思えないし、信じる」


 こういう時、長年の付き合いからくる信用があって良かった。これが知らない人だったら一笑に付されていただろう。


「ところで、カズキさん。三位以上にどうやって勝つつもりなのかしら?」

「策と言えるほどのものはまだない。でも、悪魔は殺せば殺すほど強くなる。強い奴を殺せばさらに強くなれる。つまり、魔王を倒していけば僕より上位の魔王にも勝つことはできる。……その点で言えば今回は大収穫だったな。死体だった魔王を倒して得られる力は予想より小さかったが、七位から十二位の内、五体も倒せたからな」

「もしかして、私が八位を倒さない方がよかったのかしら」

「できることなら止めを刺したかったけど、もう過ぎたことだしいいよ」

「…………ねぇ。何でもっと早く七位魔王を倒さなかったの」

 なぜか俯いている詩織。その表情は見えないがカズキは気にすることなく答える。

「ん? 昨日知ってすぐに向かったじゃないか」

「そうじゃなくて、魔王ならもっと早く侵攻してくるのがわかったんじゃないの」

「まあ、やろうと思えばできたな。……それがどうしたんだ?」


 カズキの言葉を聞いた詩織がカズキに詰め寄り、胸倉を掴んで立たせる。


「それが、どうした……ですって!! 今回の七位魔王の侵攻で何十万って人が死んだのよ! 多くの人が死ななくて済んだかもしれないのに何で何もしなかったの!?」


 怒りの感情も露わに憤る詩織。

 カズキは詩織の剣幕に驚くも、すぐに冷静に返す。


「必要なことだからだ。人が魔王に対抗できるものを持っているか確かめるためにな。今回は外れだったが、今度は何かがあることを期待している」

「必要……? 今度……? また同じように見殺しにするの!?」

「ああ、勿論だ。勝つためには多少の犠牲はしょうがない」

「――――っ! 魔王になって心まで変わったの!? …………ねぇ、カズキ……嘘だよね? そんな酷いことカズキが言うわけないよね……?」


 縋り付くようにして、否定してほしいと願っている詩織に、冷たい声で事実を告げる。


「詩織。僕は世界を救う救世主じゃない。ただ殺し壊し滅ぼし、何百万、何千万もの屍の山を築き上げるだけの魔王だ」

「――馬鹿ッ!!」


 カズキを張り飛ばすと、扉を乱暴に開けて走り去っていく。

 床に倒れて、その後ろ姿をただ見送るしかできなかった。


「女の子を泣かせるなんて罪ね。もっとうまく立ち回れたんじゃないの?」

「……やろうとすれば出来たさ。でも、綺麗事だけじゃ世界は救えない。僕が悪人になって救えるんなら安いものだ」


 自嘲気味に言って立ち上がると、倒れた椅子を起こし座る。


「本当に世界を救うために? それはついでではないの?」

「ああ、そうだよ。世界がどうなろうが構わない。ただ大切なものを守れればそれでいい」

「その大切なものを泣かせたわけだけど、追わなくていいの」

「追い掛けたところで、何て声かければいいかわからないし、……ここは時間に解決してもらえばいいんじゃないかな?」

「ヘタレ魔王」

「ぐっ……」


 アリスは弱気なカズキを責めるように冷たい視線を向ける。


「ところで、アリスは僕を責めないのか?」

「私は詩織みたいに若くないから、世の中綺麗事ばかりではいられないってわかっている。嫌な事だけど、大人の対応といった感じかしら。……ヘタレなカズキさんに変わって私が詩織を慰めに行くわ」

「すまない」


 詩織を探しに部屋を出ようとしたところで止まり、振り返る。


「ちなみに、私はカズキさんにとって何?」

「……大切なものだよ」

「ふふっ。それが聞けて嬉しいわ」


 照れくさくてアリスから目を逸らして小さな声で呟く。それを聞いて、嬉しそうなに微笑むと今度こそ部屋を出る。


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