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嘘でしょ?嘘だよね?嘘だと言って~っ!!

 妖精国の宮殿は巨大な植物で出来ている……とはゲームの仕様だったけど、この世界でも同じだった。一見して、蔦や花々が壁を伝っているように見えるけど、よくよく見ると様々な太さの茎が絡み合って柱や壁を構築している。色もベースは緑だが、所々、茶色だったり白だったり、きちんと配色がなされている。


 この宮殿の一番のポイントは、生きているということ。つまり、城の意志で廊下や部屋の間取りが変わってしまう。うっかり逆鱗に触れようものなら生きて出ることは出来ない。とはいえ、それでも弱点はあるし、ゲームを構築したウパニたちには周知の事実だろう。


 場合によっては自分の命を奪うかもしれない城だが、それでもその緻密な美しさに目が惹きつけられる。妖精族は生産性がないとしているが、やっぱり自然の美しさというのは人が手を加えたものを凌駕する素晴らしさだった。


 気が付くと、大広間のような部屋に入るよう命じられた。ここは、全てが白い壁で、なんと金や銀の花が飾られているから、恐らくは謁見の間のような場所なのだろう。もしかして牢屋へ直行というコースも想定していたが、流石に妖精王。自分の力を見せつけたい見栄っ張りは健在だった。


 私たちは縛られたまま、部屋の中央へと連れて来られ、跪かされた。マハシュは、私たちの後ろで立っている。やがて、王様の入室が告げられ、キラキラ輝く白銀の衣装をたなびかせた妖精王が入ってきた。


 ホワイトゴールドの髪は艶々で身長より遥かに長く、おつきの人がウェディングベールのように捧げ持っている。すごい手入れしてるんだろうな~、あれ。枝毛も大変そうだもんね。しかも、妖精王の後から後から美女妖精たちが入ってきて、王座に腰を下ろした妖精王を取り囲むようにはべっている。


「ようこそ、我が妖精国へ!余は、妖精王である!面をあげよっ!」


 ごめん、跪いていたけど、顔は下げてなかったよ。ばっちり視線が合ってるし。侍っている美女たちが妖精王の一言一句に黄色い歓声を挙げている。流石にナルシスト王だけあるけれど、何だか話が進まなそうだ。ちらっとマハシュを見ると、嫌そうに眉を顰めている。


「さて、そこなシーラとやら。本来であれば極刑に処すところであるが、寛大な余に従うのであれば余の取り巻きに召し抱えよう」


 慣れているのか己の言葉の矛盾をさらりと流した妖精王の、いやらしい視線を胸元に感じて、思わずひくりと喉が鳴った。ウパニたちも予想外の申し出に、こちらを凝視している。いや、答えはNOだけど、直球で断ると面倒そうだしなぁ。その時、背後に立っていたマハシュが口を開く。


「判決を下す前に、此度の件、詳しく説明して頂けぬであろうか、王よ」


 態度は不遜だが、それでも言葉に敬いを乗せ、マハシュが尋ねると、王は予想していたのだろう。待ってましたとばかりに話し始めた。


「そのシーラとやらは、世界の管理者たるイラジャール殿の恋人を語り、たばかったのだ」

「私の記憶では、イラジャール殿の恋人は、ここにいるシーラであったが、他にいるのだろうか?」


 妖精王は、にやりと片笑みを浮かべる。


「他に正当な恋人殿がいる。我が妖精国が、いち早く保護しておったのだ」


 一呼吸おいて、妖精王が自ら入室してきた扉へと手を向けた。室内が暗くなり、どこからかドラムロールが聞こえてきた。そして、扉にスポットライトが当たる中、ゆっくりと扉が開き、一組の男女が姿を現した。いつかのデビュタントのように、男性が女性の腰を抱き、親密そうに寄り添っている。一目見ただけで、その男性がイラジャール様だって分かった。そして、女性は、女性は、


