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押して駄目なら引いてみろ

 王都近辺への到着は明日の昼頃になる。それまでは各自英気を養うようにという事だ。

 というわけだったのだが、誰かが酒樽をいくつか積み込んでいたため続きをする事になった。一度ぶちまけてすっきりしたのか、みんな飲む気満々だ。まあ別に止めるつもりはない。時間はたっぷりあるし、ちょっとぐらい大丈夫だろう。


 そういうわけで、貰った小樽を小脇に抱えアリスと個室で飲むことにした。個室は左右にベッドが一つずつあるだけだ。さっきは気付かなかったが、アリスは酒を注ぐばかりで自分は全く飲んでいなかったのだ。


「なんで、飲んでないんだ」


 カズキは持ってきた机に小樽をどんっと置き、アリスに詰め寄る。


「それは……お酒を飲むと、自制心を保てないことがあるから……」

「そうか。……なら問題ないな。僕だってさっきは散々醜態をさらしたんだ。今度はアリスの番だ」

「ま、待って。私あまりお酒は好きじゃなくて」


 そう言いながら立とうとするアリスの肩を掴むと座らせる。


「大丈夫だ。そんなこともあろうかと、女性でも飲みやすい果実酒にした。……ほれ」


 グラスに酒を注ぐとアリスの前に置く。

 しばらく、カズキの顔とグラスとを見て逡巡していたが、意を決してグラスを持つと一気に飲む。


「ふぅー。……甘くて、意外と悪くないわね」


 白い肌をほんのり赤くなっている。ケモ耳がピコピコと可愛らしく動いているとこを見ると美味しかったみたいだ。


 カズキがもう一杯注ぐと、すぐに空にしてしまう。いい飲みっぷりだ。

 目をつぶって味を噛みしめるようにして、またケモ耳を嬉しそうに動く。その様子が可愛く面白いので、次々と酒を飲ましてしまった。


「んふふっ、ふふっ」


 何が楽しいかわからないが隣に座ったアリスがカズキの顔を見て嬉しそうにしている。これは完全に酔ってしまっている。さすがにこれ以上飲んだら明日に響くかもしれない。アリスから小樽を取り上げるが、既にほぼ空であった。


「あーっ、まだ飲むんだから~」


 アリスが小樽を取り返そうと身を乗り出してくる。


「いや、もうないから。それにちょっと飲み過ぎだ」

「飲めって言ったのはカズキさんじゃない。……隙あり!」


 小樽を奪おうと伸ばされた手を上体を逸らして何とか躱したが、バランスが崩れてアリスもろともベッドに倒れ込んでしまう。小樽を床に落としてしまったが、アリスがそれを追うことはなかった。


 アリスに押し倒される形になっている。潤んだ瞳に、上気して恍惚とした顔、長い白髪が垂れて鼻先をくすぐってくる。


 色っぽい表情に胸が高鳴る。しばらく無言で見つめ合うがどちらも動かない。

 いつまで続くのかと思われた沈黙はアリサが身を引いたことで終わりを告げた。


 少し期待していたから残念だなあ、と思いながら起き上がろうとしたが、その前に胸倉を掴まれて起こされた。

 目の前には不満そうに頬を膨らませるアリス。


「……あー、どうしたんだ?」

「……なんで」

「ん?」

「なんで何もしないの!? 抱きしめるなり、ベッドに押し倒すなりしないの!?」


 ええー、何で怒られているんだ僕。ちょっと理不尽じゃない? 


「私に魅力がないわけないよね。よく私の胸を見ているし」


 ばれてただと!? 最強クラスの身体能力を駆使して気付かれないようにしていたはずなのに。……あ、人の姿の時はほぼ同じぐらいの能力だったのを忘れていた。


「黙ったままだけど、カズキさんは私の事どう思っているの!?」

「え、えーと……その前に聞いておきたいことがあるんだけど。……なんでアリスは僕に……その、好意的なのかなあって? 特にそう思われるようなことやった覚えないんだけど」


 質問には答えず、少し濁すようにして聞く。ずっと疑問だったことだ。別にイケメンというわけではないし、好まれるような性格でもないだろう。その証拠に今まで彼女ができたことはない。


「……いいわ」


 そう言うと胸倉を掴んでいた手を放し、並んで座り直すと語り出した。


「カズキさんも知っての通り、人離れした強さを持っている私は十歳の頃には既に負け知らずだったわ。そんなのだったから、私より弱い男の人に興味が持てなくて。だから、好きな人は私より強い人。……でもそんな人はいなかったから、恋もできず何十年も無駄に年を重ね続けてきたのよ。……ううっ」


 最後少し涙ぐんでいる。なんかよくわからないが苦労してきたみたいだ。というか、何十年もってことは、見た目通りの年齢でないのか。そういえば、魔力が多い人は身体の成長を止めてずっと若い姿のままいることもできるらしい。


「そういえば、アリスって何歳なんだ?」

「むっ。女性に年齢を聞くなんて失礼だけど、カズキさんなら特別にいいわ。……八十八歳よ」


 ファンタジーってすばらしいなあ。普通ならしわくちゃなババアだよ。そんなこと言ったらぶっとばされるから言わないけど。


「……やっぱり、こんな行き遅れなんて嫌だよね。もっと若くて可愛い子の方がいいよね」


 アリスらしくない弱気な発言に驚く。だが、これは否定せずにはいられない。


「そんなことない! アリスより綺麗で、可愛い人なんて見たことがない! 僕は歳なんて気にしない」

「……本当?」

「ああ、本当だ」


 不安そうにカズキの顔を窺うアリスに大きく頷く。


「それなら証明して」

「え? 証明……?」

「そう。行動で証明して」


そう言って両腕を広げるアリス。


「…………っ!」


 アリスの腕は微かに震えている。その震えが恐怖からくるものだとわかる。今までそんな様子を見せていなかったが、魔王との戦いが不安なんだろう。


 それもある意味当然かもしれない。魔王の力の前に成すすべなく敗北したのだから。

 もし、魔王を知らなかったら、今頃自信に満ちていただろう。


 これは自分のミスだ。必要以上に彼女を怖がらせることになってしまった。なら、責任を取るのは当然だが、それ以上にこんな姿は彼女には似合わない。

 カズキは腕を伸ばし、力強くアリスを抱きしめる。


「大丈夫だ。アリスは魔王に十分渡り合えるだけの力を持っている。……それにアリスは僕が守るから」

「――うん!」


 喜びを伝えるようにアリスが背中に手を回してくる。

 さらに密着することになり、柔らかい身体の感触やいい匂いまでしてきてカズキの理性が削られていく。このままいくところまでいってしまいそうな気がするが、そうはならない。

ヘタレだからだ。


 自分でもホント思うけどヘタレだ。どれくらいヘタレかと言うと可愛い幼馴染に対して何年間もなんのアクションも取れないぐらいだ。


 ――というわけで、不服そうなアリスをなだめ、明日に備えて寝ることにした。勿論、別々のベッドで寝た。

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