想定外の結末に驚く、驚いた、驚くよね、フツー!
「ど、して、叔父さんが?」
「どうして?愛しい姪のためだ。何をおいても守るのが当然だろう」
昔の憎悪むき出しの顔と、目の前の笑みを浮かべた顔が重なり、混乱する。
「はっ!何が姪を守るだ。週刊誌に彼女の過去を売りつけたのはお前だろう。今回の件もそうだ。陰で妖精王を焚き付け、彼女の記憶とイラクサの鏡を使って俺を引き離すよう唆した」
イラジャール様の糾弾にも動じることなく、マハシュは肩を竦めた。だが、内心では怒りが支配しているのか、人型のまま口が裂けていき、鋭い牙を剥きだしに吠えた。
「君という害悪から彼女を守るためには、当然のことをしたまでだ」
どうしてイラジャール様が害悪なんだろう、と首を傾げていると、マハシュ、いや叔父さんは、憐れむような眼で私を見つめいた。
「君は、愚かな子供だから騙されているんだ。それが証拠に、週刊誌の記事ごときであの男は離れて行っただろう。今回の件でも同じだ。君のコピーにまんまと騙されて、君よりコピーを選んだんだ」
「愚かなのは、お前の方だ。血の繋がった実の姪に捕らわれ、周囲から切り離して囲い込もうとしていたんだろ。週刊誌の記事には、お前の悪意が散りばめられていたぞ」
週刊誌の記事と言われて、遥か昔のことなのに当時の記憶が蘇って苦しくなった。そして、目の前のマハシュの微笑みが、葬儀で向けられた叔父の瞳と重なる。唇は弧を描いているのに、目だけは憎悪に歪んでいた。
けれど、マハシュは何度も私を助けてくれた。ミーナと誘拐された時だって契約もしていなかったのに……ってそうだよね。契約してなかったのに、どうして私が助けを呼んでいるって分かったんだろう。ゲームの世界観に引きずられ、今の今までおかしいことに気付かなかった。
「……もしかして、今世も私を見張っていた、とか?」
気のせいだよ、と否定して欲しかったのに、マハシュは当然の義務だと笑った。ぞわりと全身が総毛だった。ちょっと待って。だって、私、2度もマハシュの前で気絶して、
「ルー、大丈夫か?」
大丈夫かと言われても全然大丈夫じゃない。膝ががくがく笑ってしまって全然力が入らない。後ろにいるイラジャール様が支えてくれなければ、腰が抜けていたかもしれない。イラジャール様も察したのか、ぐいっと膝裏に手を差し込まれ、抱えあげられた。うお、お姫様抱っこだ。
「イッ、イラジャール様?」
「しいっ、静かに」
イラジャール様は、私をウパニたちの元へ連れて行き、近くにあった椅子に腰かけさせた。ウパニたちには、このまま離れているように伝え、そして、私の前に屈み、にっこりと微笑んだ。
「ちょっとあのクズを片付けてくるからね」
「あのっ、マハシュ、は、悪くないから……」
叔父さんの魂に入られたブラックドラゴンは、無関係だから傷付けないで欲しいと、そう言いたかったのだが、イラジャール様に見つめられて言葉が途切れてしまう。
「すぐ終わるから」
イラジャール様は、それだけ言ってマハシュと対峙する。マハシュは、半分くらいドラゴン化していて苦しそうに身を捩って悶えていた。
「そのままじっとしていろ」
イラジャール様は、マハシュの前に立ち、じっと瞳を見つめる。ドラゴンもいつの間にか暴れるのを止め、大人しくイラジャール様の声を聴いているようだった。
「ちょっと痛いかもしれないが、我慢しろな」
言うと同時に、イラジャール様の伸ばした手が広げられ、ずぶずぶとマハシュの体に埋め込まれていく。ちょ、ちょっと見た目がグロイんですけど、大丈夫ですか?マハシュもプシュープシューと鼻息を荒くしていますが。
「あった」
イラジャール様が手を引くと、光の欠片がボロボロと零れてきた。あれが、叔父さんの魂?以前、ジャグディヴィルの中にいたニートの魂とは全然違う。輝きがないっていうか、蛍のように弱弱しい光を明滅させるだけだった。
「往生際の悪い奴だ。自らの魂を砕いて体中に散らばせるとはな。だが、全部見つけたぞ」
そう言いながら、イラジャール様は砕けた魂を手中に入れて握りしめ、ぱっと手を開くと、そこにはもう何もなかった。同時に、マハシュの口からドラゴンの雄たけびが迸った。バサバサと翼を羽ばたかせ、全身で自由になった喜びを表しているようだった。
そのまま窓へ向かって飛び立とうとしているのを感じ、慌てて駆け寄った。マハシュは、いや、ブラックドラゴンは、無機質な目で私を見下ろす。ドラゴンは誇り高い生き物だから、自分の意志とは裏腹に支配されたのを腹立たしく思っているかも知れない。
