養女になりました。
「今日から、お前は、ゴーハルバク侯爵の養女となる。良いな?」
「貴方!そんな言い方ってないわ!」
私が、ナトゥラン公爵家でお世話になって10年ちょっと経った頃、公爵様から厳しい顔で命じられた。イラジャール様が全寮制のプレスクールに入学された翌日のことだった。
イラジャール様の遊び相手として雇われたのだから、当然、遊び相手が不要となれば解雇されるだろうと思っていたが、侯爵家の養女になるとは驚いた。ただ、噂ではゴーハルバク侯爵というのは、好人物とは言えなさそうな方だと聞く。
カマリ様は異を唱えるけれど、言い方に問題があるだけで、私が侯爵家へ養女へ行くことは決定事項らしい。
「ルー、あのね。このままでは色々と障害があるの。だから少しの間、ほんの少しの間だけゴーハルバク様の所で過ごして欲しいのよ。養女となるのも審査や手続きがあるし、18歳になったら社交デビューでしょ?一度だけで良いからゴーハルバク侯爵令嬢として社交界に出る必要があるの」
現在、私は17歳。この王国では、14歳から17歳までの4年間、全寮制で学園へ通う。勿論、義務教育などではない。高額な入学金や授業料が発生するので、位が高いか、資産のある貴族、または資産のある庶民ということになる。一応、共学ではあるが、割合としては男性の方が多い。
イラジャール様は、その学園へ通う前のプレスクールに1年、その後、学園へ4年通われることになる。まあ、それが高位貴族の一般的な進学方法だ。
カマリ様の仰る社交デビューは、学園を卒業した後、もう大人の仲間入りだよね、ってことでデビュタントと認められる。最も、現実問題、学園へ通えない子女も多くいるので卒業資格は必要ない。ずっと家庭で勉強した後、実際に勉強したかどうかはさておき、デビューを機に一気に結婚市場へ雪崩れ込む。それが下位貴族、特に女子の一般的な人生だ。
言うまでもないが、私も学園へは通っていない。イラジャール様と一緒に家庭教師をつけて貰ってガッチリ勉強したけど、貴族ではないからね。つまり、カマリ様のいう一度だけというのは、デビュー戦で買い手を見つけろということか、はたまた、既に買い手が決まっているのか、そのどちらかなのだろう。
勿論、ここまでお世話になった公爵様に政略結婚で恩返しできるのであれば大歓迎である。分かりましたと笑顔で頷けば、カマリ様は一層心配な様子で話を続けた。
「ゴーハルバク様には、十分、お願いしておいたから、あちらでも今まで通りに過ごせる筈よ。少しでも嫌なことがあったら、直ぐに知らせて頂戴。脅してでも何でも、ゴーハルバク様に改善させますからね。それに、どうしても我慢できなければ直ぐに帰ってきて良いのよ。私たちは、いつでも貴女のことを思っていますからね」
あれ、今、優しい淑女の鑑のようなカマリ様から黒いお言葉が飛び出しました?!……気のせいかな?
それから1か月後、私は公爵様と共にゴーハルバク様のお屋敷へ向かった。道中、馬車の中で公爵様と2人きり。うわ、心臓バクバクが止まらねえ!
「ルー、すまぬな」
「(……公爵様が謝罪されることは、何もございません)」
恐らく、政略結婚のことだろうと当たりをつける。でも、本当に公爵様が私に謝罪する謂れはない。私を捨てた実の親より親らしいことを沢山して頂いたのに、これ以上、何かを望めば罰が当たる。もし、仮に私が、本当の公爵様の娘だったとしても、家同士の繋がりを求めて政略結婚するのが当たり前の時代。寧ろ、私ごときで役に立つのであれば、幾らでも使って下さい!という気分だ。
嘘じゃありませんよ、とばかりに、にこにこ笑顔で答えたのに、公爵様は益々、顔を曇らせていく。
ああん、その渋いお顔、やっぱり好きだなぁ、あ!でもカマリ様から奪うとか、そんなの全然考えてないからね!ただ愛でているだけだからね!なんて、どうでも良いことをつらつら考えている間も、公爵様の話は続いた。
「本来であれば、当事者たるルーには全ての事情を話しておくべきであろう。だが、それは許されぬこと」
「(良いのです、本当に。孤児で、忌み嫌われる色の私を受け入れて下さった公爵様には、感謝しかないのです。ですから、公爵様のお役に立てることであれば、喜んで何でも致します)」
うふふと可愛らしい微笑みをつけたのに、公爵様は一層焦ったご様子。何故に?!