「おい、誰だ、あれ?」

「お嬢と違くないか?」


 耐えられなかった。どうしても。だから、本当に無意識に叫んでいた。


「ちょっと待ってえぇぇぇぇっ!ストップ、ストッープッ!!最初からやり直してぇっ!!!」


 途端に、周囲が凍り付いた。ような気がするけれど、もう私の頭には1つの事しか浮かんでいなかった。咄嗟に立ち上がり、歩き出そうとしたが、縄が邪魔だった。


「もうっ、邪魔ね!今だけ外れてっ!」


 体をよじりながら叫ぶと、縄が緩んだのか、するりと解けて床に落ちた。拘束から自由になった私は、凍り付いている妖精族をかき分けながら入り口に佇む女性へ一目散に走りだした。そして、彼女の目の前に立つと信じられない気持ちで叫んだ。


「何でメイクしてないのぉっ!!」


 そう。イラジャール様の横にいる女性は、前世むかしの私にそっくりだった。いや、正確に言うと、スッピン、つまりノーメイクの私にそっくりだったのだ。


 何しろ、平均的な日本人の醤油顔だ。取り立ててブスではないけど、美人でもない。それをメイクの力で美青年から美少年までコスプレしてきたのだ。そして、可愛いだのカッコいいだの美人だの、賛辞を欲しいままにしてきた。


 だが、その一方で決して人前ではスッピンにならなかった。よくSNSでメイクする過程やオフする過程を公開する人がいるけれど、私は決して人前でスッピンにはならなかった。人前でメイク術を披露する時でさえ、ベースメイクをした上でキャラメイクを施していた。

 

 だから、ウパニたちも私の素顔を知らないし、タラたちでさえ知らない筈だ。たった1人、知っているのはイラジャール様だけ。


「そもそも、美醜で能力が判断される妖精国にいて、スッピンってどういうことよ?まったく!」


 ぶつぶつ文句を言いながらもコートからメイク道具を取り出し、『私』の顔にナチュラルメイクを施す。本来、ナチュラルメイクというのは、自然に見えるガッツリメイクのことだが、今は手持ちの道具が少ない。故に、最低限のメイクだが、それでも可憐で清楚に見えるよう眉を描き、カラーリップを塗った。


 一歩下がって見ると、まずまずの出来栄えだったが、ふと、彼女の手元に目が行った。


「やだ、どうしてスッピンなのに爪だけ、がっちりミラーネイルなの?!しかも、付け爪だしっ!」


 清楚系のナチュラルメイクにゴツそうなミラーはない。仕方なく、付け爪を剥がしてチェリーピンクのマニキュアを塗った。付け爪は後で返そうとポケットへとしまう。再度、一歩下がって出来栄えを眺めた。本当は、アイロンで髪を巻きたいけど、まあサラサラストレートだからお嬢様っぽく見えるよね、……うん?


「……まあ、良いか。蓼食う虫も何とかって言うもんね」


 彼女の真っ平らな胸を見て、ちらっと自分の爆胸を眺めた。多分、絶対、前世むかしの私の方が、目の前にいる彼女より胸があった自信があるけど、まあ、イラジャール様が気にしないなら文句は言えないよね。私が腕組みしながらうんうん頷いていると、ぐふっとか、がふっとか、変な音が聞こえた。


「あ、やばいやばい。戻らなきゃ!」


 私は再び妖精族をかき分け、自分のいた場所へ戻った。もう縄は解けてしまったけど、脇の下に縄の両端を挟んでいればそれっぽくみえるよね、うん。見える見える。ふう、やれやれ。


「あれ、よく見たらお嬢だった」

「そうだな。シンプルバージョン?」


 シンプルバージョンって何だよ、せめて清楚バージョンとか可憐なお嬢様バージョンと言え。まあ、シンプルっちゃあシンプルだけど。


「その女性が正当な恋人という証拠は?」

「前世の記憶を事細かに記憶している」


 妖精王が言うなり、女性は淡々と口を開いた。前世むかし、イラジャール様から交際を申し込まれたこと、初めてのデート、初めてのキス、お泊りなど詳細な日時付きで話していく。


 本日2度目の『ちょっと待て!』を発動したかったが、気力で抑え込んだ。こんなの公開羞恥刑でしょっ!!なんでプライベートが公の場で暴露されなきゃならないのよっ!!もうね、体中の血液が頭に集中したと思えるほど顔が真っ赤に火照っているところに、ウパニたちがこちらを振り返って囁いた。


