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陰謀を暴く!暴けるかな?とりあえず暴いてみよう!

 マハシュに理由を尋ねるまでもなく、地の底から響くような呻き声が聞こえてきた。声の主は、イラジャ―ル様の隣で今まで淡々と前世むかしを語っていた『私』だった。


 両手で顔を抑え、髪を振り乱している。呻き声は段々と大きくなり、女性とは思えぬほど低くなっていった。誰もがこれから起きる事を予想しかねて、彼女を凝視していると、ぱあんと風船が弾けるような音がしてビシャッと水が落ちる音がした次の瞬間、女性は跡形もなく姿を消していた。


 彼女のいた場所には、黒っぽい水たまりが出来て、ボールような球体が幾つか落ちているだけだった。


「ひえっ!なっ、何が起こったの?」


 その場にいた妖精族たちから悲鳴が聞こえ、部屋中が騒めき始めた。私だけでなく、ウパニたちも何が起こったのか分からず、ただ首を振るばかりだった。そんな中、マハシュだけは冷静に口を開く。


「恐らく、彼女は妖精族だったのだろう」


 え?だって、耳とか尖ってなかったよ?それに、人型の妖精族って美形ばっかりだよね?


「分かった!彼女、いや、性別がないから彼か?」


 1人納得したように呟くウパニに、説明して!とせっつく。


「だからさ、向こうのお嬢は、妖精族のレティシャムだった。そう考えれば納得がいく」


 レティシャムって、確か『真似っこ妖精』だよね?普段、洞窟や森の奥など他の妖精族と交わらない場所で暮らしている種族。彼らには性別がなく、顔も手足もない。丸めた餅を上に引き伸ばしたような、長丸というか細長い小判のような形をしている。


 つまり、白くて平べったくて、先が丸まっている細長い姿をして、集団でゆらゆら体を揺らした反動で、少しずつ移動する生物。一応、動きはするが、動物というよりキノコとかの植物に近く、菌で繁殖するから一ケ所にワサワサ集団で固まっている。


 彼らには、たった一つだけ特徴というか、特技がある。それは、他の種族と出会ってしまうと、その出会った種族とそっくりに変化してしまうのだ。なので、うっかりレティシャムの群生に囲まれると、分身の術のように沢山の自分に囲まれてしまう。


 とはいっても、真似るのは見かけだけで知能や思考まではコピーできない、んじゃなかったっけ?と、ゲームデザイン担当のウパニに聞いてみる。てっきり、肯定されるかと思いきや、彼は渋い顔をして説明してくれた。


「一瞬、出会っただけなら、確かに見かけしかコピーできない。だが、時間をかけて一緒に暮らしていれば趣味嗜好や考え方も学習する」

「ああ、そうだったっけ。……でも、私を学習ってどうやって?そもそも、格好だって、前世むかしの『私』が他にいて、彼女を真似たってこと?だったら、どうして彼女が出てこないの?」


 考えれば考えるほど訳が分からない。だが、事態は思わぬ方向へ転がっていく。話に夢中で、全然気づかなかったが、いつの間にか周囲を妖精族の兵士たちに取り囲まれていた。


「お前たちが何かしたのであろう!この罪人どもめっ!」


 妖精王の糾弾を合図に、兵士たちが次々と剣を抜く。しかも、ウパニたちを拘束している緑の縄がしまっているようで、3人とも苦悶の表情を浮かべている。


 その時、自分の頭にカアッと血が上って、どこかでブチンと何かが千切れる音が聞こえた。それから、脇の下に挟んでいた縄を振り払い、鞭を取り出し、頭上で大きく振るう。


「頭下げてっ!」


 ウパニたちが、ぎょっとした顔で上体を屈めたのを認め、ひゅんっ!と鞭をふるうと、周囲を取り囲んでいた兵士たちが、さあっと後退していく。反応が遅れた数人が鞭の餌食になった。


 場所が開けたのを見たマハシュは、前に出て兵士たちに飛び掛かり、素手で倒していく。その隙に、ドラゴンソードを抜き、3人の縄を切った。ドラゴンソードは、多少の霊力を帯びた物質も一刀両断できる強靭な刃を持っている。流石、ドラゴンの鱗製だ。


 自由になった3人は、それまでの鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。私も、ドラゴンソードで襲ってくる兵士の手足を切りつけ、戦闘不能にしていく。一応ね、コスプレで立ち姿が綺麗に見えるよう、弁護士先生に居合い抜きを習ってたから、そこそこは使えたりする。最も、学園で本格的に習っていた3人には到底かなわないレベルだけれど。


