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幸せですか、幸せになれますか、幸せになろう!

途中からイラジャール視点になります。(#^.^#)

 その後、イラジャール様とクロによって、全員で懐かしのシルファード王国、ナトゥラン公爵家へ転移した。


「ひゃあ、流石に公爵家だ。すっげえ豪華!」

「落ち着けよ、ウパニ。田舎者、丸出しだぞ」


 ウパニたちのやり取りに、みんなが面白そうに笑い、ウパニはしまったという顔をした。けれど、カマリ様たちが前世むかしのイラジャ―ル様のご両親だと分かり、タラやクシュナとも前世の邂逅を深め、あっという間に3人の緊張が解れ、和気藹々とした雰囲気になっていった。


 そのままの流れで、王宮から戻ったシャヒール様も交え、急遽、晩餐会が催される。使用人たちも交えた無礼講の宴。道中で訪れたヨグナ国や妖精国の話を披露して、誰もが笑い転げる楽しいひと時を過ごした。




 その夜、夜通し同窓会をするぞ!というイラジャール様たちに就寝の挨拶をして自室に戻った。誰もいない寝室で、湯あみの準備をする。今夜は無礼講なので、寝支度を手伝うと申し出たタラたちに1人で大丈夫だからと断った。


 シルファード王国の一般的な入浴方法は、西洋式の泡風呂だ。猫足のバスタブに泡の出る入浴剤を入れ、お湯を注ぐと、もこもこと泡が立つ。正直、日本式の風呂が好きだけれど、今夜ばかりは西洋式で良かったかも。


 私は、無言でバスタブに浸かるとタオルで泡をくるんでゴシゴシ擦った。髪の先から足の爪先まで全身をゴシゴシ擦る。柔らかいタオルは泡立ちが良くてお気に入りなのに、こんな時ばかりは、前世むかしで使っていた垢すりタオルとか、いっそタワシでもあったら良かったのにと思う。


 別に洗ったからって過去が消えるわけじゃない。そもそも、裸を見られたくらいどうってことないし。うん。もしかして触られたりはしたかもしれないけど、最悪の事態には至っていないのは分かる。それに、知っているのは今やドラゴンたちだけで、イラジャール様たちは何も知らない。だったら、このまま何もなかったことにすれば良い。大丈夫。全身ぴかぴかに磨いて、お風呂から出たら忘れられる。


 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせてバスタブの栓を抜く。渦を巻いて汚れた水が排水口へと吸い込まれていくのを見て、このまま記憶も流れ落ちてしまえとばかり立ち上がって、熱めのシャワーで残っていた泡を綺麗に洗い流した。


 それから寝間着に着替えて髪をタオルで拭きながら浴室を出ると、何かにぶつかった。顔を上げると、そこにはイラジャール様が立っていた。


「……夜通し同窓会だったのでは?」

「下ではまだやってるぞ。タラとカーレが暴れて手が付けられなくなっている」


 タラが酒瓶を手にウパニやカーレに迫っている姿が浮かび、ふっと笑みが零れた。その拍子に、頭に乗せていたタオルがするりと床に落ちた。イラジャール様の瞳が眇められ、眉が顰められる。びくっとすると同時に、両頬をイラジャール様の大きな手で包まれ、額と額がこつんとぶつかった。


 なにを、と声に出すまでもなく、全身がふわっと温かくなる。イラジャール様が額を離すと、さっきまで湿り気を帯びてぺったりしていた髪が、ふわふわに乾いて背中に広がった。おおっ!これがチートかと思い、手で髪を掴んで目の前に翳すと、擦り過ぎて赤くなっていた皮膚が綺麗になっていた。


 あまりに感動したので、世界の管理者の能力が凄いと感動していると、大したことはないと眉を顰められる。


「確かに、髪を乾かしたり怪我や病気を治すことは出来るし、クズの魂を二度と転生できないよう消滅させることも出来る。だが、ドラゴンの中に隠れていた魂を見過ごし、それによって何よりも大切なルーが傷つくのを阻止することは出来なかった。世界の管理者の能力なんて、この程度のものだ」