何も読み取れない無表情な顔に怖気づくが、それでも、勇気を振り絞って腰に差していたドラゴンソードを掲げた。これは、マハシュの意志で作られたものではない。況してや私が持っていて良いものでもない。
「お返し致します。申し訳ございませんでした」
圧に耐えきれず、跪いたのは許して欲しい。じっと顔を伏せて手の重みが消えるのを待つが、何も起こらない。そおっとドラゴンを見上げると、視線がかち合った。思わず、ひいっと竦み上がったが、ドラゴンは、ただ静かな瞳でドラゴンソードを見下ろす。
「その剣は、其方にあげたものだ」
「ですが、マハシュ様の御心ではなかったはず。いつか、この剣に相応しい方が現れた時、差し上げて下さい」
暗に、私には受け取る資格がないと告げる。マハシュは暫し躊躇っている様子だったが、鋭い鉤爪を器用に動かして剣を掴むと、そのまま大空へと飛び立って行った。
「ドラゴンソード、ルーが持っていれば良かったのに」
「良いの。帰ったらタラに、コスプレ用のお飾りの剣を作って貰うから」
背後からイラジャール様に抱き起こされる。今の私は戦士でもないし、マハシュと契約を交わした訳でもない。いつか、彼女が相棒にしたいと思うような相手と出会ったら、その人こそが持つに相応しい。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はい。私も内緒で出てきてしまったから……」
カマリ様たち、心配しているよねと呟くと、目の前のイラジャール様が、初めて聞く話だと詰問口調で尋ねてきた。そう言えば、イラジャール様は私が妖精国にいる理由を知らないよね。その経緯も……てか、目が恐い。今にも、勝手に動いたとお説教が始まりそうな気配に、必死になって状況説明をする。
イラジャール様がトンネルに閉じ込められたと聞いたこと、ジャグディヴィルにマハシュの元へ転移させられたこと、それからイラジャール様を助けるために旅していたことを告げる。
「ちょっと待て。ジャグディヴィルが何だって?」
「私がイラジャール様の指示でタラたちに薬で眠らされた後、世界の意志でジャグディヴィルに、イラジャール様が妖精国に捕まっているから助けに行け、と言われてマハシュの所に飛ばされたんです」
そういえば、事の発端はイラジャール様の指示した眠り薬だったのを思い出し、ここぞとばかりに協調しておいた。だが、私の嫌味は華麗にスルーされ、ジャグディヴィルは生まれ変わったのだから世界の意志にいる筈がないと言う。
「あ、だから残留思念かなって……え?あれ?……だって、確かにジャグディヴィルだった、よ?」
予想外の言葉に自信が揺らぎ、最後は疑問形になってしまった。あれがジャグディヴィルじゃないなら一体誰だったのか?イラジャール様には思い当たる節があったようで。
「クロッ!今すぐ出てこいっ!」
クロとは何者なのか、首を傾げる間もなく、空中から黒猫が姿を現した。その姿は、紛れもなくアラハシャ・ソワカだった。だが、クロという名は?そうだ、前世イラジャール様が飼っていた猫がクロじゃなかったっけ?真っ黒で、瞳がアクアマリンの可愛い子だった。
「アラハシャ・ソワカって、クロだったの?」
恐る恐る声をかけると、クロはにゃあんと可愛く鳴いた。前世と同じ声で。
「なにが、にゃあん、だっ!テメ、勝手に動いてルーを巻き込みやがって!」
「仕方ねーだろ!ルーが出て来なきゃ、あのクズ野郎を引っ張り出せなかったんだから!」
うわ、前世みたいに本気でやり合ってる。元々、クロは野良猫だった。ふてぶてしくゴミ箱を漁り、繁殖期にはものすごい鳴き声と爪で他の雄猫どもを蹴散らかす。多分、ボス的な存在だったと思う。時々見かけては、ふん、と人間を一瞥して悠々と去っていく姿が雄々しかった。
それなのに、ある日、クロが、車に轢かれたのか血まみれで倒れていた。イラジャール様と2人で動物病院へ運び、緊急手術で辛うじて一命を取り留めたものの、右前足を引きずるようになった。武器を失っては野良猫として生きられないだろうとイラジャール様が自宅マンションへと連れ帰り、壮絶な覇権争いの末、イラジャール様が勝利を収め、クロは渋々ながらも家猫となったのだった。
はっとしてクロを見ると、右前足で器用に顔を撫でていた。良かった、普通に動くんだね。
しかし、何故にクロまでゲーム世界に転生しているんだろう、と考え、直ぐに答えが出た。私たちがゲームをしている間もクロはじっと画面を見ていて、イラジャール様が失敗する度に、ザマア!とばかりに目を細めて鳴いていたのだから。
ゲームをしていた人間ばかりか猫の記憶まで取り払うとは。地球の管理者、恐るべし!
