魔都到着
窓から差し込む日の光。ガタゴトと心地良い揺れ。いつもと違う朝の訪れに寝惚けた頭で状況を整理する。
確か……昨日異世界に来て、それで、今魔王討伐に行っている最中。昨日は色々とあったから長く感じたが、まだ一日しか経っていないのか。
着くのは昼頃だから、このまま布団に包まってダラダラ微睡んでいたい。別に朝起きてやることもないしいいだろう。
そう決めると、寝返りをうって布団を掻き集めて包まろうと手を伸ばす。
何か柔らかいものを掴んだ。
……? 布団にして妙な感触だ。異世界だから、羽毛や綿以外のものを使っているのか……? でも、昨日触った時は普通の布団に感じたが。今触っているのは弾力があり、握ると指が沈み込んでいき、何か幸せな気持ちになる。
「…………んぅ」
すぐ近くでなんか色っぽい声がした。
……さすがに寝惚けているとはいえ、今ので現状を理解できないとか鈍い事は言わない。
目を開くと、思わず見惚れてしまう美少女の顔が息のかかるほど近くにある。そして、カズキの手は彼女の胸をしっかりと掴んでいる。
「…………」
どうしてアリスが一緒のベッドに寝ているんだ? 確か昨日は一人で寝たはずだ。周囲を確認して、間違いなく自分のベッドで合っている。……ふむ。これは不思議な事だ、と思いながらも指が動いてしまうのは不可抗力だ。
とはいえ、このままではまずい。名残惜しいがアリスが目を覚ます前に手を放さないと。
残っている理性を総動員して手を放し上体を起こす。
「あら、もういいの?」
「――――っ!」
悪戯っぽく微笑むアリス。
「い、いつから……」
「カズキさんのかわいい寝顔を見て楽しんでいたわ」
そ、それって、僕が起きる前に既に起きていたのか。それじゃあ、さっきまで寝たふりをしていたということだ。
「朝から随分と大胆なのね? 昨夜もそれだけ積極的だったら良かったのに」
「――――」
恥ずかしさのあまり声が出ない。穴があったら入りたいとマジで思う。列車内に穴などないが、転移能力がある。穴の代わりにはなるだろう。
背後に扉を開き、倒れ込むようにして扉の中に入ろうとする。しかし、腕を掴まれ止められた。
逃げることさえ許されないみたいだ。なら、最終手段しかない。
「すいませんでしたー!! どのような罰も受けますのでお許しください!」
狭いベッドの上で跳び上がり、限界まで身体を縮めて土下座をする。
「別に怒ってないわ。カズキさんのベッドに忍び込んだのは私だから、こういうこともあるかもしれないと期待はしていたし。……でもカズキさんの気が済まないなら、続きでもする?」
「……それは勘弁してください。僕の脆弱な精神が持ちません」
「ふぅ……では、これからに期待しているから」
「……善処します」
朝から一波乱あったが、朝食を食べてゆっくりとしていたら目的地に着いた。
魔王に落とされた王都が遠くに見える地点に天幕が幾つか張られている。一際大きい天幕でそれぞれの代表が集まり作戦会議をするということなので、冒険者側からはアリスと<賢者>に行ってもらう事にした。
集まった戦力は四つ。勇者達を擁する神聖教会、軍事大国である帝国、小国の隣国である王国、緊急クエストで集まった冒険者達。どこの勢力も百人に満たないが、見るからに実力者揃いといった感じだ。ギルマスが言っていたように少数精鋭で挑むわけだ。
作戦会議をやっている間に情報収集を行った。
第七位魔王は死体を操る能力を持っているそうだ。猛毒の瘴気を撒き散らし小国中の人を殺し、その死体を自らの軍団に加えている。死体兵だけでも十万はいるらしい。単純な数の差が三百倍ぐらいある。しかも死んだら敵になるというおまけつきだ。確かにこれなら数は意味を成さないなあ。
瘴気の中では、何の対策もしなかったら数分で死ぬらしい。そのため、神聖教会が用意した護符が各自に配られた。急ごしらえの護符なので一時間程度しか持たないらしい。つまり速攻で魔王を倒さないと全滅する可能性もあるということだ。
帰ってきたアリスから作戦を聞いた。
作戦は一点突破で王城にいる魔王の所まで一気に押し通る。時間もなく敵も多いが、魔王さえ倒せば死体兵は動かなくなり、配下の悪魔も退けることができる。
まあ作戦など関係なく、僕達は動かせてもらう。わざわざ正面から敵を蹴散らしながら行く必要はない。空間転移で王城まで行き奇襲を仕掛ける。
冒険者達には空間魔法を使えるのを秘密にしてほしいと頼んでおいた。敵を騙すならまずは味方からっていうし。
遠くに見える王都は異様な姿となっていた。王都を覆うように紫の瘴気が充満し、建造物はかろうじて元の形を保っているが、全てロウのように溶けている。町のそこら中に死体兵が彷徨い、空には多くの下級悪魔が飛び回っている。たった一日で魔王の居城として相応しい雰囲気になっている。
ちなみに今のカズキは翡翠色の全身鎧に純白のマントを羽織っている。鎧に隙間はなく、一切肌が出ていない。瘴気は効かないので瘴気対策ではない。身体強化する能力があるが、目的はカズキだとばれないようにするためだ。
勇者が来るのは予想できたので、到着してから装備しておいたのだ。
「くっ、幼女にまで手にかけ、あまつさえ、その亡骸を操るなど侮辱でしかない! こんな悪逆非道の行為決して許されるものではない。この俺が八つ裂きにしてやるぞ魔王!」
「はぁー。やる気があるのはいいけど、あまり無理はしないようにしてよ?」
怒りに震える少年と呆れを含んだ少女の声がして、そちらを見ると、よく見知った男女がいる。
カズキの視線に気付いたのか少女がこちらを見てくる。
まさか、ばれたか!? と一瞬慌てるが、さすがに全身鎧を纏っているのでそれはないだろう。ただ単に翡翠の鎧が目立つから見ただけだろう。さりげなく目を逸らして離れる。
少し時間があるので冒険者達の様子を見てみる。
「これが瘴気か。頭が痛むぜ」
「しかも吐き気まで、まだこんなに離れているのに」
「今からもっと濃い瘴気のところに行かないといけないのに大丈夫か?」
いや、お前らのはただの二日酔いだから。緊張しすぎるよりはいいが、あまりに緊張感がないのも問題だ。しかし、これが通常運転みたいなので特に何も言わない。