 イラジャール様は自嘲した後、気付いたことがあったのか、唇をぎゅっと噛み締めた。


「いや、能力のせいじゃないな。俺がいつまで経っても考えなしでお人好しだからだ」


 すまない、と唇だけが動いて、項垂れたイラジャール様を誰が責められるだろう。だって、私が呑気に寝ている間もずっと、魔石がなくなって起きた事件の後始末やグランパルス公国の立て直しで毎日が忙しかったと聞いているし、それに、マハシュの中にいた叔父さんの魂に気付かなかったのは私も同じだ。


 いや、寧ろマハシュと共にいた時間が長かったのは私の方だし、そもそもマハシュの助けを呼んだのも私。契約していないのにゲームの延長気分で一緒にいて欲しいと願ったのは、イラジャール様ではなく私自身だ。自分で蒔いた種なのに、悲劇のヒロインきどりでイラジャール様を苦しめるくらいなら、どんなことだってちっぽけな、くだらないことだった。そう思えたら自然と笑みがこぼれる。


「イラジャール様は考えなしなんかじゃありません。まあ、もしかしたらお人好しかもしれませんけど。それに、私、全然傷ついてなんかいません。まあ、イラジャール様が私は傷物だって思っていらっしゃるなら、」

「思ってないっ!」


 食い気味に否定されました。だったら、私は大丈夫。ね?笑ってるでしょ?だからイラジャール様も苦しまないで。私もイラジャール様が何より大切だから笑っていて欲しい。


 そっと頬に手をあて、ぐいっと引っ張る。昔ほどぽちゃぽちゃしていない頬だから、笑うっていうより、くわっと歯が剥き出しになって怖いかも。ちょっと失敗したな、とドン引きしていると、そっと手を握られ、指先に口づけされた。それから、手のひらに、手首に、手の甲に、


 ちょ、ちょっと待って。さっきから視線が合わさったままで、逸らすことが出来ないし、手を引き抜くことも出来ない。どこも動かしていないのに、心臓だけはフルマラソンを終わったばかりのようにドキドキしている。


 全身の血流が全て頭に集まって、つまり、顔も耳も首すらも真っ赤になっている。鏡を見ていないが、賭けても良い。絶対に勝つ自信がある。だって、イラジャール様が私の反応に面白がってにやりと笑っているから。


「今夜、ルーの記憶を上書きしたい」


 好きな男性に耳元で囁かれて頷かない乙女がいるだろうか、いや、いない。私だって一応は乙女なのだ。例え、乙女ゲームのモブだったとしても、今この瞬間だけは、私がヒロインでも良いじゃないか。答えの代わりに背中へ手を回してぎゅっと抱き付いた。赤くなった顔を隠す目的もある。


「ルー、ルー。俺を見て?」


 今はダメ。だって、顔が真っ赤で、何故か分からないけど眼が潤んできて、潰れたトマトみたいになってるよ。多分、絶対、間違いなく!頭を無理無理とばかりに振ると、もう一度、名前を呼ばれた。諦めて顔を上げると視界が塞がれ、唇に温かいものが押し付けられる。


「ん、ふぁ、」


 なに、と思って口を開いた途端、舌が躊躇なく侵入し、口の中を余すところなく舐められる。そして、舌を絡められ、どっちがどっちか分からないほどに混じりあう。イラジャール様の匂いにつつまれ、漸く帰って来たんだなぁと安心できた。


「あ、おいっ!」




◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇




 何度、呼びかけても起きないルーに呆れながらも、それだけ気が張り詰めていたのだろうと知る。1年近く眠りっぱなしだったのに異国へ飛ばされ、訳が分からないまま俺を助けるために奮闘してくれた。その緊張が、俺の腕の中でほどけて安心して眠れるというのであれば、己のつまらぬ劣情など取るに足らない。そっとルーを抱え、ベッドへ寝かせると、隣に潜り込んで背後から抱きしめた。


久しぶりに嗅ぐルーの匂いに、思わず首筋に鼻を擦りつけてしまう。ついでに、ちゅっとキスマークを付ける。眠っている相手に、いくら婚約者といえども好き勝手にする気はない。それじゃあ、俺が抹殺したクズと同じになってしまうからだ。


