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かっこつかない出陣

「カズキさん、格好良かったわ」


 アリスが嬉しそうに抱きついてくる。色々と柔らかくて戸惑うし、何よりも大勢の人の前で抱きつかれるのは恥ずかしい。

 アリスの大胆な行動に女性から黄色い声が上がる。男共はいつの間にか回復し、涙を流しながら何かを諦めたような表情をしている。


「<神姫>の幸せそうな姿を見たら、もう認めるしかない」

「ああ、そうだな。俺達に勝ったんだ。カズキになら任せられる」

「くっ、幸せになれよ。もし<神姫>を泣かせたら、全力でお前をぶっとばす!」


 ……なんかよくわからないが、アリスとの仲を認められたみたいだ。まだそんな仲ではないのだが、もう周囲にそういうことだと認識されてしまっている。例え今、否定をしても照れ隠しとしか受け取られないだろう。それでも強情に否定をしたら、第二ラウンドが始まりそうだ。結構疲れたし、それは勘弁願いたい。


 見事なまでに外堀を埋められたわけだが、この状況を創り出した策士は、とてもいい顔で微笑んでいる。やられてばかりだから、偶にはその余裕のある表情を崩してやりたい。


 アリスに抱きつかれて、あてどなく彷徨っていた両腕で思いっきり抱きしめ返してやる。鼻と鼻が触れ合いそうなほどの近さになる。突然のカズキの行動にアリスの顔が真っ赤に茹で上がり、ケモ耳がせわしなく動く。


「え? あの、ちょっと、――――っ」


 わずかな距離をゆっくりと縮めていくと、戸惑い慌てるアリスはぎゅっと目をつむる。

 期待と不安に揺れながらも逃げることなく受け入れようとする様はちょっとばかり微笑ましい。攻めるのは大丈夫でも攻められるのは駄目みたいだ。

 まあヘタレなのでなにもしないで、アリスを解放する。


「…………」

「…………」


 なんか気まずくなりお互いに無言になってしまう。二人の世界から帰ってきたことで、ドンッ、ゴスッとか鈍い音がするのに気付き、周囲に目を向ける。

 男共が壁や地面に拳を叩きつけている音だった。


「ぐっ、頭では受け入れたつもりだったが、心が現実を認められない!」

「やめろー! 見せつけるなっ! 俺の精神がもたない!」

「てめぇら! こうなったら<神姫>とカズキの仲を祝して今日は盛大に飲むぞ!! 勿論、カズキのおごりだ!」


 自棄っぽく言う<賢者>に他の冒険者も乗って、酒場を貸しきって飲むことになった。

 勝手に決められたが、それで闇討ちとかしてこなくなるならまあいいや。お金に関しては宝石類を売って何とかした。


 この世界では十六歳以上で成人なので、酒を飲んでも問題ない。まあ成人してなくてもそんなの関係ないとばかりに飲まされただろうが。男共の愚痴と共に延々と酒を飲ませ続けられた。

 幸い身体が丈夫なので潰れることはなかったが、飲み過ぎて気持ち悪くなっていた。


 飲んで食べて騒いでのバカ騒ぎは日が沈むまで続いた。店の酒を飲み尽くす勢いで、みんな酔っ払い正常な判断をできる者は一人もいなかった。


 そんな時に――


「――――っ。大変です! 緊急クエストが発令されました。冒険者の皆様はギルドへ来てください!」


 酒場の扉が勢いよく開け放たれると、受付の美人ギルド職員が慌てた様子で入って来た。酒場の中の混沌とした有様を見て一瞬顔をしかめるが、すぐに己の職務を全うする。


「あー? 緊急クエストー? せっかく気持ちよく飲んでんのに、空気が読めねぇなあ?」

「うっぷ。……あん? もう夜じゃねぇか。……今日はもう仕事は終わりだ。また今度な」

「そうだー。俺達冒険者は自由だー。受けたいクエストは自分で決めるー」


 酔っ払い共からブーイングが起こる。

 カズキは横になった方がいいというアリスに甘えて膝枕をしてもらっていた。幸せそうな顔をして柔らかい太ももの感触を楽しんでいて、そもそもこの状況に気付いていなかった。


 怖い程の笑みを浮かべると受付嬢はスカートのポケットに手を入れると、球状の物体を取り出す。先端にあるピンを抜くと軽く投げる。緩やかな放物線を描いて床に落ちた物体は、爆発するように閃光を解き放つ。


「「「ぎゃああああああ!! 目が、目がああああああ!!」」」


 自然と飛んできた物体の動きを目で追っていた冒険者達は、まともに閃光を喰らってのたうち回る。

女性ギルド職員は、荒くれものの相手をしないといけないので、もしもの時のために色々と持っているのだ。今回使った閃光弾もそのうちの一つだ。


冒険者達が回復するのを確認して受付嬢は口を開く。


「少しは酔いが覚めましたか? すぐにギルドに集合してください」


 有無を言わせぬ態度に、ギルドへ行くことになった。

 ギルド一階に集まった冒険者達の前にギルマスが重々しい表情で現れ、緊急クエストの内容を話し始める。


「東にある小国が今日、第七位魔王の侵攻を受け滅んだ」


 ギルマスの発言を受けて冒険者達は騒めき出す。一端騒ぎが鎮まるのを待ってから続ける。


「現在、魔王は陥落した王都にいる。周辺国から集めた精鋭で魔王が侵攻を再開する前に討つ。Bランク以上の者だけ参加だ。移動手段は魔導列車を使う。半刻後に駅に集合。詳しい事は現地に着いてから聞け。……それでは貴様らの健闘を祈る!」


 時間はあまりないが、冒険者たるものいつでも戦えるようにしているし、消耗品の類はギルドが用意してくれたので、ほとんどそのまま駅に向かった。


 夜でも街灯のおかげで町は明るく、通りにはたくさんの人がいる。完全武装した冒険者が集団で移動すれば目立つもので、すぐに魔王討伐に行くことが広まる。


「二千年前、我々は勝利した! 昔よりも研鑽を積んだ今、必ず魔王に勝利してみせる!!」


 不安そうにする人々を勇気づけ、冒険者達が魔力を燃料に動く列車――魔導列車に乗り込む。集まってきた人々に窓から身を乗り出し、自信に満ち溢れた姿をさらす。


「ねぇ、カズキさんも何か言ったら?」

「うん? まあ、……そうだな。」


 動き出す瞬間、車両全体が激しく揺れるが、その程度でどうにかなるものは普通ならいなかっただろう。


「第七位魔王など魔王の中でも最弱! 軽く捻り潰して……うっ、気持ち悪、――げろろろろろろろ……」

「この振動が絶妙に、おろろろろろろろ……」

「うっ、俺も貰い、うろろろろろろろ……」


 しかし、飲み過ぎた冒険者は大丈夫ではなかった。とても見せられないものは吐いてしまう。さっきまで希望に満ちていた人々の表情が、何とも言えない微妙なものに変わる。

 そんな惨状に関係なく列車は魔王の元へ発進するのだった。


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