 気が付けば、あっという間に全員のしちゃって、後はもう妖精王しかいなくなっていた。周りに侍っていた美女精霊たちは、最初の段階で蜘蛛の子を散らすように逃げちゃったからね。


「さあて、誰が何をしたって?」

「そもそも、誰が罪人だ、ああっ?!」


 うわ、ウパニもカーレもヤバい人みたい。完全にキレちゃってるし、妖精王も顔面蒼白で震えているよ。やっぱり、腐っても妖精王だから手にかけたらマズいよね。ちらっとマハシュを振り返るけど、もう興味を失ったように他所を向いている。ここは、もう一度、鞭の出番か?と鞭を握ると、思いもかけない声が聞こえた。


「お前ら、その辺にしておけ」

「イラジャールッ!!」


 気づけば、イラジャール様が苦笑しながら肩をごきごき回していた。


「あー、肩凝った」


 言いながら、イラジャール様は笑顔で妖精王に近づいていく。でも目が笑ってないけど。ウパニたちは、イラジャール様の周囲に集まり、口々に大丈夫かと声をかけたけど、私は、床に縫い留められたように足が一歩も動かず、ただ、バカみたいにボーッと突っ立っていた。


「さて、と。妖精王、いや、アクヴァタール」


 真名を呼ばれた妖精王が、びくりと体を震わせる。


「俺はな、何が嫌いかって、首に妙なモノを付けられるのが一番嫌いなんだよ。胸糞悪いこと思い出すからな」


 言いながら、首にかかっていたネックレスを引きちぎった。鎖の先には、銀色のメダルのようなものが付いている。多分、あれがイラクサの鏡なのだろう。グッと手で握りしめると、砂のように細かく砕かれた鏡が、さらさらと零れ落ち、風に吹かれて散っていった。


 スゴイ握力。色々、気を付けようと心のメモに刻んでおく。


「お前のバカげた計画は、全てついえたぞ。まだ、人族の殲滅を望むか?」


 アクヴァタールは、高速回転で首を横に振る。イラジャール様は、にたりと笑った。


「良い心がけだ。だが、お前の言葉は信用できない。いや、お前たちの言葉、だな」


 イラジャール様は、逃げ出そうとドアの前で固まっている高位妖精族たち、恐らく、この国の貴族たちなのだろう。彼らに向かって言葉を紡ぐ。


「この部屋のドアは、俺の用事が済むまで開くことはないから諦めろ」


 ひいっと彼らから潰れたカエルのような悲鳴があがる。より一層、身を寄せ合い、固まったようだ。もしかして、誰か踏み潰されているかも知れない。


「なに、直ぐに済むから大人しくしているんだな。いずれにせよ、お前たちの言葉は軽いから有口無行でいこうじゃないか」


 有口無行とは、口ばっかり達者で実行が伴わないことを言う。


「つまり、人族殲滅、いや他の種族に関しても『殲滅』と考えただけでも恐怖に襲われ、何も考えられなくしてやろう」


 妖精王、いやドアに固まっている妖精族たちからも、ひいいいいっ!と悲鳴があがる。あ、バカだ。今『殲滅』という言葉を考えたに違いない。イラジャール様は、妖精族のことなど既に眼中にないようで、ウパニたちに声をかけ、ドアの方へ向き直った。


 すると、勝手にドアが開き、固まっていた妖精族たちが、どどっと転がるように部屋から飛び出し、あっという間に姿を消した。


「まっ、待てっ!余を置いて行くなぁ~っ!」


 妖精王も、腰砕けになりながらも、よたよたと部屋を出て行った。その姿に、ウパニたちが腹を抱えて笑っているけれど、私はこれっぽっちも笑えなかった。何というかアウェイ感?彼らと私の間に、幕があって他人事のように感じる。イラジャール様にかける言葉も浮かんでこない。ここは、こっそり帰った方が良いかな。


 だって、イラクサの鏡が使われて、レティシャムに騙されていたんだとしても、やっぱりイラジャール様は、前世むかしの『私』を選んだってことだよね。さっき見た2人で腕を組んでいた姿が脳裏から消えない。しかも、レティシャムが『誰を』コピーしたかも分からないし、何だか色々釈然としない。