 クズの所業は、今思い出してもはらわたが煮えくり返る。妖精国でレティシャムから探った過去の映像は、盗撮や盗聴した記録に溢れていた。金に飽かせて使用人を脅迫・買収したり、複数の探偵を使っていた。シッタールの話では、使用人を何度か捕まえたものの、クズまで辿り着く前に行方不明になったのだという。クズが始末したのは間違いないだろう。


 その後は、盗聴や盗撮防止の妨害電波対策をして屋敷内での犯罪行為はなくなったものの、屋敷の外では止めようがなかった。しかも、気が付かないうちに、俺の住む部屋で録ったと思われる映像や音声もあって、あの時は、レティシャムどころか妖精国も全て吹っ飛ばしかねないほどの怒りを覚えた。クロの抑えがなければ、今頃、妖精族が絶滅していただろう。


 結局、妖精王をおだててマハシュが持っていた記憶を奪ったことは判明したが、マハシュが何故、記憶を持っているのか分からなかった。以前、マハシュと会った時は、他の魂が入っていると感じられなかったし、雌だからと油断していた。シッタールからも同じ世界に転生している筈だから気を付けろと忠告を受けていたのに。


「うう、んっ!」


 バサッと音がして、記憶の海に沈んでいた俺は、はっとしてルーを見た。自分で布団を蹴飛ばしておきながら、寒いと震えている彼女から腕を離し、むくりと起き上がる。ごそごそと布団を直し、いつものようにキスをする。


「うひひゃ……っ!も、お腹いっぱい~」


 何を夢見ているのか、にへら~と嬉しそうに笑うルーに、さっきまで燻っていた毒気が抜ける。


 前世むかしからそうだったが、どんな時でもルーは強い。恐怖や怒りに捕らわれてしまうような目にあっても、周囲の幸せを優先するあまり相手への復讐心をあっさり手放してしまうのだ。


 恐怖や怒りは生存本能に由来する根源的な感情だから、普通は中々手放せずにいつまでも捕らわれてしまうものだ。それなのに、俺が自責の念に駆られているからと知って、あっさり捨ててしまう、そんな彼女を前に、俺がいつまでも捕らわれていることは出来なかった。まあ、その分、ルー本人に捕らわれて執着する度合いが増していくのかもしれないが。


「これからずっと、未来永劫手放さないからな。覚悟しておけ」


 そっと顔にかかっている髪を撫でつけてやる。それにしても、ルーにも世界の管理者の能力があるとは思わなかった。レティシャムに化粧をする際、時間を止めたのは、本当はルーの無意識な行為だった。クロも気付いていた筈だが、ウパニたちに知られたくなかったのだろう。俺としても願ったりかなったりだったから、敢えて訂正はしなかった。


 それに、イラクサの鏡。あれは身に着けていないと発動しないもので、俺は従の鏡を首に付けられていたが、レティシャムは、シルバーネイルに偽装して指に装着していたのだ。取り外したのは偶然か?ルーは、メイクとネイルが合っていなかったからと言ったが、それもまた気付いていないだけで世界の管理者の能力なのかもしれない。


 そこまで考えてから、ふっと心に浮かぶことがあった。そもそも初めからルーは管理者だったのだろう。そうでなければ、こうも都合よく展開する筈がない。


 家を追い出された5歳児が聖歌隊を作り、他の孤児たちの面倒を見た挙句、孤児院を建てるか?前世でどれほどゲーマーたちに心酔されていたとは言え、誰もが彼女に魅せられるか?有名料理店のパティシエが転職するほどに?何度も誘拐未遂に会い、死にかけたのに、今はどこも問題なく普通に暮らしている。


 何より前世で命を落としたのは、俺と彼女の2人だけ。彼女個人の資質も大きいだろうが、それ以上に同じ管理者だったと思えば、しっくりと腑に落ちる。


 まあ、結局のところ、元々、管理者だったのか、それとも俺と命を繋いだから管理者になったのか、そんなのは卵が先か鶏が先かという些細な問題に過ぎない。一番の問題は、これを彼女にどうやって説明するかということだろう。


 いきなりルーも管理者だよ、と言ったところでピンと来ないだろうし、色々考えたけれど、最終的にはルーが気付いたら説明するというところで落ち着いた。というか、布団が温まって、ルーの良い香りに包まれて、俺の思考能力が眠りに屈服したのだった。


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