「いかん!ルー、危険なことは絶対にするな!クシュナとタラの言うことを良く聞いて、大人しくしているんだ。いいな?」
クシュナとタラというのは、私付の侍女で、私と一緒にゴーハルバク侯爵家で過ごすことになっている。後続の馬車で大量の荷物と共についてきている筈だった。
「(公爵様、私は、もう子供ではありません。ですから、そんなに心配なされなくとも大丈夫です)」
表面上、いつまでも子ども扱いして!と膨れてみせたが、公爵様は、それが心配なんだとか何とか呟いていらっしゃいました。もう、心配性なんですね!
そうこうするうち、ゴーハルバク侯爵様のお屋敷へ到着しました。王都内のお屋敷なので、公爵家を出てから10分とかかっていません。歩いたって30分もかからない所だけど、まあ、公爵様なので馬車での移動は必須アイテム。
正直な話、侯爵家は成金だった。なんだろう?腐っても侯爵家だから公爵家に負けず劣らず屋敷は広く、年代物なんだけど、ここ最近、塗り直した感がスゴい。しかも、金ぴかに。ちらっと、公爵様を盗み見ると、やはり呆れたご様子。
その時、屋敷内からでっぷり太った、ギラギラした服装のおっちゃんが、のこのこ歩いてきた。不思議の国のアリスに出てくる、ハンプティダンプティのような体型で、正にのこのこという擬音がぴったり。
「ナトゥラン公爵、遠路はるばる、ようこそおいで下さった」
「ゴーハルバク侯爵、この度は世話をかける。こちらが、話しておった娘だ」
「おお、この美しいご令嬢が、ルーファリス嬢ですな!」
あれ、本名がバレてる。そっか。考えてみれば公爵様が私の身元を調べない訳ないもんなぁ。そもそも、孤児が聖歌を歌ったり、読み書きが出来る筈がない。とすれば、どこかの貴族と関わりがあると考えたらマルカトランド子爵家を探り当てるのも難しくはないだろう。
素性が分かってもなお、知らない振りをしていてくれた公爵様には感謝である。家庭教師に教わった淑女の礼を完璧に決めて、ご挨拶。
声は出せないし、公爵家の皆様と違って読唇術も出来ないだろうから、お辞儀をしてから顔を上げて、にっこり0円スマイルを発動。これはね、前世のコスプレーヤーだった頃の名残り。本来なら女性に向けて発動するんだけど、今は女だからオヤジにも効くハズ!と思ったらバッチリだった。ハンプ野郎の顔が赤くなり、視線が泳いでいる。チョロいぜ。
大体、このハンプ野郎、さっきから私の胸ばかり見てやがってよ、エロおやじめっ!カマリ様一筋の、公爵様の爪の垢でも煎じて飲みやがれっ!
どうよ、とばかり公爵様に微笑むと、あれ、公爵様が顔に手を、あれ、クシュナとタラが首を振っているよ?!何故に?!
「ルー様、大人しくなさっていて下さいましな」
「本当に。さっきの一幕は公爵様も、ハラハラしていましたよ」
公爵様が私につけてくれた侍女は、クシュナとタラ。クシュナは、私より年上で綺麗な赤銅色の髪を複雑な髪形に編み込んでいる。主に、私のファッションを担当する侍女さん。一見、おっとり美人なお姉さんだが、護身術は完璧。剣を持たせたらそんじょそこらの男には負けないぜっ!ってくらい、かっこ良いお姉さんなのだ。
もう一人の侍女、タラは、私より2歳年下の15歳。主に私の身の回りを担当する。お茶を入れたり、スケジュールを管理したりね。まあ、スケジュールなんてカマリ様と買い物するとか、カマリ様とお茶するとか、イラジャール様と勉強するとか、それくらいだけど、侯爵令嬢だったらもう少し忙しくなるのかも。
ちなみに、タラは真っ白のふわふわの髪をした、とっても可愛らしいご令嬢……黙っていれば、だけど。なんでも、タラは男兄弟に交じって剣術やら乗馬やらに興じて育ったから、ストレートというか、物おじしないというか、かなりズバズバ切り込んでくる。可愛らしい容姿で相手を油断させ、いざとなればガブリと噛み付く戦法だ。
故に、タラも実はかっこ良いのだ!暗器を体中に仕込んでいて、襲ってきた暴漢を倒したのも一度や二度じゃない。ああ、私もこんな2人みたいにかっこ良くなりたい~と弟子入りを志願するも即座に却下された。私には似合わないから、と。
そりゃまあ、小さい頃の影響か、背はそれなりに伸びたけど、筋肉はつかないし、体力もないけどさ。なんでか、胸ばっかりデカくてイヤになっちゃうけどさ。それに、黒色は目立つしね。
