死にかけました。
それからは、全てが順調に行き、獅子の月になった。
「はーい、ご飯が出来ましたよ~!」
フライパンをガンガン鳴らして、お昼の合図を出した。剣の打ち合いをしていると、ちょっとやそっと声を張り上げたところで男どもには聞こえない。
私の合図を機に、訓練していた子供たちと自警団の人たちもテーブルに集まってきた。当初の取り決めでは無償でということだったが、訓練後の食事を提供することにした。こちらは大人数分のご飯を作るので、自警団の人たちが数人増えたところで手間は変わらないし、自警団の人たちも独身が多く、栄養バランスのとれた食事が喜ばれるからだ。
最近では、団長や副団長も訓練に加わっていたりして、自警団大丈夫なのかと不安になる。まあ、獅子の月になって、私がいついなくなるのかという心配もあるのだろう。ちなみに、2人には私が町を出ることを誰にも言わないよう口止めしている。
自惚れかもしれないが、私が町を出ると知ったら着いていくと言いそうな奴らがいるからだ。私一人なら何とでもなるが、扶養家族がいると身軽に行動できない。2人もそれを分かってくれているから、内緒にしていてくれるのだろう。
今もイルデファンの視線を感じつつ、野草で作ったチャーハンと浜辺に流れ着いた貝や海藻で作ったスープを配った。
あと10日で王太子が生まれる、直前の週末。私の中で、これが最後の舞台と決めていた。王太子ご生誕のどさくさに紛れて町を抜け出そうと思っていた。今まで、公爵家の訃報は聞こえてこなかったから妖精さま良い仕事をしてくれたんだと安心していた。
と思っていたのに。なぜ、ここに公爵様一家が?!
ここ、というのは私が最後のステージを務める広場のこと。今や、ご生誕が秒読みとなり、国中が喜びに沸いて毎日がお祭りのような雰囲気を醸し出している。私は一段高い舞台で、ソロパートを歌っているところなのだが、目を隠している包帯の隙間から、真正面に公爵様一家、その背後から人相の悪い男たちが詰め寄っているが見えた。
いや、あれはもしかして護衛なのか?!口から歌いなれた歌詞が自動的に零れ落ちるが、頭の中では心臓の音がどくどくと壊れんばかりに打ち鳴らす音が聞こえている。咄嗟に、自警団団長の姿を探す。彼も私の様子がおかしいと気づいたのか、眉根を寄せてこちらをみている。
視線で、公爵一家の姿を示すと、流石に元軍の指揮官を務めただけのことはある。公爵一家の姿を認め、近寄ろうとするも人だかりで直ぐには近づけない。そうこうするうち、背後の男性が手を動かしたかと思うと太陽の光が反射して、きらりと光った。
「危ない―――――――――――っ!」
歌も忘れて、叫ぶ。今から駆けつけても暗殺者の刃は、私にはどうすることも出来ない。私に出来ることは、すうっと息を吸い込み、
「ひとごろし――――――――――っ!公爵様、逃げてぇ!」
と叫んだ。尚も、叫ぼうと息を吸い込んだ、その時、ステージに黒づくめの男が飛び乗り、私に飛び掛かる。喉に衝撃が走ったかと思うと、口は動くのに声は出せなくなり、代わりに、熱い液体が噴き出るのを感じた。
周囲が騒然となり、私の名前も呼ばれるのを聞いたが、それを境に意識がなくなった。
そうか、私が殺されることで公爵様たちが助かるんだと思ったら、ここで死ぬのも良いかもしれないと嬉しくなった。
「おい、こら、起きろっ!」
「あたっ!」
おでこにポテッと柔らかいものがぶつかった。目を開けると、ヒデヨ〇じゃなかった、黒猫のアラハシャが腕を組んで尻尾をたしたし叩いていた。今のは、猫パンチ?!
可愛い~っ!と身もだえていると、再び猫パンチが襲う。ああ、もう死んでも良いっ!……と思ったら、もう死んでるんだっけ。
さっきから意識を逸らしていたが、今いる場所は光しかない場所で、どうみても王国内ではなさそうだった。そうか、私、賊に襲われて死んじゃったんだ~。
「言っておくが、お前はまだ死んでいないぞ」
「え、うそ?だって喉をかっ切られて血が、どばどば出たよ?!」
見下ろすと、血の痕跡なんて一切なかったが、ここは天国なのだと思えば、肉体がなく、よって血の汚れも綺麗に浄化されたのだろうなんて勝手に思った。
「お前、相変わらずグロいことを考えるな。だが、ここは天国ではない。ま、シルファード王国でもない、なんというかその中間の世界だ」
「……もしかして、世界の意志?」
ぴんと閃いて口にすると、にかっと笑われた。
「そうだ。世界の意志が、お前が死ぬのは時期早尚と断じた。っていうか、お前が叫ばなくても公爵一家は無事だったんだ。そういう契約だったろ、最初から」
確かに、アラハシャは私の命を代償にしなかった。それなのに、お前が勝手にうろちょろするからだと叱られた。ただ、命を助ける代わりに、元通りという訳にはいかず、声を失ったと言われた。まあ、しょうがない。自業自得だし、命があっただけでも儲けものだ。
やがて、瞼が重くなってきて、体がぐらりと揺れた。
「ああ、もう時間か。いいな、目が覚めたら驚くなよ?」
その言葉を最後に、意識がぷつりと途絶えた。
目が覚めたら、見たこともない豪華なベッドに寝かされていた。シーツはシルクでつるつるしているし、ベッドもふかふか、スプリングがきいている。おお~、天蓋付きベッドって初めてだわ。ついで、室内に視線を走らせると、ゴブラン織の布が張られた壁に、シルクの絨毯、猫足の家具がバランス良く配置されている。
少なくとも貧乏子爵家ではないらしい。いや、それどころか王宮って言っても差し支えないような豪邸だった。
「(……すごい)」
驚きを声に出してみたが、口から空気が洩れるだけで、掠れた声にしかならなかった。もう、歌を歌うことは出来ないんだなぁとぼんやり思う。今度はどうやって生計を立てようか悩んでいると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。