帰還
目標を殺したのを確認し王都へ向かおうとした四腕の魔王が――消えた。
何の前触れもなく四腕の魔王がいた地点が地面ごと球状に切り取られて、肉片一つ残さずその存在は一瞬で消滅した。
上空には漆黒の六翼を持つ魔王が増えていた。その掌の上に瀕死のアリスがいる。
「……ごめん、なさい。……私、カズキさんの……足を引っ張って……」
涙を流し悔しがるアリス。
『気にするな。八位を倒せたんだ。後は任せてゆっくり休め』
カズキはアリスを安全な所に転移させると、王都上空に転移する。
戦闘中だったカズキが消え、別空間にいきなり転移させられて警戒するイモルテルを見下ろす。
『…………!? これはこれは、第四位トライシオン王。儂にどのような用ですかな?』
『第七位イモルテル王、貴様を滅ぼす。僕の大切なものを傷つけた報いを受けるがいい!』
トライシオンと呼ばれたカズキは、イモルテルに死を宣告する。
『何故、儂が滅ばされなくてはいけない? 滅ぶのはあなただトライシオン王!!』
十一位、十二位魔王の死体が現れ、九位とイモルテルを合わせて、計四体の魔王が敵に回る。
『かかかっ。どうだ! これでも儂に勝つつもりかトライシオン王?』
八位と十位をやられたとはいえ、これだけの戦力があれば第四位魔王に勝てるなどという甘い期待をしてしまうのも仕方ないのかもしれない。
四体の魔王が各々小さな町なら消し飛ばせるだけの攻撃を放ってくるが、カズキは力の差を見せつけるために避けない。
まともに受けたら死ぬだろう。だから、全ての攻撃を転移させてそのまま返してやる。
『ぐっおおおおおおぉぉぉぉ!!』
自らの攻撃を受け悲鳴を上げる。大きな隙を見せる魔王達の近くに転移すると、腕を一振りする。十一位と十二位が空間ごとバラバラに切断された。
死体のため痛覚がない九位が立ち直り、激流のブレスを吐き襲いかかってくる。
カズキが腕を前に出すと、不可視の壁に当たったかのように弾かれ届かない。
開いた手を握りしめると、九位の周囲の空間が指の動きに合わせて歪み、握り潰される。
戦闘開始からほんの数秒の内に、九位、十一位、十二位の三体が滅んだ。
『ば、馬鹿な!? 儂の最強の駒がこんなあっさりやられるとは……』
『当然だ。貴様ら下位魔王がいくら集まっても上位魔王に適うわけない。……消えろ』
圧倒的実力差に戦意を失ったイモルテルを跡形もなく滅ぼした。魔王を滅ぼしたことによってカズキの力が大きくなるのを感じる。
イモルテルが死んだことにより、死体兵はただの動かない屍になり、悪魔は逃げた。
こうして今回の魔王討伐は終わった。第七位魔王やその他の魔王を倒したのはアリスと謎の全身鎧という事にしておいた。全身鎧の正体はそのまま謎のままにしておいた。
後処理は国に任せ、冒険者達は魔導列車で帰ることになった。
「ずっと寝ているのも暇ね。起きてもいいかな?」
個室のベッドに横になっているアリスは全身に包帯が巻かれミイラみたいになっていた。
「駄目だ。少し前まで死にかけてたんだ。僕を見習って大人しくしてろ」
隣のベッドで横になって休んでいるカズキが言う。魔王戦で意外と疲れたので休んでいるのだ。
「むー……」
不満そうにしているが、カズキの言う通り静かになる。
「……ねぇ」
「何だ?」
「私、役に立ったかな……。私がいなくてもカズキさん一人で良かったんじゃない……」
声が沈んでいる。まだ気にしているらしい。
「……正直言うと、僕一人で十分だった」
「うっ……、容赦ないわね」
カズキの言葉の刃が刺さり、顔を歪ませる。
「まあ今回は魔王がどんなものかある程度わかってもらえたら十分だ。僕一人では全ての魔王を倒すのは無理だ。だからいつかアリスが必要な時が必ず来るから」
「……うん。その時は絶対に役に立つから」
「ああ、期待しているよ」
その後は疲労もあって、マインに着くまでカズキもアリスも眠った。
交易都市マインに到着したのは、日の出の時間だった。異世界の朝は早くもう店が開いている。
アリスの怪我は、激しい動きは無理でも日常生活にあまり支障がない程度に治った。半ミイラぐらいにはなり、包帯の巻かれた右腕を吊っている。
とりあえずギルドに行って冒険者証だけ貰ってさっさと後にした。ちなみにBランクだった。実力はSランク以上でも、実績が今回の魔王討伐しかないからだそうだ。別にランクなんてどうでもいいんだけど。
「あー、腹減ったな。そういえば何も食べてないじゃん」
「それなら良い店知っているわ」
アリスの案内で着いた店は女の子が行きそうなおしゃれなところではなく、普通に宿屋の一階の食堂だった。
「おすすめ二つお願い」
席に着くとすぐにアリスが注文する。
何も意見を聞かれなかったが、まあおすすめならいいのかな。
料理はサラダにパン、シチュー、肉厚のステーキと朝からなんとも重いメニューだ。
結構お腹が空いているからこれくらいボリュームがあってもいいだろう。ナイフとフォークを持ち、肉を切り分けようとしたら、アリスが声を掛けてきた。
「私のも切ってくれない」
包帯が巻かれて使えない右手を叩きながら頼んでくる。カズキは頷いて食べやすいサイズに切ってやる。皿を返そうとアリスの方を向くと、口を開けて待っている。
「……何してんの?」
「食べさせてほしいなあって」
そんな恋人みたいな事をするなんて恥ずかしいが、まあ少しくらいはいいだろう。
フォークで一切れ刺してアリスの前まで持ってきたところで、ある事実に気付く。
このフォーク僕のじゃないか。このままだと間接キスをすることになる。いやまだ使ってないから大丈夫だ。後でアリスのと交換してもらえばいい。
カズキが遅いのに焦れたか、パクッとアリスが身を乗り出して食いついた。フォークから口を放した時に、フォークとアリスの口元の間に糸が引かれているのがちょっとエロいなあと思ったのは黙っておこう。
「おいしいわ」
「それはよかった。ところでフォークを……」
「もぐもぐ。ん? なに?」
カズキが声を掛けた時には、素早いことにフォークを使っていた。
「い、いや、なんでもない……」
気にしたら負けなような気がする。なので、なるべく平静を装いながら食事を続けた。