「(2人まで、そんな子ども扱いしなくても……)」
なんで淑女の挨拶をしただけで怒られるのかと理不尽になりつつも、ぶちぶち口答えをしてみる。あ、そういえば公爵家の方は、イラジャール様だけでなく、公爵様、カマリ様を始め、使用人も含めた全員、読唇術が使える。だから、公爵家にいる限り、不便は感じない。すごいな、公爵家。使用人までチートなのか。
「「いいえ、ルー様は、まだまだお子様です!」」
あれ、2人から睨まれちゃった。なんて、3人で2間続きの広い部屋に運び込まれた荷物を解きながら話していると、表のドアがノックされた。タラが対応し、すぐに戻ってきた。
「侯爵様が、夕餉を一緒に、と仰っているそうですよ」
「(私と?!)」
うんうんと頷くタラと、やっぱりねと首を振るクシュナ。しかしまあ、しょうがないよね。一応、私が養女になったら義父になるんだから、食事ぐらい一緒に食べないとね。
「ルー様の通訳として私が付きますから、ルー様、余計なパフォーマンスはなしでお願いしますね!」
「(うう、分かりました)」
クシュナのチョイスで、淡い水色のシフォンを重ねた子供ドレス。子供ドレスっていうのは、胸の下で切り替えがあって、そのまますとんと落ちるやつ。王国で18歳以下の未成年が良く着ているから子供ドレスと言われるんだけど、私には合わないんじゃね?
だって、我ながらデカい胸だからね。さっきは、ちらちら眺める程度だったのに、今はガン見しちゃってるよ、侯爵様。隣で、タラが首を振っているし。
「(んん、ん)」
「おや、どうかしたかね?ルーファリス嬢」
声は出ないけど、咳払いくらいは出来るのだ。さて、侯爵様の注意を惹けたところで、上半身を乗り出し、唇に手を当てた。そして、ゆっくり、はっきりと唇を動かした。
「(お・と・う・さ・ま)」
「ん?何かね?」
ハンプ野郎、胸ばっかり見てんじゃねえよ!唇を見ろっての!
「恐れながら、侯爵様。ルーファリス様は読唇術の心得がございます。唇の動きをご覧になっていらっしゃれば、ルーファリス様が何を仰りたいのかお分かりになるかと存じます」
読唇術っていうのは、読む方の技術は勿論だが、読まれる方も唇を大きく動かして、他の単語と区別をつける必要がある。まあ、イラジャール様だけは、どんなに小さく動かしても分かってしまうので、やはり家の子チート!と自慢したくなってしまうのだが。
「(お・と・う・さ・ま)」
「うむ、お、と、さ、ま?……お父様か!」
わあ、大正解!満面の笑みを浮かべると、侯爵様がトマトみたいに赤くなった。あれ、意外に可愛らしいとこあるんだ。
「(そう、お呼びして構いませんか?私、今まで、お呼び出来る方がいらっしゃらなかったので……憧れていたんです!)」
ちょっと悲しそうに瞳を伏せ、あ、でも唇はそのままね!最後は、照れた表情を浮かべる。秘儀、ショタッ子王子の真似!あ、ショタッ子王子っていうのは、ゲーム中、王太子が生まれて以下3人、男子が続くのだ。その末っ子の王子も攻略対象者なんだけど、可愛らしさを前面に押し出した王太子なんか目じゃないほど腹黒王子なのだ。
ヒロインを上目遣いで見つめ、可愛らしく、おねだりするものだから、数多くのプレイヤーが撃沈したという。ええ、私もショタッ子王子のコスプレ、は、残念ながら上背があったので出来ませんでしたが、仕草や口調は完璧にコピーしました。当然です。
あ、そうそう!この世界でも、陛下はゲーム通り、全部で5人の子持ちになられた。上2人が王女で、下3人が王子。しかも、一番上の王女様は国内の有力貴族に嫁ぎ、既に男児を儲けている。そんな訳で、公爵一家は王位継承権下がりまくり、結果、暗殺騒ぎも止んで今は安泰の暮らしをしている。私が守る必要は、とっくになくなっていたという訳だ。
「お父様、か。勿論、構わないとも!」
「(嬉しいっ!ありがとう、お父様!ルーファリスのことも、そのまま呼んで下さいまし)」
感極まったという様子で立ち上がり、侯爵様に抱き付いた。ついでに、ほっぺにキス。うげ、整髪料の匂いがすごい。あとで、さわやか系の香りに変えるよう促しておこう。
まあ、これで侯爵様はイチコロだね。やったよ!タラ!……あれえ、なんで首振ってるの?頭、痛いの?