「マハシュ、帰ろうか」


 隣にいた相棒に声をかけて、彼らとは逆に窓へと向かう。と、その時、イラジャール様の声が聞こえた。


「止まれ。どこへ逃げる気だ?」


 ものすごい怒気を孕んだ声で、自然と体が震える。でも、怒られる筋合いはないから思い切って振り向くと、イラジャール様は、私ではなく、マハシュを睨んでいるようだった。怒り心頭のイラジャール様を見るのは初めてかもしれない。冷たい瞳がマハシュを射貫くように見つめている。 


「こっちを向け。忘れ物だ」

 

 マハシュはイラジャール様の言葉に従い、ゆっくりと踵を返す。そして、彼の指さす先にあるもの、消えたレティシャムのいた場所に落ちていた球体を見つめ、首を振った。


「私のモノではない」

「ははは、面白い冗談だ。アレは、お前の前世の記憶だろ。すっかり騙されたぜ。なあ、マハシュの中にいるヤツ」


 え?マハシュにも人族の魂が入っているの?ジャグディヴィルのように?


「前世の記憶を抜き出していたから、人族の魂が混じっているのを感じなかった。だから、お前は、ただのドラゴンだと信じてしまったんだ」


 イラジャール様の指摘に、そういえば、と思い出す。


「マハシュ、ギルドに預けていたイラクサの鏡と記憶を盗られたって……あの記憶は、ドラゴンとしての記憶ではなくて前世の記憶?」


 私の問い掛けに、ギクリと固まるマハシュ。え、でも待って。マハシュの中にいる魂が誰だか分からないけど、その記憶を何故、レティシャムが持っていたの?


 混乱する私に、イラジャール様が球の1つを取り上げ、見せてやろうと頭上に掲げた。どういう仕組みか分からないけれど、部屋中に前世むかしの『私』が現れた。恐らくは事故の後、リハビリをしている映像、家でご飯を食べる映像、更には大人になってコスプレをしている映像など、幾つもの私がいた。


「これは、記録映像?どれも撮影中のマークと日付が入っている」

「レティシャムは、この膨大な映像を真似たんだな」

「これって、ストーカーじゃん!」

 

 カーレたちの呟きが聞こえるけれど、誰かが知らないところで私を見ていたというおぞましい事実に、吐き気がこみ上げ、青ざめていく。ふらっと足元が覚束なくなった時、ふっと背中が温かく感じた。振り返ると、イラジャール様が後ろに立っていて、しっかりと私を支えてくれていた。その顔は酷く苦しそうで、彼の方が罪を犯した罪人のようだった。


「これ、だぁれ?」


 誰が撮影したのか、マハシュの中にいる魂は誰なのか、疑問ばかりが浮かび、言葉が上手く出てこなかった。けれど、イラジャール様は私の質問を汲み取って、答えをくれた。


「子供の頃の映像は、君の母方の祖父宛に撮影したものだと思う」


 母の祖父は、両親亡き後の私の後見人となってくれた人だった。年に数回会うくらいで、殆ど話もせず、ただ同じ部屋にいてお互いに本を読んでいた。それだけの邂逅だったけれど、人見知りだった私としては珍しく怖さを感じない人だった。


「君の弁護士先生が言っていたよ。口下手な人で本人の前では上手く話せないから、君の映像が欲しい、と言われ、時々、お手伝いさんたちに撮影させては送っていたと」


 そうだったのか。でも、お祖父さんは、私が20歳の時、亡くなった。既に成人していたから、他の親戚たちが私の財産に手を出せないと弁護士先生に面白そうに話していたのを覚えている。コスプレをしたり、イラジャール様と付き合い始めたのは、その後だから、


「お祖父さんには、君のお母さんの他に、後妻との間に生まれた息子がいた。君のお母さんとは、だいぶ年が離れていたから年齢的には君の方が近かったが、君の叔父さんだ。お祖父さん亡き後は、彼が全財産を受け継いだ。勿論、君の映像も含めた全てをね」


 叔父さん、と言われて、ぞくりと背筋が寒くなった。弁護士先生に連れられ、お祖父さんのお葬式に行った時、初めて彼を見た、というか、認識した。その時、もの凄い憎悪の目で睨まれて、叔父さんも私が両親、彼にとっては姉である母を殺したと思っているのだと胸が痛くなり、結局、お焼香もそこそこに帰ってきてしまったのだ。


「……叔父さん?」

「そうだ。私は君の叔父だよ」


 再び憎まれるのかと身構えたが、マハシュは、いや、マハシュの中にいる人は、嬉しそうな笑顔を浮かべて、かつての私の名を呼んだ。


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