思わず、本題から逸れてしまったが、どうやら私をマハシュの元へ送ったのは、ジャグディヴィルに化けたクロだったらしい。全然分からなかったよ、チートだな。クロ。
「そもそもイラジャールが、ルーの映像に溺れてグズグズしているのが一番悪いっ!」
ビシッと止めを刺され、イラジャールが口篭もる。
「あれは、誰の映像か分からなかったから泳がせていただけであって……」
「イラクサの鏡と映像は、マハシュが持っていたんだから、とっとと奴を締め上げれば良かったんだ。それなのに、ルーが来ると知って浮かれやがって!」
え、知ってたの?っていうか、イラジャール様、自力で解決できたの?ぶっちゃけ、それってどうなの?私の視線が冷たくなっていくのを感じたのだろう。イラジャール様が慌てて近寄ってきた。
「いや、ルーの助けがなくては上手くいかなかったぞ。ルーには本当に助けられた!」
「私、何もしてないし……」
ただお尋ね者になって捕まっただけだった。ウパニたちの縄を切ったけど、実際に戦ったのは彼らだしなぁ。わざわざ来る意味があったのか首を傾げていると、イラジャール様が眉を顰めた。
「気付いてないのか?あのレティシャムを撃退したのはルーがメイクしたからだ。それに付け爪も」
指摘されて初めて、あっと気が付いた。そうだ。妖精族はメイクをしない。そもそも美形が多いこと、そして全身で皮膚呼吸をしているため、化粧品で毛穴を塞ぐことは、つまり死に直結する。
「え、つまり、私がレティシャムを殺した?」
脳裏に水音とともに消えたレティシャムの姿が浮かぶ。悲痛な叫び声も。あれは、全て勝手にメイクを施した私のせい?
「レティシャムは菌類だから殆どが水で出来ている。殺したというより、水分が抜けて縮んだのだろう。いずれ水分が戻れば元に戻るさ」
戻るかもしれないけれど、戻らないかもしれない。それは、個体の生命力による。あの時は、人族だと思っていたからイラジャール様の隣に立つなら身だしなみくらいちゃんとしなさいと思った。知らなかったとはいえ、後味が悪い結果となった。ああ、誰も傷付けないようもっと強くなりたいなぁと地味に落ち込んでいると、ウパニたちの素っ頓狂な声が響いた。
「ええと、あれ、シーラ、いや、ルーファリス嬢は、いつレティシャムにメイクしたんだ?」
「いつって、イラジャ―ル様とレティシャムが入って来た時に、私がメイクをしに走ったじゃない」
何を言っているんだと呆れて3人を見るが、3人からも呆れた視線を向けられた。お互い訳が分からない状態に、イラジャール様が助け舟を出す。
「ルーがメイクをしていた間、時間が止まっていた。だから、ウパニたちはルーがメイクしたことを知らないんだ」
「「「時間が止まっていた?!」」」
突拍子もない話に、私ばかりかウパニたちも、はあ?と首を傾げていると、クロが、イラジャール様は世界の管理者だから時間を止めることなど朝飯前だと告げた。
「あー、そっか。イラジャールだもんなぁ」
「さっきのブラックドラゴンから、人族の魂を取り除いたのも管理者の能力か」
「ま、イラジャールなら仕方ない」
男3人は、実にあっさりとイラジャールの能力を受け入れている。いや、私も受け入れてるけど。だって、前世からイラジャール様はチートで、何でもできる人だった。ゲームの管理者から世界の管理者になっても、そうなんだぁ!で納得してしまえるのがイラジャール様なのである。
うん、うちの子、やっぱり最強だね!