「おい、あれ、合ってるのか?」

「わーわー聞こえない聞こえないーなんにも聞こえないー!」


 羞恥で何も答えたくなかった。ただ目をつぶって聞こえないと呪文のように繰り返していると、ウパニに、いい加減にしろっ!と一喝された。


「お前な、イラジャールを助けるんじゃなかったのかよ!ここで逃げてどうするよ?!」

「もういいっ!イラジャール様が彼女を選んだなら、それでいいっ!私には関係ないからっ!」


 そうだ。だって、そもそも前世むかしのことなんて当事者、つまりイラジャール様と『私』にしか分からない。彼女が『本物の私』というならイラジャール様が認めたのだ。彼女を本物だと。


 それに、正直なところ、私には彼女のように詳細な記憶はなかった。何しろ、現世で22年生きているし、前世で彼と出会った頃なんて更に10年近くも昔の話だ。言われればそうだったかな、くらいにしか覚えてない。


 寧ろ、出会いもファーストキスも現世の記憶に全て上書きされてしまったから、もはや他人の話を聞かされているようだった。いや、でも目の前で突き付けられれば、流石に前世むかしの記憶も呼び起こされるから恥ずかしいことには変わりないよ?!っていうか、なんていうの?


 やだぁ!2人の秘密なのにバレちゃったぁ!


 とか、そんな、うふふあははな恥ずかしさじゃない。若気の至りの黒歴史をテレビで全国放送されているような、そんな恥ずかしさなのだ。もう羞恥で人が死ねると証明できるくらいだ。マジで心臓がドッドッドッドッと不正頻脈を起こしている。そんな想いをつらつら吐き出すと、カーレが分かった!と大声をあげた。


「あっちのお嬢の話には、さっきから変な違和感があった」

「なんだ、違和感って?」


 もったいぶって話すカーレに、ウパニがせっつく。


「お前は、前世むかしのことを、日時まで覚えているか?例えば、ファーストキスとか?」

「俺のファーストキスは幼稚園の都子先生だ」


 堂々と胸を張って宣言するウパニに、カーレが呆れて目を回した。


「何年何月何日、何時に都子先生とキスしたんだ?」

「年長の運動会の時だったが、日時までは覚えてないぞ。お弁当の前だから10時とか11時とかだったと思うが……」


 それだけ覚えていれば十分スゴイ。ストーカーの素質あるよ。だが、私もカーレの言いたいことが朧気おぼろげながら分かってきた。


前世むかしのことなのに、詳しい年月日や時間まで覚えているのが、おかしいってことだね」

「そうだ。誰も分からないだろうとデマカセを言っているのかもしれないが、それこそが語るに落ちるってやつだろ」

「確かに。お嬢を知っている奴なら数字に壊滅的に弱いってこと、知ってるもんなぁ」


 むむ、今さり気なくディスられたようだが、事実なので反論できない。九九だって一応は覚えたけど、かなり怪しい自信がある。家庭教師の先生が九九の節を教えてくれたけど、気が付けば自分勝手な歌詞になって何度も泣かせたっけ。


 結局、弁護士先生が九九なんて出来なくても電卓があるから良いでしょうと間に入ってくれた。その一言がなければ、乙女ゲームに出会うこともなく、今でも家庭教師の先生に九九を習っていたかもしれない。


「イラジャールも直ぐに気付くだろ、正気なら」

「やっぱりイラクサの鏡が使われているのか」


 でも、ちょっと疑問が残る。イラクサの鏡は、相手に見せたい姿を見せて従わせる類のものだ。つまり、1対1にしか使えない。けれども、彼女の姿は誰にでも見ることが出来る。それはどういうことなのだろうか。


「兎に角、イラクサの鏡を何とかするのが先だ!」

「じゃあ最初の作戦通り……」


 未だに続いている公開羞恥刑を他所に、ぼそぼそ作戦会議をしていると、それまでじっと彼女を見つめていたマハシュが、口を挟んだ。


「その必要はなさそうだ」


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